叶わぬ願い




二人の少女が、目に涙を溜めながら走っていた。
止まるわけにはいかなかった。
あの襲撃者は恐ろしい強さだった。恐ろしい迫力だった。
人とは思えない動き――――そして何より、あの冷たい、無機質な目。

いくらイルファがロボットであるとはいえ、自分達を守りながらでは絶対に勝てない。
だから今は、走り続けるしかなかった。
(イルファ、勝たなくてもええから、どうか無事でいて――)
(いっちゃん、勝たなくてもええから、どうか無事でいて――)
ただ、イルファの無事を祈りながら。



「もうすっかり暗くなったな」
「そうなんだ…もう夕焼けは見えない?」
「当たり前だ」
「う〜ん、残念…」
浩之は一人では歩く事さえ出来ないし、みさきは目が見えない。
その状態で動き回るのは、無謀過ぎる。
結局浩之とみさきは長い距離を移動する事は諦め、山で野宿する事にしていた。
下手に動き回るよりは敵に見つかり辛い筈である。

「しかし……腹減ったな……」
「うん……」
二人の腹の虫の音が山中に鳴り響く。
仕方なかったとは言え、支給品を全て捨ててきたのは痛手だった。
このゲームでは体力の消耗はそのまま生存率の低下に繋がる。
空腹は重大な問題なのだ。

とは言え、今二人は動ける状況では無い。どうしようもなかった。
二人がハァ、と溜息をついていたその時である。


山の上の方から何かが近付いてくる音が聞こえてきた。
走っているのか、その速度はそれなりに速かった。

「くそ!」
浩之は舌打ちした。
もし近付いてくるのが敵だったとしたら、今の自分達では逃げ切れないだろう。
それは分かっていたが、それでもみさきを庇うように彼女の前に移動した。
「浩之君……」
後ろではみさきが不安そうに浩之の袖を掴んでいた。
(何としてでも、川名だけは守らねーと……!)

浩之が覚悟を決めていたその時彼の目の前に現れたのは、
今にも泣きそうな表情をしている二人の少女だった。

浩之は呆気にとられていた。
二人の少女は両方とも覚悟を決めたような表情で、
お互いがお互いを庇うように立ち位置を変えようとしている。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる………

そのまま眺めていても良かったが、どうみても殺人者では無いし、
キリが無さそうだったので一応止めてやる事にした。
「……遊んでる所悪いが、止まってくれ。俺達はゲームに乗る気はねぇよ」
二人はピタリを動きを止めて、ようやく話が出来る状態になったようだった。



浩之達と珊瑚達は地面に座り込みながら情報交換をしていた。
「つまり、姫百合――だとどっちか区別つかねえな、瑠璃と珊瑚は敵から逃げてきたんだな?」
「うん……。いっちゃん無事やとええんやけど……」
「さんちゃん!イルファを探しにいこうよ!」
瑠璃は立ち上がり、そう叫んでいた。

「……そいつは止めといた方が良いと思うぞ」
今にも駆け出そうとしている瑠璃を制する浩之。
「なんでやの!?イルファはウチらを助けてくれたんやから、次はウチらの番やんか!」
「駄目だよ瑠璃ちゃん、浩之君の言う通りだよ……」
「いっちゃんは心配やけど、落ちついて………」

浩之は真剣な目で、瑠璃を見据えていた。
「イルファってロボットはお前達を庇ってその場に残ったんだろ?そこにお前達が戻ったら……」
「いっちゃんの行動の意味が無くなっちゃう……」
「………分かった」
感情を押し殺しながらそれだけ言って、瑠璃は再び腰を下ろしていた。

「イルファ、無事だとええな………」
心配そうな顔で呟く瑠璃。珊瑚も同様に、沈んだ表情をしている。
「瑠璃ちゃん、珊瑚ちゃん、きっと大丈夫だよ」
「え……」
みさきは瑠璃と珊瑚の手を握っていた。
「イルファさんは、強いんでしょ?きっと大丈夫」
「みさきさん………」
「私もいきなり襲われて親友の雪ちゃんとはぐれちゃったけど、
雪ちゃんは頼りになる子だからきっと大丈夫。イルファさんも雪ちゃんも、きっと大丈夫」
みさきは笑顔で、そう言い切っていた。

「そうだよな……、諦めちゃそこで試合終了だもんな。」
「そうやね……ウチらももっと、いっちゃんの事を信じてあげへんとね」
歯を食いしばって、何とか笑顔を作って、珊瑚がそう口にしていた。
「とにかく今日はもう休憩して、明日に備えようぜ。体力が無きゃ、明日みんなを探せないだろ?」
「うん、そうやね!」
瑠璃が笑顔で頷く。



「ところで一つ、寝る前に相談があるんだが……」
「ええけど、何なん?」
そこで、浩之とみさきの腹の虫が同時に鳴った。
瑠璃も珊瑚も苦笑しつつ、バッグから食料を取り出していた。


彼女達は知らない。このゲームの非情な現実を。
死は平等に、どんな者にもやってくる可能性がある。
彼女達は知らない。イルファも深山雪見も、既にこの世にいない事を――――














「しょ……食料が………ほとんど無くなってもうた……」
「みさきさん………どんな体の構造してるん?」
ついでにみさきが超人級の大食いだという事も。




共通
【時間:一日目午後九時頃】
【場所:G-5】


藤田浩之
 【所持品:なし】
 【状態:食事後、交代でレーダーで見張りをしつつ睡眠。足を重度の打撲】

川名みさき
 【所持品:なし】
 【状態:食事後、睡眠】

姫百合瑠璃
 【持ち物:デイパック、水(半分)、食料(3分の1)携帯型レーザー式誘導装置 弾数3】
 【状態:食事後、交代でレーダーで見張りをしつつ睡眠】

姫百合珊瑚
 【持ち物:デイパック、水(半分)食料(3分の1)。レーダー】
 【状態:食事後、交代でレーダーで見張りをしつつ睡眠】

備考【食料の減りが異常なのはお察しください。】
-


BACK