双天使




あの後可愛くむくれた珊瑚ちゃんに笑って謝って余計にむくれさせて「貴明、いじわるやー」って言われて
瑠璃ちゃんに「さんちゃん泣かすやつはウチがいてこますー!!」って言われながら蹴られて
雄二に「ちくしょおこんなときにまでらぶらぶしやがって」とか言われながら
マルチちゃんに「みなさん、仲がおよろしいのですねー」と言われつつ
新城さんに苦笑いされて「いや、うん……いいの……かな……?」とか言われるハプニングを乗り越えて
皆で手分けして家捜しをすることにした。
小さい家だ。
この人数で掛かればさして時間も掛からず終わる。
で、その結果が目の前に。
「……さて、これでどうしようか」
取り敢えず選定は後回しって事でちょっとでも役に立ちそうなものを集めてきた。
因みに食料系統は冷蔵庫。
流石にここに持ってくるのは阿呆だろう。
包丁二本まな板一枚お玉一本ボウル一つ大鍋一つフライパン二枚、良く分からないちっちゃいおもちゃが沢山、
傘三本ゴミ箱三つ目覚まし時計三つ小さい鏡が二枚に風呂場にあった嵌めてあった大きいのを外して三枚、
分厚い本が四冊にカッターナイフ一本、何故かあった木刀一本と文房具、救急セット。
持ってくるのは大変だというものも動かさないでおいた。
厚くない本が沢山、皿やナイフ、フォークも沢山、着替えも沢山、テレビ。
目に付いたのは概ねこんな所だった。


「……このおもちゃ持って来たの、誰?」
「あ、それ私ですー」
「……なんで?」
「あの、逃げるときにとりゃ〜ってなげつければ逃げられるんじゃないかと」
「……石の代わりに位はなるか」
「でも、持ってくの大変やで?」
「そーだな。わざわざ重り持って歩くこたぁねぇか」
「あぅ〜……すみませぇん……」
「あーあー、マルチちゃん泣かないで」
「そうだぞ貴明!女の子でしかもメイドロボを泣かすとは何事か!」
「泣かしたのお前だろ……」
「この道具、どれ持ってったらいいかねぇ」
「露骨に逸らすのな」
「とにかく、包丁とカッター、木刀は要るんやない?」
「そやね。後は鏡と時計、救急セットはどやろ?」
そして遊んでる間に双子の姉妹が真面目に話を進めていく。
……ごめんなさい。


「こうして見るとさぁ……」
「何?」
「……キッチンって、実は結構凶器が満載なんだなぁ、とか」
そうなのだ。
今回探して見つけたもの半数以上がキッチンからの道具だった。
「そーいやそうだな。キッチンは戦場だって強ち比喩じゃないかもな」
雄二は笑いながら言う。
「そーよ。女の子は大変なんだから」
「はわー、すごいですー。私、お料理が下手で……」
「あはは、まぁあたしもなんだけど……」
「かさも先とがってるから、武器になるんやない?」
「あとは……そやなぁ〜、沙織ももっとるし、フライパンもたてにならへんかなぁ」
またも遊んでいる俺達を置き去りにして進めて行く愛する姉妹達。
……本当、ごめんなさい。
「……えっと、持って行くのはさっき珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんが言ってたので良いと思う。どう分けるか考えよう」
「全然考えとらんかったやん」
「……はい。返す言葉も在りません」


「えーとな、フライパンは瑠璃ちゃんと貴明がええと思うねん」
「木刀も貴明でいんじゃね?俺こんなんつけながら木刀で戦えるとは思えねーし」
「じゃあ、あたしと雄くんが包丁かな?瑠璃ちゃん拳銃あるから」
「さんちゃんなんもないよ?だいじょぶなん……?」
「んーと、じゃあウチはこれもらう」
珊瑚ちゃんは救急セットを取る。
「マルチちゃんも何もないよね?」
「あ、はい。ないです」
「じゃあ……大鍋って盾にならないかな?」
「料理も作れるで」
「後はカッターかな。それでいい?」
「はい!」
「後は……ナイフとフォークも一人一本位在るんじゃね?」
「それと、時計と鏡」
「ああそっか。時計三つもいるか?」
「音鳴るし陽動には使えるだろ。どうする?珊瑚ちゃん」
「んーと……ウチと、貴明と、沙織……でええんとちゃう?」
「鏡は?」
「ちっこいのだけでええやろ。さんちゃんと……雄二?」
「これで全部かな」
「割とあっさり決まったね」
新城さんが伸びをする。


