汚れる手




「はぁ…当たり役、ね。確かに当たりだわ」
昨日までの平和だった日常と反転してしまった現状。
柚原春夏から溜息が途絶なく続く事を、誰も責められまい。
再び溜息を吐きつつ歩く道すがら、先ほどの会話を今一度思い返す。

―――20時間以内に10人殺害出来れば、このみをこのゲームから解放する。

この手のパターンにおいて、相手の言う条件など、ほとんど守られるはずはないだろう事、
かと言って、相手に乗らなければ私はもちろん、このみまで即座に殺されてしまうだろう事は
容易に想像出来た。つまり、どちらにせよ、春夏にはこの恐ろしい殺人ゲームに参加するより
他は無くなってしまったのだ。

  両手を血で染めた私を、このみは受け入れてはくれないだろうな。
  でも、それでも構わない。例えわずかでも、このみが生き残れる可能性があるのなら!

両手の袖をまくり、頬をパンパンと叩き、自分自身に決意を促す。
震える手足、バクバクと蠢く心臓を誤魔化すように、
「さて、そうと決めたら、チャチャっとやっちゃおうかしら」
と、軽い口調での独り言。だが、そんなノリでいないと、この狂った世界に押し潰されそうで
たまらなかったのだ。

地図を広げ、この島の様子を再確認する。
人の集まりそうなポイントは…鎌石村、氷川村、平瀬村の3つの村。
しかし、人が集まりすぎていても、逆に私が殺されてしまう可能性の方が高い。
そうなると、治療の出来る診療所がある氷川村と、役場や郵便局など大き目の建物の多い
鎌石村は分が悪い。とりあえずはポイントを平瀬村に絞る事にする。


島をほぼ横断する事になるため、時間を考慮し、疲労はしているが足を動かすペースは緩めない。
幸い、道一本で辿り着けるので道に迷う事を考えなくて済む分、気楽ではあった。
ひたすら心を無にして歩き続ける。殺人を犯す事にためらいを持たないようにするために。
足が棒のように重くなり、もはや時間の間隔も無くなってきた頃…

はぁっはぁっはぁっ…

複数の甲高い息遣いが風に運ばれてくる。静かな島だし山間の道でもあるから、
音の通りが良いのであろう。おそらくこのみと同じくらいの少女のものだろう。

―――緊張しつつも、右手はグッと支給された銃を握り締める。

前から歩いてきた2人は、どうやら双子の少女のようだ。見た目にはかなり幼い。
しかし、見てハッキリとわかった事がある。…このみと同じ制服を着ているのだ。
もしかしたら、このみの知り合いだろうか?だが、例えそうでも躊躇はできない。

  こんな子達も、こんな場所へと駆り出されてしまったのね。かわいそうに…。
  でも…、ごめんなさいね。私も、このみのために仕方が無いの。


*****

「はぁ…はぁ…さんちゃん、さんちゃん、ここまで来れば、たぶん大丈夫やで」

もうどれだけ走っただろうか?姫百合瑠璃は力尽きるように立ち止まる。
瑠璃の頭では理解出来ない範疇の出来事があまりにも多すぎた。
動物とも取りづらい生物、横たわる少女、冷酷な目の輝きを見せた女性…。
すでに体力、精神共に限界に来ていた。もし珊瑚がそばにいなければ、
とっくに泣き喚いて錯乱していただろう。
しかし、珊瑚さえそばにいてくれれば、瑠璃は強くいられる。
大好きな珊瑚を守るべく、しっかりと地に足をつけていられるのだ。

「うん…そうかもなぁ。あぁ……いっちゃん、大丈夫やろか…」

珊瑚は憔悴しつつも、イルファの身を案じていた。
自分は瑠璃さえいてくれれば大丈夫。
しかし、イルファをあの現実とは思えない世界に置き去りにしてしまったのだ。
いくらイルファはロボットとは言え、戦闘用に作られたものではない。
運動神経にしたってせいぜい人よりも多少ましに動ける程度だし、
格闘プログラムなんて教え込んでもいない。
確かにあの場に居続けたところで、単なる邪魔者なのだが、それでも
自分達がいなくなったとしても、イルファが無事に自分達の元に戻ってこれるという
確証は何も無かった。

