この島にいる全ての人に




「殺人鬼二人か。悪くねぇな…地獄への片道切符、てめぇらの命で買ってもらうぞ!」
言うと同時に秋生は葉子にむけて銃弾を二発はなった。

 ダン! ダン!

一発はそれた。だが一発はよけようとしていた葉子の腹部に命中する。
「がはっ!」
「葉子さん! このっ!」
「ダメです! 郁未さん! 一旦下がって!」
「っ!」
すでに秋生の銃口は郁未に向けられていた。慌てて身を翻し、ベッドに隠れる。銃弾は一瞬前まで郁未がいた空間を貫通し、その背後にあった戸棚を破壊した。
「葉子さん!?」
「だ、大丈夫です」
こっそり向こうを覗くと葉子もベッドの陰に隠れることに成功したようだった。その間に秋生はすばやく弾倉を交換する。二人にとっては予想外に手馴れた早さだった。
(予想以上に手ごわい……)
秋生の射撃能力は葉子の予想をはるかに上回っていた。明かりのない暗がりの中、走る自分に向かって銃弾を当てる。
 昨日まで武器など持ったことがない一般人ならばとんでもない芸当だった。これでは二人で本気でかかっても勝てっこない。
 自分の腹からは血が流れている。幸い、外側に近いので重要な器官に影響はないようだったが。だがいずれにせよこの状態自分のほうが完全に足手まとい。ならば……
「郁未さん、聞いてください!」
葉子はすぐさま、覚悟を決めた。大声で敬愛する人の名前を叫ぶ。

「なに!?」
「私は、もう助かりません!」
それは半分嘘だった。手当てをすれば、まだ生きられるかもしれない。だが、葉子は郁未を生かすため、あえてそう嘘をついた。
「! そんな!」
「ですから、私がその男の注意をひきつけます。その隙に郁未さん、あなたがその男を倒してください」
「待ってよ! そんなことをしなくても……」
「ぐずぐずしている暇はありません、時間もかけられません。それにね、正直やっぱりあなたと戦うのは嫌です。ですから郁未さん。あなたは、生き残ってください」
「……わかった、葉子さん。私、絶対に生き残るから」
「………」
秋生は二人の会話をじっと黙って聞いている。
「郁未さん、私、あなたに会えて本当に良かったです」
「私もよ」
葉子は姿勢を変えてすぐさま走れるような体勢になり、鉈を構える。
「……さよなら」
次の瞬間、葉子がはしりだした。
「葉子さんっ!」
悲しみと苦しみに胸を押しつぶされそうになりながら、それでも郁未は走り出す。葉子より少し遅れて、秋生めがけて薙刀を突き出しながら突進する。
「うわああああああああっ!」
腹の底から雄たけびを上げた。そうすることで秋生の注意が少しでもこちらに向くことを願って。
 だが、秋生は冷静に葉子に狙いを定めて引き金を引いた。ドンっと音がして葉子の体が前に突っ伏せる。だが、葉子は止まらない。右胸に被弾してなおも秋生に向かって走り続けた。
 ドン! 二度目の被弾。今度の銃弾は葉子の眉間に突き刺さり、彼女は倒れた。そして同時に秋生の体も。彼の腹部には郁未のもつ薙刀の切っ先が刺さっていた。