そして俺は瑠璃ちゃんに目配せ。
瑠璃ちゃんはかすかに頷いて、
「決めるもん決めたし、ちょっと早いけど夕食にしよ。せっかく食べもんあるんやし」
「そうだね」
「マルチ、手伝ってくれる?」
「はい、いいですよ〜」
マルチちゃんは何の疑いもなく立ち上がって、瑠璃ちゃんについていく。
……ごめん。マルチちゃん。
そして、珊瑚ちゃんたちに向き直って話す。
「おなかすいたねー」
【じゃ、この家探して気付いたこと、これからどうするか、その他口に出せないこと上げていこう】
「瑠璃ちゃん料理上手なの?すごいねー」
【さっき珊瑚ちゃん何か書きかけてたよね?あれは何?】
「瑠璃ちゃんの料理、うまうまやからきっとみんな気に入るよー」
【うん、貴明の工具セット。あれでなんとかなるかもしれへんよ】
「! そりゃ楽しみだ。瑠璃ちゃんの料理、さぞかし旨いんだろうな」
【どういうことだ? あれに何か隠れてたのか? 探した時には見つからなかったが】
「うまいよー。瑠璃ちゃん、いっつもウチに作ってくれてるんやでー。すごいやろー」
【ちゃうよ。あれで、この首輪外せると思う】
「「「!!!」」」
珊瑚ちゃんは唇に指を当てる。
何とか声を抑えて、押し黙る。
……難しい。


って、あれ?
何話してたっけ?
うぉあ……やばい……
「凄いな。あの年でいつも作ってんのか。学校も在るだろうに」
【外せる?凄いじゃねえか。じゃあ、マルチちゃんと瑠璃ちゃん呼んでさっさと外そうぜ】
……ナイス。雄二。
「瑠璃ちゃん、早起きしてつくってくれるねん」
【ううん。まだ、あかんよ】
「あたしにはとても真似できないわ」
【何で?何か問題でも在るの?】
ガチャ
「はわっ」
「えへへ〜」
【うん。いくつかな】
「瑠璃ちゃん、何作ってくれるんだろ。まぁなんでも美味しいだろうけどね」
【一つは分かった。せっかくこうやって気付いたことを隠してるのに、いきなり外敵の無いところで首輪の反応が消えたら意味が無くなる】
「フライパン、あたしの渡せばよかったかな」
【あー、なるほど。貴くん頭いいねー】
ガシャン
「はわわっ」
「いや、別にフライパンは良いだろ。」
【すると、他にどんな問題が?】
「瑠璃ちゃんやったら、どっちでもおいしいの作れるよ」
【うん、あのな】


ガラガラガシャーングワングワングワングワン
「あーもうええかげんにしー! キッチンが壊れるわ!」
「はわっ!ごっごめんなさいですぅ〜〜〜〜!!」
「……」
言葉も、無い。
瑠璃ちゃんにはもう少しがんばってもらおう。
そうこうしてる間に珊瑚ちゃんが書き上げていた。
【ウチの首輪が外せない。鏡見ながらやったら出来んことないかもしれんけど、すごく、あぶない】
「マルチちゃん、そういえば料理が下手って言ってたような」
【そうか。自分の首は難しいか】
「言ってたな」
【なるほどな。確かに先に誰かだけ外すってこともできねぇし。でも、どうする?】
「言ってたね」
【瑠璃ちゃんはそういうことできないの?】
「まぁ、瑠璃ちゃんが作ってくれるし。大丈夫……でしょ」
【無理。少なくとも俺達位には。珊瑚ちゃんが凄過ぎるんだよ】
「期待して待つしかない、か」
【最初、何とかなるかもしれない、って言ってたよな。何か策があるのか?】
「瑠璃ちゃんやもん。大丈夫やよ」
【うん。いっちゃんがいれば。いっちゃんやったら外し方教えれば出来ると思うねん】


