先程の藍原瑞穂の無残な死体を見てから十数分、ようやく呼吸が整った環はどこか人の集まっている場所を探して鎌石村を練り歩いていた。 情報交換に会話する相手が多いに越した事はない。人の数だけ情報は集まる。これまで交戦した相手、信用できそうな人物、そういったものを知っておくだけで行動ははるかに楽になる。 環は日の沈みかけた空を見上げる。そろそろ夕暮れ。寝泊りするところを探す人間も多くなるはずだ。 そして同時に、夜は人をより狂わせる時間となる。闇夜に紛れての奇襲、寝首をかく…様々な悲劇を起こす要因が夜にはある。そんなことが起こらないように、と環は祈る。 「――みなさん聞こえているでしょうか。今から僕は一つの放送をします」 その時突如、聞こえてきた男の声。環はその声に警戒しつつも放送に神経を集中させた。 「これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です」 (…な、何ですって!?) 環の思考が一瞬停止する。しかし聞かないわけにはいかない。考えたくもないことだが、知人や家族の名前があるのかもしれないのだから。 「――それでは発表します。………」 次々と名前が読み上げられていく。こんなにも多くの人間が命を落としていたのか。きっとさっき見た死体の人の名前もあるに違いない。 だが、環にとって僥倖だったのはこのみや雄二、貴明の名前が無かったことであった。 …けれども、亡くなった人達のことを思いつつも、心のどこかでホッとしている自分がいる。それが環には嫌で仕方がなかった。 ともかく、大切な人たちはまだ生きている。それが確認できただけでもいいだろう… パチンと自分に平手をして気を奮い立たせる。そして環はまた村の中を歩き始める。 そうしてさらに十数分歩いていたところ、異様な、草木の焼けたような、焦げ臭い匂いが鼻につく。 (まさか、また戦闘が!?) 急いでそちらの方へ向かう。次第に、人の声と思しき声が聞こえてくる。内容は上手く聞き取れないが、そんなことを気にしている時間は無い。自分の目の前で、死者を出してたまるか。 やがて見える一軒の消防署。その窓から、もうもうと煙が立ちこめているのが見える。 (室内で火炎放射器でも使ったって言うの!?) 躊躇は出来ない。環は馬鹿な争いを止めるべく消防署内に侵入し、煙の出ていた一室の扉を蹴り開けてコルト・ガバメントを構えた。 「動かないで! 馬鹿なことは止めなさい!」 「…は?」 環の目の前にいたのは。 火炎放射器を持っている殺人者でもなく。 銃を構えた殺人鬼でもなく。 この島とはおよそ不釣り合いな、エプロンをつけた三人の男女だった。 環が来る少し前の事。 「取り敢えず飯でも食べて、英気を養わないか?」 消防署内のある一室。そこらへんの民家から食材とエプロン、包丁などを拝借してきた英二と芽衣が部屋で休んでいた面々に向かって告げた。 「飯?」 疑問の声を上げたのは相沢祐一。 「そうだ。腹が減っては何とやらと言うからな。ここらへんで体力の回復を図ろうと思う」 「そりゃいいけど…ここ、キッチンとかあるのか?」 「それなら大丈夫です。ちゃんと見つけておきましたから」 芽衣が言うと、祐一はならいいが、と言って続きを促した。 「これから簡単に飯を作るんだが…誰か他に来る奴はいないか?」 「俺は飯なんて作れないし、腕もこれだからな…神尾は?」 泣き疲れて眠りについている杏の様子を見ていた観鈴が、うーん、と首を捻る。 「わたしはできるけど…この人は…」 「ああ、そいつなら俺が見ておいてやるよ。どうせ今は安静にしてないといけないからな」 祐一が申し出ると、観鈴は少しだけ悩んでから、じゃあ、わたしも行きますと申し出た。 結局、別室に杏と祐一を残し英二と芽衣と観鈴で料理を作ることになった。エプロンを着けながら芽衣が英二に問う。 「英二さん、お料理とか出来るんですか?」 「うん? いや、全然」 しれっと言う英二にガクっと膝を落とす芽衣。 