 郁未は葉子の体を上に向けて、目を閉じさせる。
(ごめんね、私のせいでこんなことになって……)
彼女はきっと長い挨拶は好まない。だからそこでさっさと切り上げて秋生のほうに目を向けた。
「なんでこんなことしたの?」
「……あ? なんだって?」
「なんで黙って葉子さんの計略にはまったのよ」
自分が囮となり、その隙に秋生を倒す、という葉子の作戦。今にして思えば秋生が防ぐ手段はいくらでもあった。
 話している間に葉子を撃ってもよかった。移動しながら攻撃して、二人の攻撃の間隔がなるべく開くようにしてもよかった。手段はいくつもあったのだ。
 だが秋生はそうした手段を一切とることなく、葉子を倒し自分に倒された。
「けっ、これだからガキはわかってねぇな。無粋だろうが。一人の人間が命賭けてまでなんかやろうとしてんの邪魔するなんてよ」
「……あっきれた。救いがたいお人よしね」
「俺は俺と早苗の命を使って渚ともう一人のあの子の命を救う。あいつはあいつの命を使ってあんたを救う。平等だろうがこれで。文句あんのか、この野郎」
「何それ。あんた自己満足のために命を捨てたの。本当にバカね。そんなことで命を捨てる人、あたし大っ嫌いよ」
ふぅ、と秋生はため息をついた。いくら考えても最初の前提が間違っているので答えにたどりつけない生徒を見た教師のように哀れみをこめたため息を。
「いいか、耳の穴かっぽじってよぅく聞けよ、小娘。この世にはな自分の命なんかよりずっと大事なものがあるんだ」
「ふぅん。ご高説、伺おうかしら?」
「それはな、正義だ」
「はぁ?」
郁未は思わず素っ頓狂な声を上げる。この答えはさすがに予想していなかった。
「それはあんただって持ってるはずだ。だから、この殺し合いに乗ったんだろ。一人ひとりの正義は違う。衝突することもあるだろうさ。特にこんな状況じゃあな」
「……多元主義者だとは思わなかったわ」
「そんな小難しい言葉はしらねぇよ」
誰だって自分の正義を持っている。自分の命こそが最優先だというもの、愛しい人の命を守ることを最上の使命と考えるもの、あるいはそれ以外の何かに生きる意味を見出すもの。

「俺は自分の正義に生きたんだ。てめぇにとやかく言われる筋合いはねぇよ」
「私がこれから二人を追いかけて殺すかもしれないのに?」
郁未は言ったが実際にはそんなことをする気力は葉子を喪ったことでとうになくしていた。
「やれるもんならやってみやがれ、いっとくが渚はおれのちんこが生んだ最高傑作だ。簡単にくたばりはしねぇよ」
秋生をにもなんとなく郁未の心のうちが伝わっているようだった。まったく心配していない様子でそう答える。
「ふふっ、確かにちょっとばかり難儀よね、それは」
軽く笑うと薙刀をもってゆっくりと立ち上がった。
「じゃあね、あたし、もう行くわ」
そういった瞬間、
「おとうさん!」
部屋に入ってきたのは渚だった。心配で戻ってきてしまったらしい。そして目の前の光景を見るや否や、秋生に駆け寄る。
「おとうさん! おとうさん!」
「おう、渚か……って、何で戻ってきたんだ」
「音がしなくなったから、もう終わったのかと思って……」
そう言いながら泣き出してしまう。ふと、郁未はこの子がどういう結末を創造していたのか気になった。自分と葉子が血まみれで倒れている光景だろうか。
しかし、改めて問うほどの興味ではないその光景を最後に郁未はくるりと後ろを向いた。
途中葉子の使っていたらしき鉈が目に止まり、それをそっと拾い上げようとする。
「おとうさん!」
後ろから渚の叫びが聞こえてくる、それはちょうど鉈に向かって身を傾けていた時で。
・・・興味はない、そのはずだったのに。
ずっしりと、持ち上げた鉈は随分と重く感じた。
「それが私の正義だから」
ぽそりと、誰に聞かせると言うわけでもない呟き。
郁未の信念は曲がらない、それは葉子の残してくれた道でもあったから。
誰に見送られるわけでもなく、郁未はこの場から離脱した。


「渚、すまねぇな。どじっちまったよ」
「ま、待ってください! 今包帯を持ってきますから」
そう言って立ち上がろうとする渚の腕を秋生はつかんだ。
「いいんだ。もう、俺は助からねぇよ。それより聞いて欲しいことがあるんだ」
「いいえ、ダメです。後にしてください」
「かっ、相変わらず頑固なやつだな、お前は。いいから聞いとけっての」
「はい、私もおとうさんのお話、聞きたいです。でも治療が終わってからです」