「その辺りマルチちゃん誰も信用してないのね……」
【いっちゃんってだれ?】
「いや……はは……」
【9番のイルファさんの事。珊瑚ちゃんが作ったアンドロイド】
「!!」
【珊瑚ちゃんが!?】
危うく喋る所だったようだ。
そうだよなぁ普通驚くよなぁ俺も最初驚いたし。
おーおー雄二開いた口塞がってねぇ。
「珊瑚ちゃん、これからどうしようか?」
【イルファさんを探す、で問題ない?】
「やっぱり、みんなの好きな人を探したらええと思うねん」
【うん。いっちゃんなら、多分だいじょぶやと思うねん。それに、会いたい】
そこで珊瑚ちゃんはちょっと悲しそうな顔をする。
「レーダー在るし、人は探しやすいと思うから……」
【でも、貴明たちにも会いたい人おるやろ?みんな、探せれば】
「そうだね。それが良いかな」
【そうだね。手間は変わらない】


未だ呆けている雄二たちの方を見て、問う。
「それで良いか?」
「うん。あたしは」
「ああ……いいぜ」
「分かった。じゃあ、珊瑚ちゃん。そうしようか」
「うん」
珊瑚ちゃんは、心なしか陰った笑顔で答えた。
ふと、雄二の方を見てみると何かを紙に書いていた。
【珊瑚ちゃん、頼む!この島を出たら俺にメイドロボを作ってくれ!】
「……」
返す言葉も見つからない。
俺はその上から二つの文字を置いた。
【却下】




「瑠璃ちゃん、ごはんできた?」
四人で台所の方に向かった。
そこにはぐったりとした瑠璃ちゃんが。
「さんちゃん……うち、やったで……」
「瑠璃ちゃん?瑠璃ちゃん!?瑠璃ちゃーん!!」
「瑠璃ちゃん!?大丈夫!?瑠璃ちゃーん!!」
その疲れ切った顔には安らかな微笑が浮かんで……
ああ、瑠璃ちゃんが……
「そこ、馬鹿やってねぇで出来たんなら食おうぜ」
「やかまし」
しかし瑠璃ちゃんが疲れ切っているのも事実。
早く食べるのも選択肢としては悪くないだろう。
因みに、瑠璃ちゃんが疲れる原因となった少女は新城さんに慰められていた。
「マルチちゃんは食べられるの?」
「ぐすっ……いえ、むりでずぅ〜〜……」
「じゃあマルチちゃんはどうするの?」
「じゃあ……みなさんにお料理をお配りします〜」
「おおおおおおーーーーー!!!!!メイドロボの本領発揮ぃーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「お前、こんな時にまで」
「雄くん……やっぱり……」
「らぶらぶや〜」
「このヘンターイっ!!」
「ぐはっ!!」


エキサイトした雄二の両足の間に瑠璃ちゃんの鋭い蹴りが炸裂する。
男としては……見るに耐えない。
そして後には、己の欲望に忠実足り得た漢の屍が残る。
「南無」
「死んでねぇ……」
「おお。無事か」
「……そう見えんなら……眼鏡掛けろ……」




そんなこんなで夕餉の時間。
瑠璃ちゃん謹製のサラダに麻婆豆腐、焼き魚。
組み合わせはともかく、持ち難いもの、日持ちしないものばかり選んだ辺りも流石だ。
テーブルの真ん中に煎餅の様なおこげの様な形容し難い物体が鎮座している。
よく見ると細い麺のようなもので構成されているようであった。
……食べ物……オブジェ……どっちだろう。
ともかく、瑠璃ちゃんの美味しい料理が冷めない内に頂こう。
「いただきます」
と、みんなで言おうとした時に、それは始まった。

「――みなさん聞こえているでしょうか」

何事かと思いながら聞こえてくる声に耳を傾ける。

「これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です」

場が、凍る。
誰も何も言えない。
引き延ばされた時間の中。
自分の思考が今の声を理解することを拒む。
聞こえた。
憶えた。
憶えてる。
でも、分からない。
理解が、出来ない。



「――それでは発表します」

続く放送が聞こえてきた。
その瞬間、引き延ばされた時間が戻りさっきの言葉が飲み込めた。
「ちょ……これ……」
「貴明」
珊瑚ちゃんが悲しそうな顔で俺を見つめている。
人差し指を唇に当て、ゆっくり、首を振る。
……頷き返す。
分かった。
『これ』は、聞かないといけないものだ。

