「それで、この子が娘の渚です」 「鹿沼葉子です」 「・・・天沢郁未です」 ぺこりとお辞儀されたので、それに返すよう二人も自己紹介をした。 眠りについていた古河渚が目を覚ましたのを気に、四人は食事を摂ることになった。 食事と言っても、特別何かを用意するわけではない。 食料はこの診療所に存在しなかった、それぞれ支給品のパンを食べるだけである。 「おいしいですね、お母さん」 「そうですね。でも、うちのパンの方がもっとおいしいです」 時刻は九時過ぎ、夕食にしては少々遅い。 それは眠りについていた渚に対する配慮でもあり、放送という媒体で得た使者の発表も関連していた。 午後六時前、それは放送直前のこと。 負傷した郁未の手当ても終わり、ムードは和やかな物であった。 ただし、それは表面的でしかなかったが。 「郁未さん」 「・・・何?」 治療を後ろで見守っていた葉子が声をかける。 早苗は使用した医薬品を並べている所、声を潜めれば彼女には聞こえないだろう。 「長居は無用です、行動を起こすなら今では?」 「・・・そうね。全くもってその通りだわ」 どこか投げやりな返答、葉子は思わず眉を潜める。 一方郁未はというと、頬杖をつきぼーっと虚空を見つめているような様で。 「・・・はぁ。私はあなたのことを過大評価しすぎていたのでしょうか」 「何よ」 「こちらで同行するようになってからのあなたと、今のあなたはあまりにも違います。 ・・・同じクラスAとして、少々見損ないました」 「悪かったわね。確かに私は、甘いわよ」 非情な面も強ければ、その裏も確かに郁未は持っていた。 だからこそ、FARGOの訓練という名の洗脳にも染まりきらなかったのであり。 彼女は彼女のスタンスがあったからこそ、今の彼女に成り得ていたのだから。 つまり。 「・・・?どうしました、郁未さん。私に何かついていますか」 あやすような言葉、それは優しさに包まれていて。 「何でも、ないです。気にしないでください」 思い出すのは母との記憶。その、温かさ。 早苗の無償の優しさは、郁未の心を締め付けていく一方で。 ・・・それは葉子の苛立ちを、一層募らせる結果になる。 その時だった。どこに取り付けられているかも分からないスピーカーからノイズが鳴り響いたのは。 そして、放送は始まる。 ・・・・・・・・・放送終了後、部屋には重い空気が漂った。 失礼、と背中を向けたまま部屋を出た早苗を目で追う二人。 バタンとドアが閉まると、郁未と葉子は改めて顔を見合わせお互い話出す。 「思ったよりも多いですね」 「そうね。晴香達の名前がなかったのは何よりだわ」 「・・・郁未さん、結局は彼女達も手にかけることになるかもしれないのですよ。 いい加減にしてください・・・ですが、少々状況は変わりました」 「どういうこと?」 「今はあなたの弱さを攻める時じゃないと言うことです」 「・・・」 「わずか数時間でこれだけの死者が出たということ、はっきり言って脅威です。 私達のような存在が主流になっている可能性もあります・・・それに対して」 葉子の視線が部屋の隅、まとめあげられた荷物の方へ移る。 「私達の手元にあるものは接近戦でしか使えないものばかり。 ・・・銃器が普通に配られているのです、それを入手するチャンスを上手く作らないと私達自身が犠牲になるだけです。 待ちましょう、チャンスを。幸いここは診療所、きっと人も集まりやすいでしょう」 「・・・そう。葉子さんが、そう言うなら」 「結果としてあなたの望む展開になった気もしますがね。それだけが不満です」 ここで真っ先に早苗を殺した場合のリスクとして、診療所に現れた人物がまず自分達を信用してくれるかどうか。 その点、早苗のような害のない雰囲気を持つ人物はありがたい存在となる。 狙うなら騙まし討ちだ、いかに危険度のない状態で新しい武器を手にできるかがポイントになる。 場に流れるのは気まずい雰囲気、葉子がピリピリしているのは郁未にもよく分かった。 申し訳ない気持ちがない訳ではないが、郁未にはどうすることもできなかった。 重たい空気、それを破ったのは・・・話題にも上っていた古河早苗。 「何をしに行かれたのですか?」 葉子が声をかける、郁未は彼女達に目を合わせられないでいた。 「ああ・・・、すみません。言ってませんでしたね。ここには娘もいるんです、今は疲れて眠っていて。 放送を・・・その、聞いていたかどうか、確かめたかったんです」 早苗の表情が曇る、体も少し震えているようだった。 「良かったです、まだ眠っていて・・・聞いては、いなかったようです」 「そうですか。誰か、知人でも亡くなったのでしょうか。」 「・・・」 早苗は答えなかった。その代わり。 「すみません、あの子が起きてもこの放送のことは言わないでください。お願いします」 それだけ言い、また部屋から出て行ったのだった。 あれだけの人数の死者に対する驚愕か、知人の死による悲しみか。 真相は、二人に伝わることなく流されるのだった。 そして時間は過ぎ、眠り続けていた彼女が起きる。 早苗の容姿が若く見えたものでてっきり幼い少女だと思っていたが、古河渚は郁未とほぼ同年代のようだった。 可愛らしい和やかな雰囲気、容姿も早苗によく似ていた。 そんな、自分と正反対な少女。郁未の心が暗くなる。 