互いに引かないふたり。はぁ・・・と溜息をつくと、秋生は渚を無視して話し始めた。
「なあ、渚。俺な人を殺したんだ」
「え……あの、そこで倒れてる郁未さんといた方のことでしょうか」
「確かにそいつを殺したのもおれだ。でもな、俺はここに来る前に一人、既に殺してるんだ。しかも別に襲われたわけでもなんでもないのに、だ」
「え!?」
戸惑う渚の声、秋生の顔にも苦笑いが浮かぶ。

「渚、お前はそんなおれのことどう思う?」
「………」
渚はしばらく黙っていた。いろいろと考えているのだろう。やがて、顔を上げてはっきり言った。
「おとうさんのことだから、何の理由もなく殺したわけではないと思います。でも、ちゃんと殺した人たちの家族に謝ってください」
「……そうだな」
ああ、そうだ。渚はこういう子だから。そんな返事をする。でも自分が聞きたいのはそういうことではないのだ。
「……渚、それでもおまえ、おれのこと、おとうさんて呼んでくれるか?」
「え?」
きょとんとした顔で渚は秋生の顔を見た。それは返答に詰まったからではなく、何を聞かれたのかわからなかったからだろう。なぜなら、
「あたりまえです。人を殺したっておとうさんはおとうさんです。ちょっといじわるなところもあるけどやさしいおとうさんです」
答えが彼女にとってあまりにも決まりきったことだから。
「そうか」
秋生はほっとした。そうだ。渚はそういう返答をする子だ。わかりきってたことじゃないか。いや、だからこそ聞きたかったのだろう。安堵するために
「おとうさん?」
秋生は珍しく、にっこりと微笑んでくしゃりと渚の頭をなでた。
「渚、幸せになれよ」
早苗、今俺もそっちに行くからな。
 手が力なく垂れた。
「おとうさんっ!」







 どうだ、早苗。かっこよかっただろう、俺は。

 はい、とってもかっこよかったですよ。

 惚れ直したか?

 はい。惚れ直しました。

 よし、それでこそ俺の妻だ。

 でも、秋生さん、渚は大丈夫でしょうか?

 心配するな、あいつももう立派な大人だよ。大丈夫さ。きっと自分を見失わずにやっていける。

 そうですね、岡崎さんもいますし、きっと大丈夫ですよね。

 けっ! あんなガキに何が出来るっていうんだ、まだまだケツブルーなくせに。

 ふふふふふ。


 さて、早苗。いつもどおり、パンを焼くか。

 はい。実はまた新しいパンを思いついたんですよ。

 ギクリ。

 ……秋生さん。ギクリってなんですか?

 しまった! 思わず口に出してしまったぜ!

 わ、私のパンは、私のパンは作る前から不安をあおるようなパンだったんですねーーーーー!!!!

 ま、待て、早苗ぇーー!! 俺は、俺は超ウルトラスーパー期待しているぞーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! ひゃっほーーーい! 早苗の新作だーーーー!!!





「おとうさん、おとうさん……」
「ひっく、ぐすっ……」
冷たい室内に一人の少女の嗚咽がしばらく反響していた。






 渚、幸せになれよ

 その横にいるお嬢ちゃんもな

 岡崎のぼうずも生きるんだぞ

 そして、

 この島にいる全ての人に、幸あれ




天沢郁未
【時間:六時半】
【場所:I-07】
【持ち物:鉈、薙刀、支給品一式×2(うちひとつは水半分)】
【状態:右腕軽症(処置済み)、精神的に疲労】

古河渚
【時間:六時半】
【場所:I-07】
【持ち物:なし】
【状態:滂沱】

鹿沼葉子・古河秋生【死亡】

備考
 【早苗の支給武器のハリセン、及び全員の支給品が入ったデイバックは部屋の隅にまとめられている。秋生の支給品も室内に放置】
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