「002 藍原瑞穂

007 伊吹公子

013 岡崎直幸

015 緒方理奈」



これは番号順なのだろうか。
イルファさんはもう大丈夫なのだろうか。
タマ姉とこのみは大丈夫なのだろうか。
ああ駄目だちゃんと聞けちゃんと聞かないといけないものだ。

「018 柏木楓

033 草壁優季」

ガタン!
……番号順に読み上げているのかそれならもうイルファさんは大丈夫なのか
タマ姉の番号はもうすぐだタマ姉は大丈夫なのかタマ姉ならきっと大丈夫だよな
ああでもこのみはどうなんだろう上手くタマ姉や春夏さんに合流出来ているんだろうか
……あれ?
みんなどうしたんだ?俺の方なんか見て。
何でそんなびっくりした顔してるんだ?
放送聞き逃しちゃうぞ?
これはちゃんと聞かなくちゃいけないのに。
「貴……明……?」
「どうしたの?瑠璃ちゃん」



「068 月宮あゆ

092 伏見ゆかり」

放送は続く。
タマ姉は大丈夫だ。
良かった。
「いや……どうしたって、お前が……」
「俺?」
俺がどうした?
俺がどうかしたのか?
「貴くん……泣いてる……」
「え?」
頬に手を当てる。
なんだ?これは
濡れてる
泣いてるって言ってたよな
ああ、じゃあこれは涙か
何で泣いてるんだ?
あれ?それに俺立ってる
いつの間に?
ああ、麻婆豆腐がちょっとこぼれてる。
勿体無い。せっかく瑠璃ちゃんが作ってくれたのに。



「――以上です」

あ、放送が終わった。
まずい。途中から聞き逃してた。
どうしよう。
「貴明……草壁優季、って娘、知ってるのか?」
「? 知らないけど。どうして?」
「だってお前……」
雄二は続きを言いよどむ。
なんだってんだろう。
「貴明……じゃあ、なんで泣いてるん?」
分からない。
何で俺は泣いてるんだろう。
クサカベユウキ。
聞き覚えはない、はず。
一回や二回位は聞いたことも在るかも知れないけど、そんなの他人と変わらない。
俺は何処で泣いたんだ?
草壁優季という名前が出たときなのか?
何で知らないはずの名前で泣いているんだ?
最初から泣いていたわけじゃないんだろう?
本当に知らないのか?
忘れているだけじゃないのか?
忘れてしまうような相手に俺は泣いているのか?
でも、何で胸が痛いんだろう
あああ分からないわからない分からないワカラナイ



あっ

「貴明……」
俺は、いつの間にか珊瑚ちゃんの腕の中にいた。
「貴明……思い出せへんの?」
俺は黙って珊瑚ちゃんの胸の中で首肯する。
「つらいん……?」
「うん……」
多分、今も未だ涙は流れているのだろう。
何だ?
何を忘れているんだ俺は?
「ムリ、せんでええよ」
「う……あ……」
嗚咽がこぼれる。
駄目だ……
分からない……


「瑠璃ちゃん」
「あ……な、なに?」
「瑠璃ちゃんも……」
珊瑚ちゃんが瑠璃ちゃんを手招く。
「……うん」
きゅっ
瑠璃ちゃんも抱いてくれる。
「貴明……」
「う……」
「なんや分からんけど、貴明がつらいのはウチらもつらいから……」
瑠璃ちゃんの声が優しく響く。
「今は、泣いてええよ」
その言葉を聴いた瞬間、俺は泣いた。
今度は、涙を流しているのが自分でも分かった。
声を殺して、双子の姉妹に抱きついて、ひたすら泣いた。
草壁優季が誰なのか、どうして俺が泣いたのか、それは分からなかったけど。
この二人がここにいて、俺を想ってくれるのは確かなことだった。





