「銃声……!」 それもとんでもなく大きい。 柳川か。 そうでないのか。 柳川かもしれない以上、行かないと言う選択肢は無かった。 そこで待っているものも知らずに。 レーダーの反応が一つ消えた。 それは、イルファの存在を示す光点ではなかった。 あの、瑠璃を襲った、人ならぬ人の光点だった。 「さんちゃん! イルファが勝った!」 「うん……でも、いっちゃん、殺したんやね……」 「あ……うん……。……でも、それでも、ウチはイルファが生きてくれてる方がずっと嬉しい」 「うん……そやね……ウチもそう思う。いっちゃんが生きててくれて、よかった」 「じゃ、早く行こう。イルファ、きっとウチらのこと探してる」 「うん。そやね。……あ! まって! また、他の人がいっちゃんのところいっとる!」 その時、レーダーの光点が一つ大きく動いているのが目に入った。 「ええっ!? ああっ、どないしょー……」 「助けにいかな!」 珊瑚が立ち上がって叫ぶ。 「さんちゃん! あかん!」 「なんで!? なんであかんの!? いっちゃんが危ないのに!!」 「さんちゃん、ウチらは足手まといや! さっき、イルファがウチらのこと狙ってきた人から守るためにけがしてる! またウチらが行ったらイルファが余計に危ない!」 「でも!でも……」 「イルファなら大丈夫や! きっと、きっと帰ってきてくれる!」 「……分かった……」 珊瑚は、目に涙を浮かべながら再び座り込む。 そうして、二人で再び帰りを待った。 (さんちゃんだけは危ない目に合わせられへん……) (いっちゃん……無事で帰ってきてな……) それぞれの思惑を抱えながら。 (早く……瑠璃様達の所に……行かないと……) イルファは弾丸を回収し、デイパックを持って歩き出した。 「千鶴姉ッ!」 後ろから声が聞こえてきた。 私を誰かと勘違いしているのでしょうか。 それとも……やはり…… 「待てっ!!」 私が殺したあの女性の知り合い、でしたか。 「お前が千鶴姉を殺したのか?」 押し殺すような声。 「千鶴姉、とはその女性のことですか?」 「そうだっ!」 「……全てを、聴きたいですか?」 「なんだと……!」 「貴女が全てを聴きたいと言うのなら、私は全てを話します。但し、最後まで聴く事を約束してください」 「巫山戯るなっ!」 「……巫山戯てなどいません。貴女が最後まで聴くと誓えば、私は全てを話します。そうしないのなら、私は何も話しません」 「このっ……! ……畜生……分かった……約束する。さぁ、話せっ!」 「まず、貴女はそこから動かないで下さい。私も話し終わるまでは動きませんし、貴女が約束を反故にしない限り銃口も向けません」 「分かったから! 早く話せっ!」 「……分かりました。貴女は、柏木梓さんですか?それとも……」 「! 何で知ってる!」 「貴女が千鶴姉、と言ったからです。千鶴は柏木。柏木性の女性名はもう梓と初音しか在りませんでしたから」 「くっ……」 「貴女は、その女性を殺した人をどうしたいと思っていますか?」 「決まってる! 八つ裂きにしても飽き足らない!」 「貴女にとって、その女性はとても大事な人だったのですね」 「それがどうした! 早く話せ!」 「貴女は、自分の大事な人が唐突に理不尽に殺されそうになったらどうしますか?」 「さっきからなんなんだ!?話す気が無いのなら……」 「答えてください。……必要な事なんです」 「ちっ……分かったよ……そんな奴、あたしが殺してやる。誰も殺させない」 「もう一つ。貴女はその女性を殺した人と同じ位に八つ裂きにしたい人はいますか?」 「っ……! おまえ……何のつもりで……!」 「いるんですね。……その人は、柏木楓を殺した人ですか?」 「!! おまえ! 何でそんなことを知ってる!?」 「先程の放送で柏木楓という名が出てきました。ですから、もしかしたらと」 「やかましい! 早く答えろ!」 「多分、これで最後です。柏木楓という人が殺される前は貴女はどうしようと思っていました?」 「そんなこともう忘れた!」 「ちゃんと、答えてください」 「くそっ……皆を探してたよっ! さあもういいだろう! 早く答えろ!」 「……分かりました。その女性、柏木千鶴を殺したのは……私です」 「っ……!! きっさまぁぁーーーーーー!!!!!!」 「最後まで!!!」 「未だ何か在るってのか!? ふざけんな!」 「聴くとあなたは誓った!!! 聴きなさい!!! 貴女にはその義務がある!!!」 「くっ……そぉぉーーーー!!!!」 梓は近くの木を殴りつける。 「聴き終わったら……殺してやる……絶対に……」 「……話を続けます。