「さんちゃん、イルファの事が心配なのはわかるで?わたしもや!でもな?
 わたしたちが生き延びられへんかったら、イルファは何のために、あの場に
 残ってくれたん?今はその事は考えたらあかん」

「せやな……瑠璃ちゃん、堪忍な。もう言わへん。今はがんばって逃げ延びよう、な」

珊瑚は瑠璃を優しく抱きしめ、再び歩き出す。
すると、薄暗がりの中から、うっすらと人を象ったシルエットが見える。

「瑠璃ちゃん、人やあ〜。誰かおるで」

「あかん、さんちゃん。こんな場所じゃ、誰が信用できるかなんて、わからへん。気ぃつけよ」

2人は頷きあい、向かいから歩いてくる人へ警戒の眼差しを向ける。


*****

「あら…、どうしたの?ずいぶんと疲れ切ってるみたいだけど。何かあったのかしら」

目の前の女性は心配そうに語りかけてくる。
普段着にエプロン。見た目は若いが、母親なのだろう。
ふと会わなくなり久しい両親を思い出し、心細さに泣きそうになったが、グッとこらえる。

「……」 「……」

「私を怪しんでいるのね、無理もないわ。よほど危険な目にあってきたのね。
 でも、安心してちょうだい? 私は、その制服をよく知ってるの。私の娘、柚原このみと同じ制服だから」

「柚原…このみ…。このみ…って、貴明の幼馴染のあの子やんか〜!」

珊瑚は歓喜の声を上げる。捨てる神あれば何とやら。この悲惨な状況で、知り合いと呼べる人間と
再び出会える事が出来たのだから、当然だろう。

「そう、貴くんと…このみを知っている子なのね。私は柚原春夏。このみの母親です。
 2人が今、どこにいるか知ってる?」

黙って首を振る2人。それまでの警戒は一気に消えうせ、安堵の思いでその場に倒れこみそうになる。

「そう…。でも、同じ島にいるのは間違いないでしょうね。こうして貴方たちにも出会えたのだから…
 あなたたちも大変だったでしょう?怖かったでしょう。これからは、一緒に皆を探しましょう」

今の2人にとって、その言葉は今までのどんな言葉よりも心強く、優しかった。
今までに溜め込んできた恐怖、怯え、そういった負の感情が全て押し寄せてきて、限界に達した。

「うわあああぁぁぁん」

春夏に駆け寄り、倒れこんで泣きじゃくる2人。それを優しく抱き寄せ、見守る春夏。

しかし、それは彼女らにとって、最後の安らぎだった…

バンッ!!

「え…!?」

こめかみを撃ち抜かれ、何が起こったかもわからないまま卒倒する珊瑚。
それを呆然と眺める瑠璃…。

衝撃で吹き飛ばされながらも、再び瑠璃に駆け寄り…

バンッ!!

何も言えないままに眉間を撃ち抜かれ、ゲームの終了を告げられた瑠璃。

―――こうして、珊瑚と瑠璃にとっての理不尽なゲームは幕を閉じた…


*****


  ごめんね…ごめんなさいね…。
  こうしないと、このみは生き延びられないの…。
  例えあなたたちが、このみや貴くんの友達でも、
  今のわたしには、こうするしかなかったの……。

手足が再び震えだし、溢れる涙を抑えられない。
硝煙の悲しき薫りに包まれて、2人の亡骸を背に、春夏は立ち尽くす…。

―――このみ、私の手は血に染まっちゃった…こんなお母さんを許してね…




/*/*/* DATA */*/*/

【時間:一日目午後7時半】
【場所:G−06】

◎柚原 春夏

【状態:疲弊、深い悲しみ。ゲームに乗る決意】
【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】
【武器(装備):500S&Wマグナム/防弾アーマー】
【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/34徳ナイフ(スイス製)】
【残り時間/殺害数:17時間49分/2人】

◎姫百合 珊瑚
 【持ち物:デイパック、水を少々消費。レーダー】
◎姫百合 瑠璃
 【持ち物:デイパック、水を少々消費。携帯型レーザー式誘導装置 弾数3】
【状態:死亡】
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