「出来ないって…どうするんですか」 「いや、野菜を切るくらいはできるだろうと思ってね。大の大人が何もしないわけにはいかないだろう?」 「はあ…」 芽衣は内心大丈夫だろうかと思ったが、英二の好意を無駄にするわけにもいかず野菜を切る役を任せることにした。 「それで結局何を作るの芽衣ちゃん?」 エプロンをつけた観鈴が尋ねる。 「えーっと、炒飯と、味噌汁ですよね、英二さん」 ああ、と英二が頷くと観鈴はじゃあわたしは味噌汁作るね、と言って野菜を切り始めた。手際がかなり良かったことから、料理は上手いらしかった。 「それじゃわたしたちも作りましょうか。英二さん、ニンジンとピーマン、切ってくださいね。わたしは玉ねぎをやりますから」 調理を始める。英二は料理は全然とか言っていたくせに意外と手際良く材料を切っている。器用なんだな、と芽衣は思った。 やがて野菜も切り終わり炒める段階に入る。観鈴もすでに煮込む段階に入っていた。英二はと言えば出来る事がなくなったので皿を出したりしている。 炒飯を炒めながら、芽衣は思う。 ――この殺し合いは、終わるんだろうか。英二さんは必ず見つけ出すと言ったけれど…正直、どうすればいいのか分からない。何ができるかも分からない。 自分達は、この永遠とも言える悪夢の中に居座り続けるだけなんじゃないだろうか。 必死に脱出方法を考えてみるが、糸口すら見えない。それどころか不安感はいや増すばかりだった。 「――さん、芽衣さんっ!」 誰かが自分を呼ぶ声がした。ハッとなって顔をあげると、そこには焦げかかっている…というか、モウモウと煙を上げて今まさに焦げちゃってますな炒飯があった。 「わっ、わわわっ!」 驚いてフライパンをひっくり返してしまう。その拍子に跳ねあがった炒飯がコンロの火へとダイブする。 「わーっ、みんなのチャーハンがっ!」 観鈴があたふたと右往左往する。その騒ぎを聞きつけて他の場所へ水はないかと探していた英二が戻ってくる。 「どうしたんだ…って、うをっ、炒飯がっ!」 「とんでもないことに!」 ヘンに息が合う英二と観鈴。芽衣もいきなりのことであたふたしていた。 「あわわ、ど、どうしよう…」 「取り敢えず、火だっ、火を消せっ!」 「あ、は、はいっ」 英二の指示でコンロの火を消す。取り敢えず火災の危機は去った。…が、次の瞬間、派手な音がしてドアが誰かに蹴り開けられた。 「動かないで! 馬鹿なことは止めなさい!」 「は?」 振り返ると、そこには何を勘違いしたか拳銃を手にもって戦闘態勢に入っている女がいた。 「って…あら?」 エプロン姿の三人と、無残な姿になった炒飯を見て拍子抜けする女。英二は頭を掻きつつ冷静に言った。 「あー…何を勘違いしてるか知らないが、銃を下ろしてくれないか」 「…ごめんなさいね。早とちりしたみたいで」 一連のドタバタの後、芽衣と英二と共に祐一と杏のいる部屋まで案内された環は、ひたすら平伏して謝っていた。観鈴は何とか無事だった味噌汁をついでここに持ってくる途中だ。 「まったく…何かと思って武器を探しちまったじゃないか」 やれやれと言った調子で嘆息する祐一。 「すみません。わたしがぼーっとしてなければ…」 「まあまあ。芽衣ちゃんも疲れていたんだろう? 仕方ないさ、むしろ味噌汁が無事だっただけありがたい」 はい…と返事するがしょぼくれたままの芽衣。英二はその様子を何となくおかしいとは思いつつもここでは追求しないことにした。 「それはともかく、これだけの人に会えたのは幸運だわ。どう? 情報交換しないかしら?」 「情報交換か…僕は構わない。皆はどうだ」 芽衣と祐一が頷く。英二はそれを確認すると環に一礼する。 「とのことだ。よろしく、僕は緒方英二という。こっちの女の子が春原芽衣ちゃんで、こっちが相沢祐一少年だ。後一人いるが…まあそれはまた後で」 「緒方…いえ、こちらこそよろしくお願いします、私は向坂環です」 環も一礼して、互いに情報交換が始まった。 「…ふむ、河野貴明、向坂雄二、柚原このみか…悪いけど僕達はそんな人には会っていない」 英二の返答にそうですか、と言って肩を落とす環。 