先程、私は貴女に動くなと言いました。ですが、少々動いてもらいます」 「……何処にだ?」 「あちらの茂みに。その間、私は銃口を貴女には向けません。その代わり、貴女は私に近付かないように移動してください」 「……分かった」 梓は円を描くように近くの茂みへ行った。 そこには、一人の血塗れの少女がいた。 未だ微かに息は在る。 しかし、このままでは危ないのが見て取れた。 「!! これは……! おまえ、千鶴姉だけじゃなく……」 「違います。それは、貴女のお姉さんがしたことです」 「嘘だっ!! 千鶴姉はこんなこと……」 「傷痕をよく見てください。私の武器はこれです」 そういって、銃を示す。 「っ……! だからって、おまえがやってないとは限らないだろう……」 「貴女のお姉さんは人間とは思えないような力がありますね」 「!!」 「知っているようですね。貴女も、同じ力を持っているのですか?」 「……おまえに、関係あるか……」 「そうですね。確かに貴女の質問とは関係ありませんでした。戻します。仮に私が人を殺そうとするなら、素手の打撃は選びません」 そして、左腕を掲げる。 「まして、貴女のお姉さんにやられて今はこうですし」 「……いいから……早く話せ……」 「はい。貴女のお姉さんがその女性を殺そうとしている時に、み……私の大切な人がその場面を見てしまいました」 「……」 「そして、貴女のお姉さんは私の大切な人に襲い掛かって来ました」 「千鶴姉が……そんなこと……」 「私は千鶴と言う人の普段の精神状態を知りませんし、その女性がどうして殺されそうになっていたのかも知りません。 また、み……私の大切な人にどうして襲い掛かってきたのかも今となっては分かりません。 見境無しに殺そうとしていたのか、見られてしまったから殺そうとしたのか、それとも……」 実は殺す気は無かったのか。 多分、これは無いのだろう、とイルファは思う。 「もしかしたらあの放送がきっかけになったのかもしれませんが、今となっては藪の中です。 そして、私は私の大切な人を逃がし、大切な人を守るためにその女性と殺し合いを始めました。 その結果が……これでした」 「そうだ! あんたは千鶴姉を殺した! それだけで……」 「私を殺すには十分、ですか?」 「そうだ!」 「私が殺人者だから?」 「違う! 千鶴姉を殺したからだ!」 「他の条件を一切排除して、ただ私が殺した、と言う結果のみを見て私を悪とするのですか?」 「ぐ……」 「貴女のお姉さんは私の大切な人を殺そうとし、それを止めた私も殺そうとしました。 殺意が無かったと言うことは無い筈です。 この腕を潰された時、『諦めて死んでください』と彼女が言ったのを確かに聴きました。 私が負けていたら確実に殺され、私の大切な人ももしかしたら…… 貴女はそれでも私を悪とするのですか?」 「うるさい! あんたは千鶴姉を殺した! それで十分だ!」 「そうですか……」 一呼吸溜めて、イルファはそれを言い放った。 「でも、貴女も私と同じですよ?」 「!!! ど……どういう意味だ……あたしは誰も殺してなんか」 「私は最初に貴女に『自分の大事な人が唐突に理不尽に殺されそうになったらどうしますか?』と尋ねました。 それに対して貴女は、『あたしが殺してやる。誰も殺させない』と答えました。 私と貴女、何処か、違いますか?」 「う……」 「私は貴女とは闘いたくはありません。 ですが、貴女がもしその千鶴と言う方と同じ力を持っているのなら、私は逃げられないでしょう。 私だけなら問題無いのですが、私には守らなければならない人がいます。 ですから、貴女が私を追うというのなら、私は逃げません」 しかし、そういってイルファは悲しそうな顔をした。 「重ねて言いますが、私は貴女とは闘いたくありません。 貴女と戦って負けて殺された時、み……私の大切な人がこの島に放り出されます。 私はそれが恐ろしい。 貴女は私以外にも八つ裂きにしたい方がいるのですよね。 それがもし私の大切な人でなければ、私は貴女に何もしません。 その方の名前をお伺いして宜しいでしょうか」 「……柳川……祐也だ」 「その方は私の大切な人ではありません。 貴女が私の大切な人か私に何もしないのであれば私は貴女に何もいたしません。 許してくれ、とは言いません。 ですが、見逃していただけないでしょうか。 貴女が柳川と言う方を八つ裂きにしようが私は関与いたしません。 その代わり、私の大切な人には手は出させません」 「っ……勝手な……ことを……」 「……貴女は、恐らく優しい人なのですね。