沖木島道中膝栗毛




「…ところで、皐月さんとか言ったかの」
ホテル跡へと続く山中で、幸村は皐月を呼び止めた。
「ん? 私? 何かな幸村さん。あ、ついでに私の事はさつきち、って呼んでもいいよー」
「ではさつきち」
「…ホントに言いますか」
「もちろん冗談に決まっておるだろう」
しれっと言ってのける幸村に、むむむと唸る皐月。
「こやつ、意外とやりおるわ。流石はこの世の酸いも甘いも知り尽くしたお人でありますなあ」
「うむ、お褒めのお言葉を頂きありがたく奉り候」
「良きかな良きかな。それでは褒美をつかわそうぞ。これこのみ丸、例のものを俊夫衛門に差し上げよ」
「ははーっ、それでは俊夫衛門殿、こちらをどうぞでありますよ〜」
恭しく礼をしながら、幸村にヌンチャクを渡すこのみ。
「ありがとうござる。某、殿に生涯忠義を奉げる所存にござる」
幸村も恭しくヌンチャクを受け取る。
「…では、話を本題に戻していいかの」
受け取るなりしれっと口調を元に戻す幸村。
「むむむ、やはり手強い…」
皐月はこの老人のセンスに並々ならぬものを感じていた。一方のこのみ丸はまだ時代劇から帰還していないらしくちょこんと皐月の側で正座していた。
「このみ丸もうよいぞ、ノーマルモードに戻れっ」
ビシッと皐月が指差すとこのみは軽くジャンプして足についた砂を払った。
「えへ〜、結構楽しかったぁ」
「…続けて、いいかの」


立ちあがったこのみにヌンチャクを返しつつ幸村が言う。皐月も今度は真剣な表情で頷く。
「ホテルを探索した後の事でいいのだが、ここの海岸のあたりに一度戻ってもらえんか」
幸村が地図を取り出し、ある一点を指差す。
「D−1の海岸だね…ここがどうかしたの?」
「誰かと待ち合わせ?」
幸村は首を振って、街道近くの林を指でなぞる。
「…ここに、あるものが置いてあっての。わしでは重くて長時間運べそうにないから置いてきたのだが、あるかどうか確認に行って欲しいのだが」
「何が置いてあるのでありますか?」
「…突撃銃だ」
「ア、アサルトライフル!? まあよくもそんな物騒なもんまで…それで? 見つからないように隠してあるの?」
「うむ、一応はの。しかし掘って隠したわけではないから誰かに取られる恐れもある。特に、殺人者に渡ると危険だ」
二人が頷く。アサルトライフルは恐らくこの島でも特に強力な武器の一つだろう。味方が持つなら頼りになるが、敵に回せば厄介になる。
「だ、だったら急いだ方がいいんじゃないかな…」
不安そうにこのみが言う。
「…私が行こうか? 私なら、体力にはそこそこ自信あるし」
「いや、わしが突撃銃を置いてきてから随分間がたっとる…それに日暮れも近い。夜は下手に動くと動きを察知されやすかろう。わしがここへ行ってくれというのは回収するというよりも、取られていないかどうか、という確認のためかの…」
「つまり取られている事が前提、ってこと?」
「そういうこと、かの。まあ行くのは夜が明けてからでも構わんよ」
「大丈夫、かな…」
「なに、わしだってそう簡単には見つからんように目立たないところに置いてある」
ぽんぽんとこのみの肩を叩いてやり落ち着かせる。そしていつのまにかバッグから顔を覗かせていたぴろもにゃあ〜、とこのみを慰めるように鳴き声を出した。


「あ…猫さん」
「おおすまん、すっかり忘れておった。ほれ、出て来い」
幸村はぴろをデイパックから出し、このみに抱かせてやった。ぴろは特に暴れる事も無くこのみの胸の中でじっとしている。
「あはは、かわいい〜」
「あーっ、いいなぁこのみちゃん。私にも後で抱かせてっ」
皐月も興味深々な様子でぴろを見ている。
幸村は心中で安堵する。自分の発言のせいでこのみを不安にさせてしまったと思っていたので、ぴろの存在が有難かった。
そのまま皐月とこのみがぴろを交換しつつ山道を行く事数十分。ようやくホテル前に辿りついた。
「うっわ…ボロっ! ホテルって言うからもうちっと豪勢なモノかと思ったのに…」
ぶつくさ言う皐月とは対照的に、このみは少し不安な顔つきだ。
「何だか、ユーレイでも出そう…ちょっと怖いなぁ」
「おー? このみ隊員は幽霊が怖いのかね? これから我々はここの探索をするのですぞ?」
頭にぴろを乗せた皐月が挑発的に言う。このみはムッとしつつ、
「こ、怖くなんてないでありますよ〜! さつきち隊長の方こそ、怖いのではないですか」
「にゃ〜にをー? この百戦錬磨のサツキーチ=ユアーサ隊長に向かってそのような発言、言語道断なり! よろしい、では我々が先陣を切って進軍しようではないかね」
そう言うとこのみをずるずると引っ張ってホテル内に侵入する皐月。
「皐月さん、くれぐれも気をつけてな。中に誰かおるかもしれんからの」


「ありゃ? 幸村さんは?」
「わしは、もう少しこの周囲を調べてから行こう。一通り調べてきてくれたらフロントで落ち合おう」
「りょーかい。では改めて行くぞ、このみ隊員」
「あ、アイアイサーであります」
皐月とこのみが入っていったのを確認すると、幸村はホテルの外観を調べ始めた。
ちょうどその時。雑音に混じって若い男の声が聞こえてきた。――死亡者の放送である。
幸村はその内容を聞くや呆然とした。伊吹公子が、亡くなっていたのである。常に笑顔で、優しさを絵に描いたような性格の人間だった。恐らくこの島の毒気にかかった人間の手によって殺められたに違いない、と幸村は思った。
(公子さんの無念、無駄にはせんぞ)
握り拳を作りながら、元々深い皺をさらに深くして幸村は歩き出した。
――幸村は知らない。公子でさえも、この島の狂気に取り付かれてしまったことを。そして、それは徐々に他の参加者にも伝わっていることに。




 【場所:E−04】
 【時間:午後6時10分】

 幸村俊夫
 【所持品:支給品一式】
 【状態:健康。ホテルの周りを調べる】


 湯浅皐月
 【所持品:38口径ダブルアクション式拳銃(残弾8/10)、予備弾薬80発ホローポイント弾11発使用、セイカクハンテンダケ(×2)、支給品一式】
 【状態:健康。ホテル内の捜索開始】

 柚原このみ
 【所持品:ヌンチャク(金属性)、支給品一式】
 【状態:健康。ホテル内の捜索開始】

 ぴろ
 【状態:健康。皐月の頭でのんびり】
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