銃声




 郁未と葉子は二手に分かれると秋生を挟んで真向かいに立ち、ジリジリと間をつめた。二人が持っている武器は鉈と薙刀。間合いが近づくほどに二人は有利になり、相対的に秋生は不利になっていく。
 だが、秋生に恐れた様子は全く見えない。二人を交互ににらみつけじっと黙っている。その表情は、冷たい。突如その口が開いた。
「ひとつ聞いておきてぇんだが、早苗を殺したのはどっちだ」
「………」
「………」
二人は秋生の問いに答えなかった。答えれば、答えたほうに容赦なく銃弾が向かう。
「そうか、黙秘かい」
と、言いつつも秋生には概ね見当が付いていた。早苗の体に出来ていたのは刺し傷。鉈でできる傷ではない。鉈は叩き割るものだからだ。すなわち、
「ま、多分お前だろうけどな」
右手に持った銃を薙刀を持った郁未に向けた。
「っ!」
「!」
次の瞬間、二人は動いた。郁未は転がるようにベッドの陰に飛び込み、葉子は銃口を郁未に向かってむけていた秋生に襲い掛かる。
(とった!)
秋生は体こそ郁未に完全に向いてないものの、銃口は完全に葉子と反対、いまから銃口をこちらに向けても到底間に合わない。葉子は無言で鉈を振り上げた。
 そう、確かに秋生は銃口を振り向ける暇はない。
 だが、葉子は秋生の銃に気を取られすぎた。いや、いくら常人とは違う生活が長かった彼女でも銃を目にすればそれに集中してしまうのは当然だろう。責めるのは酷というものだ。
 結論から述べる。葉子の鉈は秋生に届かず、彼女の体はその場に崩れ落ちた。原因は、秋生の拳。葉子の下からうなるようにして飛び上がった秋生のアッパーは葉子の顎を正確に打ち抜いた。
 秋生には一切の容赦がなかった。相手が年下だとか、女性だからとか、そんな考慮は一切ない。葉子の脳みそが揺れて、彼女がひざから崩れ落ちるのには一瞬を待たなかった。ガラン、と音を立てて鉈が転がる。
 郁未がベッドの陰から様子をのぞいたとき、すでに葉子の体は床に転がっていた。反射的に声を上げる。
「葉子さん!!」
だが、顔を上げたとたん銃弾が郁未のいた場所を通過する。憎たらしいことに秋生の銃口はなおも郁未のほうを向いていたのだ。
 後ろのガラス戸が割れて、あたりにガラスがとびちる。中に入っていた薬品のいくつかがゴトゴトと音を立てて下に落ちた。

「邪魔すんじゃねぇよ」
秋生はそうとだけ言って、足元に落ちていた鉈を蹴飛ばし、部屋の隅へと追いやる。
「もう一度、聞くぜ」
秋生は不機嫌そうにベッドの上(郁未が隠れているベッドの隣のベッドだ)に座ると片足を葉子の頭上に乗せた。無論、銃口は郁未に向けたまま。うっと葉子が少しだけうめく。
「早苗を殺したのはどっちだ?」
「……それを聞いてどうするつもりよ」
「あ? いちいち言わなきゃ分かんねぇのか、てめぇは」
「………」
殺してないほうは助けるつもりだとでも言うのだろうか。目の前の男がそんな温厚な性格をしているとはとても思えない。ちらりと秋生の顔を見る。電気がついてないので薄暗い室内では表情は全く読めない。
「ごめんね、できが悪くって。わからないわ」
精一杯強がってそう言ったが知らず知らずのうちに声が震えていた。
「殺したほうを先に殺すために決まってんだろ」
(……やっぱりか)
ならば、どうする? 葉子さん、と答えれば葉子さんは確実に殺される。だが、自分はその隙に逃げることができるかもしれない。
 一方、自分と答えればどうなるか。銃と薙刀では明らかに分が悪い。葉子の支援も望めない。確実に自分は死ぬ。
 冷静に考えれば葉子が殺したということにしたほうがいい。ああなった以上、自分がどちらを答えても葉子は死ぬからだ。彼女だってきっと許してくれるはずだ。仕方がない。だが、
(んなこと、できるわけないでしょっ!)
葉子は大切な友人だった。その葉子を見殺しになどできようはずもない。
(どうする? どうする? どうするっ!?)
そのとき、郁未の指先に触れるものがあった。
「とっとと答えろや。渚のことが心配なんでな、あんまし時間かけたくねぇ。まあ、別に話してくれなくてもかまわないがな」
秋生の言葉を無視してそれをたぐりよせた。薄暗い室内でわずかな明かりを手がかりにラベルを読む。それは消毒液だった。さきほどの秋生の銃撃で上の戸棚から落ちてきたらしい。
(そうだっ!)
郁未は急いでボトルのキャップをはずすと薙刀をつかむ。
「わかった。答えるわ」
「………」
「知らずに死んでしまえぇぇっ!!!」
郁未はキャップの開いた消毒液を投げつけた。狙いは正確に秋生の顔にあたり、消毒液をぶちまける。
「うぐおっ!」

秋生のうめき声が郁未の耳に届いた。郁未はそれを確認してから、ベッドの横から走り出る。だが、

 ダン!