「僕達はここいらは結構歩き回ってきた。ひょっとすると、北の方面にはいないのかもしれないな」 「でしょうか…はぁ、私のカンも鈍ったかしらね。昔はどんな遠くでもタカ坊の匂いを嗅ぎつけて…」 環がぶつくさ言っている横から、今度は芽衣が尋ねる。 「あの…春原陽平、って言う人と会ったりしなかったですか? 金髪で、お調子者だからすぐに分かると思うんですが…」 「ごめんなさい、知らないわ。…あなたのご兄弟?」 「はい、わたしの兄なんです。バカなんですけど、でも、イザってときには頼りになるんです」 「そっか、いいお兄さんで羨ましいわ。ウチの弟なんか、イザってときでも頼りにならないから」 肩をすくめながら苦笑いする環。それにつられて、芽衣も少しだけ笑った。 「大丈夫よ、イザってときには頼りになるんでしょう? だったら、そう簡単に死んだりしないはずよ。いつか、きっと会えるわ」 芽衣の頭を優しく撫でる環。その言葉に、芽衣もコクリと頷いた。 「ところで、俺からもいいか?」 次に祐一が質問をする。 「今まで会った人間の中で、ゲームに乗ったような奴はいなかったか? そういう情報があればこっちも楽になるんだが…」 「ええ、一人いるわ。一度交戦したけど、攻撃的な人だった」 「みなさーん、味噌汁ができたよ。新しい人もどうぞっ」 観鈴がキッチンから戻ってくる。手には人数分のお椀があった。 環に味噌汁が手渡される。ちょうど小腹が空いていただけにありがたい。 「ありがとう。助かるわ、温かいものがあって。あなた、名前は何て言うの? 私は向坂環」 「あ、はい。神尾観鈴って言います」 互いに一礼した後、観鈴は他の人にも配り始める。杏と自分の分は、机の上に置いておいた。 「その人は寝てるようだけど…何かあったの? ひどい顔をしてるけど」 「あ…それは…」 「…ちょっとゴタゴタがあってね、今はそっとしておいてやってくれ」 言いたくなさそうだったので、環はそうですか、と言って聞くのを止める。 「…おっ、美味い。で、なんだっけ? ああそうだ、向坂が交戦した相手の情報だ。名前は分からないか?」 配られた味噌汁をすすりつつ、再度会話を始める祐一。 「ごめんなさい、名前は分からないわ。でも特徴なら分かりやすいのがあったから」 芽衣も味噌汁を受け取る。残すは英二の分のみ。 「…関西弁を使う女よ。スーツ姿で、髪を後ろで結っていたわ」 「え…っ?」 英二に味噌汁を配ろうとしていた観鈴が、絶句して取り落とした。 「うおっ! 僕の味噌汁がっ!」 目の前の惨状に悲鳴をあげる英二。そんなことにはお構いなく、観鈴は青ざめた顔で呟く。 「…それ、わたしのお母さんかも、しれない」 場の空気が凍り付く。祐一も。芽衣も。環も、英二でさえもその場から一歩も動けなかった。 【時間:19:00過ぎ】 【場所:鎌石村消防署(C-05)】 相沢祐一 【持ち物:支給品一式】 【状態:体のあちこちに痛み】 神尾観鈴 【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】 【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】 緒方英二 【持ち物:支給拳銃、予備の弾丸、荷物一式、支給品の中にはラグビーボール状のボタンと少し消費した食料と水とその他】 【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】 【その他:英二の炒飯と味噌汁、死亡】 春原芽衣 【持ち物:英二の支給拳銃、荷物一式、支給品の中には少し消費した食料と水とその他】 【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】 藤林杏 【持ち物:なし】 【状態:泣き疲れ睡眠、精神状態不安定】 向坂環 【所持品:コルトガバメント(残弾数:残り20)・支給品一式】 【状態:健康】 - BACK