「……落ち着いた?」
「うん……ごめん」
散々泣いて、一応の平静は取り戻した。
未だ目は赤いだろうし胸の奥は少し痛いけど、多分大丈夫だ。
草壁優季が誰かは思い出せていないけど……
「役得だな。このもて男が」
雄二が茶化す。
こればっかりは返す言葉も無い。
瑠璃ちゃんも俺の隣で赤くなっている。
「うん。だって、ウチも瑠璃ちゃんも貴明のことすきすきすきーやもん」
「……」
雄二も二の句が次げなくなっている。
「と、取り敢えず!この先どうするかもう一回話し合おう?ね!」
新城さんが拾ってくれた。
助かった。
「そうだな。状況が変わった」
雄二は新城さんに目配せした。
新城さんが頷く。
「マルチちゃん。ちょっと、さっき家の中を探した時に散らかしちゃったところ掃除しよう?」
「はい。お手伝いします〜」
……本当ごめん。マルチちゃん。


マルチちゃんが行ったのを確認してから、さっき使っていた紙を瑠璃ちゃんに渡す。
驚いて喋らない様に唇に指を当てながら。
「!!」
やっぱり驚いた。
声は漏れなかったんだ。上等だろう。
でも一番最後のところで少し呆れて雄二の方をじと目で見ていた。
「俺は、草壁さんを知っている人を探したい。……凄く不確定であることは分かっているけど」
「そうだな。不確定だ。いるのかどうかも分からんしな。それでもか?」
「いや、ついでで良いよ。誰かに話を聞ける時に一緒に聞くくらいで」
心のもやを払うために皆を危険に合わせるなんてとても出来ない。
そうだ。大事なものは、ここに、ある。
気付けば、瑠璃ちゃんが紙に何か書いていた。
【気づいたことなら、ひとつある。この家、新しい】
「そういえば、さっきの放送途中から聞き逃しちゃったんだ。教えてくれない?」
【新しい? どういうこと?】
「あ……ウチも、途中から……」
【キッチン見てて気づいたんやけど、流しもどうぐも食器まで新品やった】
「安心しろ……っつってもいいのかわかんねぇけど、姉貴とこのみは無事だった」
【それってどういうことだ?家が新しいと何かあんのか?】
「草壁優季の後はな、椎名繭、醍醐、月宮あゆ、伏見ゆかり、古河秋生、松原葵、森川由綺って名前があった」
【ちょっと待って。もしかしたら、このために建てられた物かもしれへん、ってこと?】


「……俺の知ってる名前は無い。無い、はずだ」
頬に手をやる。
未だちょっと泣いた後は熱いけど、新しい涙は流れていなかった。
「ウチも知ってる名前は無い」
【そこまでかんがえてなかったけど、なんやおかしいな、って】
「そうか。……良かった、な」
【じゃあ、この島はあのクソウサギ達がこれだけの為に用意したもんだってのか?】
「それでも、それだけの人が死んでるんやね……」
【かもしれへん。ウチら、ここに来るまで森の中きたんやけど、一匹も動物見んかった】
雄二も珊瑚ちゃんも沈鬱な顔。
こんな話、カモフラージュのためなんかにしたくない。
していい、もんじゃない。
「ねぇ、それよりさ。せっかく瑠璃ちゃんが作ってくれたんだから食べよう?」
努めて明るい声で言ってみた。
どれほど効果が在ったかは分からないけど。
【で、これからけっきょくどうするん?】
【皆の探し人探しでいいんじゃないか? 後は草壁優季の情報収集。レーダー頼りにしてなるべく知らない人とは会わないようにして行こう】
【悪いな。俺のは本当についででいいから】
【後は、この首輪を外した後にこの島を出る方法を考えな】
食事している時は黙っていても不自然ではないので会話が進む。
……これも会話と言うのだろうか。


【あの兎の言っていた生き残った人を帰すって、本当だと思う?】
「「あっ!!」」
珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんが同時に声を上げてしまう。
「仕方ねぇなぁ。慌てて食うからだぜ」
「あ……珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん、大丈夫? 火傷しなかった?」
「うん……だいじょぶ。瑠璃ちゃんは?」
珊瑚ちゃんはすぐに気づいて相槌を打ってくれる。
「う、うん。だいじょぶ」
雄二、ナイス。
【正直、考えてへんかった】
【ウチも。あんな、今はちがうよ?ちがうけど、ほんとは、さいしょは】
【ストップ。その先は、言わなくていいよ。この島は、狂ってる。呑まれちゃう事もあるよ。大切な人がいるほど】
「貴明……」
「ん?」
「あんがと」
「いや……」
【俺もそれは考えてた。日本は法治国家だ。こんなことがばれたら何がやってるにせよ唯で済むとは思えない】
【そうだな。こんな大規模で悪趣味な犯罪やらかす奴だ。最後に残った一人を帰すか残すか。考えたくないけど】
【ここまでやる奴が最後の一人を殺すのに躊躇するとは思えねぇ。反吐が出るが、多分、な】
【だから主催者がここに何か俺達が帰る手段を用意しているとも思えない。あるとしたら】
【奴らの帰る手段だろうな。ここが何処かわかんねぇ以上泳いだり筏組んだりで帰れるとは思えねぇ】
【でも、こんな凄い武器ウチらにくれる人たちやで。多分、それ以上に準備してる】
【襲撃は無理、か】


