千鶴はイルファと対峙していた。 その距離は約15メートル程であった。 イルファの手には、Pfeifer Zeliska。 必殺の威力を秘めた大型拳銃だ。 (さて、どうしようかしらね……。) 先程までは目の前のロボット――イルファは二人の少女を気にしながら戦っていた。 ――だから動きが読めた。だから銃撃も造作なくかわせた。 しかし今は二人の少女は逃げ、イルファの意識は自分に集中している。 今このまま距離を詰めれば、銃撃を凌ぐのは困難だろう。 しかし自分は素手である。近付かなければどうにもならない。 そこまで考えて、千鶴はある作戦を思いついた。 「!?」 突如、千鶴は前方のイルファにはまるで見向きもせずにに横に向かって走り出した。 「ど…、何処に行くのです!」 千鶴の予想外の行動に焦るイルファ。しかしすぐに、千鶴の意図は判明した。 彼女はそのまま大きく迂回するように曲がり、イルファの後方、瑠璃達が逃げた方向へと向かっていったのである。 ――――この敵は自分を避け、瑠璃様達を狙おうとしている! 「待ちなさいっ!!」 ダンッ! ダンッ! ガチャリ! イルファはすぐさま千鶴の進路へ向け、弾切れするまで銃を放っていた。 千鶴がそのまま直進していれば、直撃していた筈である。 万一直撃しなかったとしても、これだけの大きさの銃の一撃なら、掠るだけでも相手を無力化させれるだろう。 しかし、イルファが射撃した先には、千鶴の姿は無かった。 彼女はイルファが銃を撃つ寸前に反転していたのである。 「な……っ!」 「やはり、あの二人があなたのネックのようですね……。」 千鶴は、イルファの方へと振り返り、そう言っていた。 イルファを相手にせずに、逃げた瑠璃達を追う振りをすれば、必ずイルファの意識はそちらに逸れる。 イルファは確実に自分の進路を阻むように銃を撃ってくるはずである。 ならば、それを利用して弾切れを起こさせてやれば良いのではないか。 それが、千鶴の作戦だった。 そしてその作戦は成功していた。 「しまった…!!」 イルファはようやく千鶴の狙いに気付いて、慌てて銃に装弾しようとしたが、もう手遅れであった。 イルファに向かって一気に踏み込んでくる千鶴。 その勢いのまま蹴撃を放ち、イルファの銃を弾き飛ばしていた。 銃は近くの茂みの奥へと弾き飛ばされていた。 後は、一方的な戦いだった。 普通の人間なら、千鶴相手の肉弾戦では長時間は保たない。 戦闘を生業としているような者以外では、すぐに殺されていたであろう。 しかしイルファはロボットであり、普通の人間よりは運動能力に優れていた。 イルファは戦闘技術こそ持っていなかったが、 なまじ高い運動能力を持っていた分、長時間痛めつけられ続ける事になった。 蹴られて、殴られて、嬲られ続けても、彼女は立ち続けた。 「あ…、う……」 イルファの視界にはノイズが大量に走り、彼女の体の至る所にヒビが入っている。 左腕は肘から先が無くなり、使い物にならない。 勝てない。肉弾戦ではこの敵には、勝てない。 それが判っていても、引く訳にはいかなかった。 自分が逃げればこの敵は一目散に、瑠璃様達を追いかけるだろう。 そう考え立ち向かい続けた結果が、今の状態だ。 彼女は実に30分もの間、千鶴の猛攻を耐え凌いで来たが、 遂に限界が訪れた。 「中々粘りましたが、これまでのようですね」 「あなたを…、殺します」 千鶴は何の感情も籠めずにそう言うと、イルファの頭部を鷲づかみにし、 そのまま凄まじい勢いで傍にあった木に叩きつけていた。 ドゴォッ!! 大きな音と共に、木の幹にヒビが入った。 同時にイルファの頭部にも大きくヒビが入り、イルファの視界の半分以上にノイズが走っていた。 それでもかろうじて視聴覚機能は生きていたが、もう体は動かない。 イルファはそのまま地面に倒れた。 「ロボットといえど、頭部を破壊されれば終わりでしょう…」 横たわっているイルファを見据えながら、冷たく言い放つ千鶴。 しかし千鶴は妙な事に気付いた。 イルファの口元が笑っているのである。 「……?一体何が可笑しいのですか?」 「わた…、しは…、十分時間を…、稼げました…。 これで、瑠璃、様達…、は…、あなたから……、逃げ切れ…る……」 「…それはそうですが。これから先は、彼女達は誰が守るんでしょうか? あなたは、この結末に満足しているのですか?」 口にしてから、千鶴は自分は何を言ってるんだと、皮肉の笑みを浮かべた。 この事態を引き起こした張本人は自分自身なのに。 守りたいものがある。守りたいものの為に戦う――― イルファも千鶴もこの一点においては同じである。 だからこそ、千鶴は聞いてみたくなったのだ。 「満足…は、して、いま…せんが…、きっとわたし…、が、いなく…なっても、瑠璃様…達は…、 強く…、生きてくれる…」 何を言っているのだろうか。イルファの言ってる事がよく理解出来なかった。 正確に言えば、意味は理解出来たのだが、言っている事が無茶苦茶であると思った。 イルファは逃げた少女達の力を信用している、という旨の事を言っている。 だがそれならば何故、先程まで必死になって少女達を庇っていたのだろうか。 実際彼女達はイルファの足を引っ張っていたではないか。 ともかく、これ以上考えても仕方ないので完全に破壊する事にした。 千鶴がイルファの頭部を完全に破壊しようとした、その時、一つの叫び声が聞こえた。 「千鶴姉!! 何やってるんだっ!?」 (……この声、まさか――!?) 千鶴が振り向いた先には千鶴の妹、千鶴の守るべき存在の一人―――柏木梓が、 驚愕の表情を浮かべ、立っていた。 「くっ!」 千鶴は即座にウォプタルに飛び乗り、逃亡した。 愛しい妹が目の前にいた。 本当ならすぐにでも抱いてあげたかった。一緒にいてあげたかった。 しかし、自分はまだまだ他の参加者達を狩らなければならない。 このゲームでは身内以外の者は信用出来ない。即ち彼女にとって、妹達と耕一以外は、倒すべき敵であった。 出来るだけ他の参加者の数を減らし、それから脱出方法を模索する。 それが千鶴が考えた、自分の身内達の生存確率を最も高める方法であった。 容赦ない狩猟者としての行動を共にするのは、梓には耐えられないし、理解もしてもらえないだろう。 今は一緒にいられない。 「待ってよ、千鶴姉ぇーーっ!!」 梓の制止の声も聞かず、千鶴はそのままウォプタルを駆り、走り去っていた。 しかし、千鶴の目尻には、一筋の涙が流れていた。 「千鶴姉、どうして……」 呆然と立ち尽くしていると、 「すいま、せん……、そこの、あなた……」 倒れている少女、いや、ロボットに声をかけられた。 「アンタ、大丈夫か!!」 慌ててイルファへと駆け寄る梓。 「う……、これは…………」 イルファの全身は既にボロボロであり、特に頭部の損傷が酷かった。 これはもう、助からない。 いくらロボットとはいえ、ここまで徹底的に破壊されていてはもう活動停止は免れないだろう。 「とつぜんで、わるい……、のですが、あなたに、ひとつ……、おねがいが……、あります」 イルファは途切れ途切れに言葉を続ける。言葉の合間合間に雑音が混じっている。 恐らくもう、長くないのであろう。 「…………なに?」 それをすぐに理解した梓は、停止しつつあるロボットの最後の願いを聞き届ける事にした。 「るり…………さま……と、さん……ごさま、……という……おんなのこ、たちと……であったら、 ……まもって、あげて…………、くださ……い……。」 それだけ言い、もうイルファは動かなくなった。 瑠璃様、珊瑚様、申し訳ありません。 私はどうやらここまでのようです。 私の死を知ればショックをお受けになるでしょうが、 どうか自分を見失わないでください。 お二人ならきっと強く生き続けてくれると信じています。 お二人なら、ゲームに乗っていない参加者の方々とも上手くやっていけます。 最後まで私の手でお守りしたかったけれど、それはもう叶わぬ願い。 願わくば、貴明さん、そして目の前の女の方、まだ見ぬ参加者の方々。 どうか瑠璃様達を、お守りください…。 そうしてイルファの機能は、停止した。 彼女は最後まで、瑠璃と珊瑚の事を想い続けていた…。 梓は暫しの間、呆然としていた。 すぐ近くには、血まみれの少女――神岸あかりが倒れていた。 梓はこの場で何が起こったのか、まだ理解しきれていない。 理解しきれていないが、千鶴が自分を見て逃げたのを見て、 姉が恐らくこのゲームに乗っている。そしてこの惨劇は姉が引き起こしたものだ、と。 それだけは、理解出来た。 それから自分が何をすべきか考え、梓は行動に移っていた。 血まみれの少女も心配だった。 傷は背中に引っ掻いたような細長い傷と、全身に打撲や擦り傷等の無数の軽い傷。 しかし今は血はもうほぼ止まっていた。 治療をしなくても命に別状は無さそうだったので、神社の建物の中に置いてきた。 千鶴姉も心配だが、あの姉なら誰かに遅れを取るような事はないだろう。 それに姉は妙な生き物に乗っていた、今から追いかけても追いつけるとは思えない。 姉が罪の無い者達を殺している…。 そう考えると強い脱力感と、深い悲しみを覚えるが、 今はどうしようもない。 イルファが言った者達の事も、 「悪いね……。柳川を殺したら初音を探すつもりだから、その時にアンタの言ってた子達も探してあげるよ」 イルファの残骸に向かってそう言い、後回しにする事にした。 結局梓は、最初の目的。 楓の仇を討つ事を最優先する事にした。 彼女は千鶴のように家族以外の存在を全て敵、全て他人だと割り切る事が出来る性格ではない。 それでも彼女にとって一番大事な存在は、家族だから。その家族を奪った男……、柳川。決して許せない。 誰にも全てを救う事など出来はしない。ならば今自分が最もすべき事をするしかないんだ。 そう自分に言い聞かせ、梓は再び柳川を探しに走り出していた。 そうしなければ、溢れ出す様々な感情に、心が押し潰されそうだったから。 ―――――今はただ、あの男が憎い。 そう思い込むしか、無かった。 共通 【時間:一日目午後7時50分頃】 【場所:鷹野神社(F-6)】 柏木梓 【持ち物:不明(次の方任せ)、支給品一式】 【状態:動揺、柳川への憎悪。第1目標:柳川の殺害 第2目標:瑠璃姉妹、初音の捜索、保護 第3目標:千鶴のマーダー化を止める】 イルファ 【持ち物:デイパック、フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 0/5 +予備弾薬15発】 【状態:死亡、デイパックは遺体傍に、銃は近くの茂みの中に放置】 柏木千鶴 【持ち物:支給品一式・ウォプタル】 【状況:やや動揺、軽い疲労。マーダー】 神岸あかり 【所持品:支給品一式】 【状態:血まみれ、気絶。全身に無数の軽い擦り傷、打撲、背中に長い引っ掻いたような傷。現在は神社の中で倒れている】 - BACK