私は、このままここを去ります。 そこに倒れている人は貴女に任せます。私は私の大切な人を守ります。 ……私には、そこまでの余裕はありません。あなたがここに来たのは、その人にとって幸運だったのでしょうか。 願わくは、不幸でなかったとあって欲しいですが。私がそれを願うのは傲慢ですね。 あなたがそこの人を見捨てても、その人を殺したのは貴女ではなくあくまで千鶴と言う方です。 見捨てたと言うことであれば、私も貴女と同罪です。気に病む事はありません。 私も貴女も千鶴という方もこの島に毒された被害者ですから」 「ふざけるなっ! 人の命はそんなに軽いものじゃない!」 「それでも、貴女は殺すと言いました。軽くない筈の命を、です」 「っく……」 「その方を助けたいのなら是非そうしてください。私は去ります」 「待てっ!」 「なんでしょうか」 「……あんたの……名前は……」 「すみません。申し上げることは出来ません」 「……何故だ」 「私が倒れた時、私の大切な人が貴女に助けを求めた時、その方が私の名前を口にしたら貴女はどう思いますか? 私が貴女に最悪に近い印象を持たれているであろうことは想像に容易です。 その時、貴女は積極的に助けようと思うでしょうか。私の幸せは、私の大切な人が幸せになることです。 ……例えこの身が朽ち果てようとも。ですから、貴女には出来るだけこの島の弱者を救ってもらいたいと思います。 ……これも、傲慢な考えですが」 「じゃあ……あんたの大切な人は名前か苗字が『み』から始まるのか?」 「!! ……なんのことでしょうか」 イルファは一瞬驚いた顔になり、すぐさま平静を取り戻したかのようになった。 「私は去ります。さようなら……」 そういって、イルファは後ろ向きのまま茂みに姿を消した。 後には梓と傷ついた少女、彼女の姉の死骸が残った。 「……くそっ! くそっ!! くそぉおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」 そして、彼女は傍の木を何度も殴る。 手の皮が裂け、血が吹き出るまで殴った。 「くそ……畜生……」 それは、一体何の呟きだったのか。 梓はゆっくりと血塗れで倒れ臥す少女の元に向かった。 イルファは梓が見えなくなったことを確認すると、横に移動し始めた。 (ミスリード、撹乱、煽動……) やれることは全てやったつもりだった。 この上梓と言う少女がこちらを追ってきても、珊瑚達には出会えない筈だ。 それでも追ってくるならもう片腕くらいくれてやる。 その代わり、確実に仕留める。 そんな気構えで逃げてきたが、追ってくる事は無かった様だ。 (瑠璃様……珊瑚様……) 早く……早く会いたい…… イルファは周囲の木々を揺らさぬよう、極力急いで瑠璃たちが逃げていった方に向かった。 「すまない……もう、止まれないんだよ」 あの時、あの女がいなくなってから暫く考えてしまっていたが、結局結論は変えられなかった。 梓は軽く手当てだけをしたあかりを神社に横たわらせて、神社を飛び出した。 その背にデイパックと何かの悔恨を背負って。 「取り敢えず……柳川だ……」 あの女の事は後で考えよう。 「止まれ……ないんだ……」 誰に対して呟いたのか。 その声を聴くものは、そこにはおらず、その一瞬後には彼女もそこからいなくなっていた。 「!! さんちゃん、誰か、もう行ったよ!」 「ほんまや! あれ……? なんでいっちゃんこっちいっとるんやろ……」 「ウチらがおるとこ分からんのとちゃうの? 早くイルファ迎えにいかな! さんちゃん、はよいこ!」 「あ、うん!」 そうして彼女達は立ち上がり、自分達を守ってくれた騎士の元へと駆け出していった。 イルファ 【持ち物:デイパック*2、フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 5/5 +予備弾薬5発(回収)】 【状態:左腕が動かない、珊瑚瑠璃との合流を目指す】 姫百合瑠璃 【持ち物:デイパック、水を消費。携帯型レーザー式誘導装置 弾数3】 【状態:軽い精神的疲労、安堵、イルファとの合流を目指す】 姫百合珊瑚 【持ち物:デイパック、水を消費。レーダー】 【状態:軽い精神的疲労、安堵、イルファとの合流を目指す】 柏木梓 【持ち物:デイパック、不明(次の方任せ)】 【状態:右手甲に裂傷、柳川を探す】 神岸あかり 【所持品:デイパック】 【状態:血塗れ(軽い手当て済み)】 共通 【時間:一日目午後七時三十分頃】 【場所:F-06】 - BACK