「・・・そういえば、渚さんの支給品は何だったんですか?」 「あ、はい。まだよく見てないです・・・えっと・・・あっ」 葉子に尋ねられ、傍らの荷物を漁りだす渚。だが、その顔は一瞬で怯えたものに変貌する。 「渚さん?」 「す、すみません、来ないでくださいっ!!」 郁未の呼びかけに反射的に立ち上がり、渚は三人から遠ざかるように駆け出した。 「・・・渚、どうしたんです?」 早苗も訝しげに見やる。外に通じるドア付近まで下がりきると、渚は泣きそうな声で呟いた。 「私、私・・・」 そして、荷物から取り出したもの。それは。 「!!」 「拳銃、ですか。いえ、でもそれにしては大きすぎる・・・」 渚の小さな手には余りにも大きすぎるそれ、重さもかなりありそうだった。 ----ツェリザカ、一丁二百万円という最強の拳銃。 威力が強すぎるゆえの反動の大きさなど、当たり武器とは言いがたい代物である。 だが、ここにいる四人にはそのような知識などあるはずない。 真っ先にそれに目をつけたのは・・・葉子だった。 「渚さん、ちょっと貸していただいてもいいでしょうか」 「よ、葉子さんっ」 「郁未さんは黙っててください。・・・さあ、少しでいいんです」 竦む渚、葉子は追い詰めるように彼女に近づく。 その時だった。 ガチャ、ガチャ。 「え?!」 渚の背後、ドアノブを回そうとする音。 ガキュンッ!!・・・カチャ。 鍵がかかっているのだからドアが開かないのは当たり前、そのはずだった。 だが銃声と分かる破壊音にて、それは無意味な抵抗となる。 「・・・邪魔よ、どきなさい」 バキュンッ!!! 続いて、また一発の銃声音。 一瞬のできごとで、誰も反応できなかった。 ・・・何が起こったのか。 鍵がかかっているはずのドアが、何故開いたのか。 それは鍵が壊されたから。 どうして、銃声はまた起きたのか。 それは、銃を撃った者がいたから。 ・・・どうして、ドア付近に立っていた渚が倒れたのか。 「いやあああああっ!」 それは、彼女が来訪者の放った銃弾を、眉間に打ち込まれたから。 早苗の叫びではっとなる、駆け寄ろうとする彼女を郁未は必死に抑えた。 「さ、早苗さん、落ち着いてっ」 「いや、いやあ!渚、なぎさっ」 「黙りなさい。・・・ここにこのみはいないようね。あなた達、悪いけど犠牲になって貰うわ」 ・・・防弾アーマーを身に着けた完全武装の女性、柚原春夏。 彼女の座った目に対し、思わず郁未の背中に寒気が走る。 嫌な予感だ。・・・彼女は、危険だ! 「・・・正気では、ないようですね」 足元、今はもう絶命しているであろう渚の手にあったツェリザカは、葉子の近くまで転がってきた。 冷静にそれを拾い上げ、葉子は春夏に向かい対峙するような形をとる。 「郁未さん、早苗さんを連れ逃げてください」 「!葉子さん?!」 「待ちなさい、逃がさないわよ」 「この距離でしたら、その防弾アーマーは役に立ちませんよ? 私はあなたの頭を狙います」 渚に詰め寄ろうとしていたのだから、葉子自身春夏との距離は決して遠くない。 今、彼女は逃げることはできない位置にいる。そうなれば。 「生き残れるあなたを生かすのが、私の役目。 早くしてください、無事でいられたらすぐ追います」 ・・・郁未に、選択肢はない。 荷物は部屋の隅、取りに行くこともできないだろう。 郁未は今だ顔面蒼白でブツブツと呟き続ける早苗の手を引き、奥の部屋へと駆けて行った。 「・・・ごめんなさい、葉子さん」 「あなたのために有意義に命を使うことができるのは光栄です。 失望もしましたが・・・やはり、あなたは私の大切な友人ですから」 バタン。外への出口とは反対側の扉が閉じ、部屋には春夏と葉子の二人が取り残される。 「大事な獲物を逃がした罪は重いわよ?」 「そちらこそ、こちらの計画を早くも破綻してくださった代償を支払っていただきたいものです」 それぞれの武器は、お互いの急所に向けて構えられていた。 それ故にできた頓着は、人を逃がすにはうってつけのもの。 目の前に向けられたお互いの銃器を、見詰め合うようにして時間は流れる。 ----------手袋もせずマグナムを二発も撃った春夏か。 ----------ツェリザカという扱えるはずもない銃を手にした葉子か。 どちらが場を収める事になるかは、まだ、分からない。 古河早苗 【時間:午後9時30分】 【場所:沖木島診療所(I−07)】 【所持品:なし】 【状態:郁未と逃走】 天沢郁未 【時間:午後9時30分】 【場所:沖木島診療所(I−07)】 【所持品:なし】 【状態:早苗と逃走】 鹿沼葉子 【時間:午後9時30分】 【場所:沖木島診療所(I−07)】 【所持品:フェイファー ツェリザカ】 【状態:春夏と対峙】 柚原春夏 【時間:午後9時30分】 【場所:GH-09交差点の出口を抜けたところ】 【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】 【武器(装備):500S&Wマグナム(3/5)/防弾アーマー】 【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/34徳ナイフ(スイス製)】 【残り時間/殺害数:15時間49分/1人】 古河渚 死亡 - BACK