間に合った男




「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
佳乃の断末魔の悲鳴を聞きながら、早苗はがむしゃらに走り続けた。
後ろを振り返る余裕なども無く、その手に感じる我が子の温もりだけを感じながら。
息が切れ、ガラスで切れた痛みと戦いながらも懸命に走り続けた。

「はぁ……はぁ……」
後ろからは渚の切なそうな声が聞こえてくる。
大人の私でも限界の力で走っているのだ、元々病弱な渚には相当辛いのではないだろうか。
少しスピードを落とし、渚に声をかけようと後ろを振り返った早苗が見たものは、また非常なる現実だった。
佳乃のものであろう返り血を浴び、無表情で、いやどこか冷たい笑顔を浮かべた郁未と葉子が
武器を携えて追ってきているのが映った。

「――!!」
早苗の顔が絶望に染まる。その距離約300メートル。
自身の体力ではすぐに追いつかれてしまう。
どうすれば?どうすれば?どうすれば?
考える間などあろうはずもなく、自分たちに出来るのは力の続く限り逃げることしかなかった。
渚を握る手がギュッと強まり、全力で駆け出そうと足の力を振り絞った。
その瞬間だった。
早苗の身体から流れ落ちる血が腕を伝い流れ落ち、渚とを結んでいた手がヌルリと滑りゆっくりと離れていってしまう。
勢いあまり転倒する渚。
「渚ぁぁっ!」
慌てて駆け寄った我が子の前にみるみるうちに近づいてくる殺人鬼二人。
一心不乱に庇う様に手を大きく広げ、二人の前に立ちふさがる。



「――鬼ごっこは終わりですか?」
息一つ切らさずに葉子は言い放つ。
早苗は無言で二人の顔を交互に見つめ、睨みつける。
自身に出来る最後の抵抗だった。
「あなたも十分悪人気取ってると思うけど?」
だがそれも二人の前には何も効果が無く、ただ嘲る様に郁未と葉子は笑いあう。
「……それでは今度こそ、さようならですね」
葉子が大きく鉈を振りかぶった。
早苗は目をつむり、死を覚悟する。
「願わくば、渚だけでも助かりますように」となんとも甘い願いを神に祈りながら。

ダァン!

葉子の鉈は振り下ろされることは無く、代わりに一発の銃声が響き渡った。
おそるおそる開いた目には、額から血を流しながら固まった葉子の姿。
その姿がまるでスローモーションのようにゆっくりと地面へと落ちていった。

「――待たせたな、早苗、渚」
忘れることの出来ない、強く優しい声。
何度聞きたいと願ったことだろうか。
早苗の目からはボロボロと涙が流れていた。

倒れた葉子を唖然としながら見下ろす郁未。
銃弾の放たれた方向へ視線を移し、声の主をギラリと睨みつける。
怒りの形相で同じように郁未を睨みつけるその男の名前は――古河秋生。




古河 渚
 【所持品:なし】
 【状態:疲労】
古河 早苗
 【所持品:なし】
 【状態:疲労・安堵】
天沢 郁未
 【所持品:薙刀】
 【状態:右腕軽症(手当て済み、ほぼ影響なし)。ゲームに乗っている。】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈】
 【状態:死亡】
古河秋生
 【所持品:S&W M29(残弾数4/6)、ほか支給品一式】
 【状態:激怒】

備考
 【早苗・渚・佳乃の武器と支給品一式、郁未と葉子の支給品一式、宗一の水と食料は診療所内】
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