その名はカミュ




柚原春夏は戸惑っていた。

「武器って言ったって……ねえ?」

答えるものは無い。
眼前に聳え立つのは鉄の城。
いかん歳がバレる、と思いながら春夏は改めてそれを観察する。

全体に優美な曲線を描くフォルム。
黒をベースに濃紺とシルバーで構成されたカラーリング。
人型をしているが、背中にあたる部分からは翼のようなパーツが
大きくせり出している。
綺麗だ、と直感的に思う。
何しろ巨大ロボットなど見るのは初めてだが、この機体は綺麗だ。

(こういうのって普通、戦争なんかの為に作られるんだろうけど。
 ……でも、この子からはそんな感じがしない……)

この子。
そう、この黒い機体の顔面にあたる部分は、まるで人間の顔を
そのまま象ったかのように優美な形状で、美しい銀色に煌いている。
どこかあどけなさすら感じさせるその表情からは、とても殺戮を
目的として製造されたものとは思えなかった。

どうやら今は膝を抱えて丸まっているような状態にあるらしい。
直立すれば16、7メートルにはなるだろうか。

「……どうやって使うのかしら」

とりあえずその場に座り込んで説明書を読み耽ることにする。
諸元やら詳細やらはすっ飛ばすことにして、目次から見つけたのは
「はじめてのアヴ・カミュ」という項目。

「ふむふむ……アヴ・カミュはシャクコポル社の開発した最新鋭機です。
 従来型のアベル・カムルと比較して操縦性が格段に向上しており(当社比120%)、
 初心者に最適な機体となっております。
 この項では皆様がアヴ・カミュを楽しく使いこなしていただくための
 お手伝いをさせていただきます。番号の順に操作を進めてください。
 1.まずはハッチを開けてください、と……」

ハッチハッチ、ハッチって何だ。
巻末の索引から逆引きして「ハッチ」を調べる。

「……要するに出入り口みたいなものか。初心者向きって書いてあるのに
 どっか不親切よねえ、家電の説明書って」

ぶつぶつと文句を言いながら説明書を手繰る主婦。
一項目読むのに他の項目を幾つも参照しなければならず、時間ばかりかかる。

「首の後ろの……ってあんなところにあるの!?
 もう、全然バリアフリーを理解してないメーカーねえ……」

一応梯子はついているようだった。
説明書をエプロンのポケットに突っ込んでえっさほいさと登る春夏。
悪戦苦闘しながら片手で開放スイッチを捻ると、空気の抜ける小さな音と共に
ようやくハッチが開いた。

えいやと飛び乗る春夏。
この頃にはちょっと童心に返った気分で楽しくなってきている。
シートは硬すぎず柔らかすぎず、ちょうど低反発クッションを挟んだかのような、
不思議な感触だった。

「で、次は……予備電源スイッチを入れて、認証を……」

図解と大きな字で示された通りに手順をこなす春夏。
パネルのような台に右の掌を押し当てる。
すると、少し大きめのスイッチに小さな明かりがついた。

「これが主電源スイッチか……明かりがグリーンになったらON、ね」

ぴ、と電子音がしてスイッチライトがグリーンへと変わる。

「ちょっとドキドキするわね……えい」

ベテラン主婦の度胸でスイッチを押す春夏。
と。
コクピットの様子が一変した。

計器の類に灯が点る。
驚く間もなく、今まで壁だと思っていた周囲のパネルが一斉に明るくなった。

「これ……周りの景色が見えるんだ……ホントにアニメみたいね……」

人っ子一人いない要塞の内部を映し出す全方位モニターにしばらくの間
見入っていた春夏だったが、その耳に、ふと微かな音が聴こえたような気がした。

(……ょ……のよ……)

それは人の声のように、春夏には感じられた。

「だ、誰!? 誰かいるの……!?」

きょろきょろと辺りを見回す春夏。
しかしモニターに映る影はない。
勿論狭いコクピットの中に人影などあろうはずもない。
それでも、声は響いている。

(……ものよ……とめるものよ……)

声は段々と大きくなってきていた。
空耳などではない。
春夏は身を硬くする。
掌にじっとりと汗が浮かんでくる。

『答えよ、我が力を求める者よ……』

今度ははっきりと響いた。
女性的な声。
それは少女のようにも、老婆のようにも聞こえた。
思わず問い返す春夏。

「誰!? どこから喋ってるの!?」
『我が力を求める者よ……我は汝が求めたる力なり』
「力……?」
『我は力なり。汝の操らんとする力なり』
「操るって……まさか、この子自身が喋ってるの……?」

自分を囲む計器やパネルを見渡す春夏。
少しだけ身体の力を抜く。

『我が力を求める者よ……答えよ』
「何を? あなたは何を訊きたいの……?」
『我が力を求める者よ……我が求める答えは一つ』
「それは……?」


『―――汝、何故に我が力を求めるか』

それは、まさに核心を突く問いかけだった。
春夏は、自分の中から高揚や緊張が抜けていくのを感じていた。
この島に連れてこられたこと。
この島に娘がいること。
この島に娘の大切な存在がいること。
この島で行われていること。
そういったもののすべてが、春夏を包む現実だった。

だから、柚原春夏は迷わずに口を開いた。

「護るため」

凛と前を見据え、

「大切なものを護るためよ。そのために、あなたの力を貸して頂戴。」

言葉を放った。

『―――契約は紡がれた』

声が響く。
と、コクピットに鈍い振動が走る。
モニターに映る景色が変わっていく。
視点が高くなっているようだった。

「この子……動くの!?」

驚く春夏。
まだ自分は何も操作をしていない。
慌てて説明書を繰ろうとする春夏の耳に、またしても声が響いた。

『大丈夫よ、おば様』

先程とは違う声。
高い、甘やかな少女の声だった。

「あなた……あなたなの?」

これじゃ自分でも何を言ってるのかわからないな、と感じながら春夏が問いかける。
それでも答えは返ってきた。

『そうよ、おば様。カミュはおば様の力。
 おば様が求めた力』
「カミュ……それが、あなたの名前なのね」
『うん、そうだよ。よろしくね、おば様!』

それを聞くと、眼を閉じて少し黙り込む春夏。

『……? どうしたの、おば様?』

やがて眼を見開いた春夏は、口元に笑みを浮かべてこう言った。

「―――私のことは、春夏さんって呼びなさい、カミュ?」




【柚原春夏】
【アヴ・カミュ】【おたま】
【状態:健康】
【要塞内のため第一回定時放送は聞いておらず】

【18時過ぎ】
【位置:要塞(F6‐F7交差地点/神塚山中腹。ルール上ではこのトンネル内はA10として見る)】

500S&Wマグナム、デザートイーグル、防弾アーマー、34徳ナイフ(スイス製)、ナタは要塞内に。
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