「っあっ!」
「ちっ!」
舌打ちをする音と脚からの激痛を同時に知覚する。そして次の瞬間、バランス失った彼女は前方に身を投げ出すようにして
(嘘でしょ!?)
この暗がりの中、消毒液をぶちまけられた目でこれだけ正確に狙撃してくるなんて化け物か!?
「いろいろ考えたようだが無駄だったな」
暗い室内で秋生が立ち上がる。左手に持っている……あれは何だ? ……枕? をこちらに投げ捨てる。
 枕は自分の顔のすぐ近くに落ちてプンとアルコールのにおいをさせた。どうやらこれで自分の投げた消毒液を防いだらしい。とすると、その後のうめき声は芝居だったのか。完全にやられた。
「じゃあな、一足先に地獄へ行ってろ」
秋生の銃口が自分に向けられた。











「ん、大体こんなもんでいいだろ」
宗一は民家の台所でそう呟いた。目の前にはカップラーメンの山。新しく着たあの連中や変なオッサンの分もあるはずだ。夜も朝もカップラーメンとは少々味気ないがこのさい贅沢は言ってられない。まあ、暖かい食料と言うのは悪くないはずだ。
「皐月がいればな……」
あいつのことだ。こんな状況でもいつもどおりうまい飯でも作ってくれるに違いないのに。
「さて、みんないい加減はら空かせているだろうし、戻るか」
そして、その瞬間、
「――みなさん聞こえているでしょうか。今から僕は一つの放送をします……」
放送が鳴った。
「……61 醍醐、63 篁」
え? きょとんとして天井を見上げる。あの二人が? そして、
「……97 伏見ゆかり、110 森川由綺、――以上です」
それは宗一にとって醍醐や篁の死以上に衝撃的なメッセージ。実力から考えればゆかりのほうが死ぬ確率が高いのにな、と冷静な自分が自嘲した。
「……くそっ!」
テーブルの上に拳を叩きつける。ゆかりが死んだ。あいつが死んだ。誰よりも優しかったあいつが死んでしまった。怒りのままにいすを蹴り上げる。派手な音を立てていすがダイニングを転がった。
「待て、落ち着けよ、俺」
今、名前を呼ばれた連中は本当に死んだのか? 醍醐や篁が? まだ開始数時間で? 俄かには信じがたい話だ。ならば、他の人に関してもそれがいえるのではないか?
 それは希望的観測に過ぎなかった。だがあきらめるのはまだ早い。情報にはいつも真偽が付きまとう。
「確認もなしに放送一つで死んだことにしちゃあ、エディに怒鳴られちまうわな」
 落ち着くために深呼吸をする。一つ……二つ。よし。
「とりあえず、診療所に戻るか」
これ以上、死者を増やすものか。とりあえず自分から目の届く人たちだけでも守らなければいけない。
 それに今のいすの音で人が集まってくるかもしれない。何やってるんだ自分らしくもない。急いで脱出しよう。
 宗一は窓から外をのぞいて誰もいないのを確認すると、一気に飛び出し走り去った。そして住宅街を走り抜ける。
 明かりの少ないこの集落ではいちいち立ち止まって敵の確認をするよりも動き回っていたほうが攻撃を受ける可能性は少ないと判断したのだ。

「!!」
だが途中で足を止め、反射的に物陰に隠れる。
(今の……銃声か?)
遠かったのでいまいちはっきりしない。だが、聞き違いでなければ、音が聞こえた方向は診療所。嫌な予感がした。
 とりあえず、今の自分が危機的な状況にあるわけではない。物陰から抜け出し、さらに急いだ。面倒だから食料品やかさばる荷物は物陰に置いて行く。
 何が起こったんだ?
 天沢郁未に怪我をさせた人物が追ってきたのだろうか。それとも他の誰かが診療所に攻撃をしかけたのか。単なる自分の聞き違いか。あるいは方向が一緒なだけで診療所自体には何の問題もないのか。
「無事でいてくれよ」
真偽はまだ分からない。だがゆかりの名前は放送で呼ばれた。なぜゆかりだったのだろうか。自分と近しい存在だから篁になにかされたのか? もしくは本当に死……
 その考えを振り払って走る。真偽はどうであれ、これ以上あの放送で名前が呼ばれる人間が増えるのはごめんだった。あれは心をかき乱す。
 診療所が見えてきた。まだ、貴明たちやオッサンはまだついてないのだろうか。
 そのとき、もう一度銃声が響き渡った。間違いない。音の発信源は診療所だ。
「クソ! みんな無事でいてくれよ!」
診療所のドアが見えた。見張りを交代で立てていたはずのそこには誰も立っていない。ちくしょう! ちくしょう! 心の中でがなりたてながら銃を構えた。五感が細く絞られてゆく。
 宗一は熱くなりそうな頭を懸命に抑えながら、診療所の中に飛び込む。 またさらに銃声がした。今度は人の倒れる音まで。もはや一刻の猶予もない。銃声がしたほうに走る。
 一人でも多く無事でいてくれれば!! だが、どうする。何をすればいい!? まだ中で何が起こっているのか彼にはさっぱりわからない。だからといって悠長に外から様子を伺っているひまもない!
「全員、とまれぇぇぇぇぇっっっ!!!」
薄いドアを蹴破る。
 ……銃声が、響いた。




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【時間:六時二十分ごろ】
【場所:I-07】

天沢郁未
【持ち物:薙刀】
【状態:呆然。左のふくらはぎに被弾】

鹿沼葉子
【持ち物:なし】
【状態:気絶、脳震盪ぎみ】

那須宗一
【所持品:FN Five-SeveN(残弾数20/20)、ロープ(少し太め)、包丁、ほか水・食料以外の支給品一式】
【状態:異常なし】

古河秋生
【持ち物:S&W M29(残弾数1/6)、ほか支給品一式】】
【状態:異常なし】

備考
 【早苗の支給武器のハリセン、及び全員の支給品が入ったデイバックは部屋の隅にまとめられている。】
 【郁未、葉子の支給品一式と鉈は部屋のあちこちに散乱】
 【状態・所持品は最後の銃声発射前の状況です。銃声がどちらが何に対して撃ったものかは不明。次の書き手さん任せです】
 【宗一の持っていた救急箱、ツールセット、食料は村内の物陰に放置】
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