黙って食べながら解決策を考える。
しかしそう簡単に浮かぶわけも無く。
手元の麻婆豆腐が空になりそうな所で瑠璃ちゃんが何か思い出したように顔を上げた。
【そういえば、あのウサギ、人間とは思えへん人がいる、って言ってへんかった?】
暫し、呆然。
【いっとった。ある程度制限されている、って】
【でもよ。それって本当なのか?能力が制限されるってんな制限されるような能力があるってのか?漫画かよ】
【でも、もし本当でその人達が仲間になってくれて、その制限が解けたら、強力な仲間にならないか?】
【嘘だったらそん時また考えりゃいい、か】
【じゃあ、決まりか?珊瑚ちゃん、それでいい?】
【ええと思う。じゃあ、
 1.いっちゃんたちを探す
 2.帰る方法を探す
 3.(ウサギの言っとったことが本当だったら)すごい人を探して仲間になってもらう
 4.(これも本当だったら)その制限を解く
 この四つ?】
【ただし、三番は本当に信頼できると思った人じゃ無いとまずいと思う】
【そやね。すごい人がさつじんきやったらたいへんや】
【後、あんまりこれ知らない人に見せねぇ方がいいと思う。万一参加者に気付かれている事を気付かれたら最悪ドカンだ】
【それと、もう今日は遅いから、ここに泊まった方がええと思う】
【そうだな。交代でレーダー見ながら見張りを立てたほうがいいだろう】
【それでいいね。じゃあ、新城さんを呼ぼう。新城さんだけ食べてない】


「新城ー!お前も片付けその辺にして飯食っちまえよー!」
「分かったー!」
声が返ってきて暫し、新城さんがやって来た。
マルチちゃんも連れて。
「すごいんだよー。マルチちゃん掃除はちゃんとできるの」
「はいー。おそうじは浩之さんに教えてもらいましたー」
「掃除は終わったのか?」
「ううん。あと少し」
「じゃあ俺がやるよ。マルチ、悪いけどもう少し手伝ってくれねぇか?」
「はい、もちろんです〜」
「雄くん、マルチちゃん襲っちゃ駄目だよ〜?」
「襲うかっ!」
「私、襲われるんですか?」
「襲うかっ!」
「はわっ!」
「うおわっ!悪い!」
新城さんはお腹を抱えて笑いを堪えていた。
……酷いなぁ。


雄二とマルチちゃんがまた掃除に行ったのを確認して、新城さんに紙を渡した。
「……!」
今度はちゃんと声を堪えていた。
【意見は?】
【ない。これでいいと思う】
【それじゃ、決定で】
取り敢えず、紙は珊瑚ちゃんに渡した。
すると、瑠璃ちゃんが珊瑚ちゃんから紙を取って、何かちょっと書き加えた。
すぐに珊瑚ちゃんにその紙を返して、瑠璃ちゃんは赤くなった。
珊瑚ちゃんはちょっとそれを見て、笑顔になって瑠璃ちゃんに頷いた。
それは、一瞬しか見えなかったけど、見間違いじゃなかったらこう書いてあった。
【さんちゃん、あとでふりがなかいて】
そんな瑠璃ちゃんが凄く可愛いと思った。




姫百合珊瑚
【持ち物:レーダー、工具セット、救急セット、目覚まし時計、鏡】
【状態:冷静、僅かな擦過傷、切り傷(手当て済み)】
姫百合瑠璃
【持ち物:シグ・サウエルP232(残弾8)、フライパン】
【状態:やや冷静、擦過傷、切り傷(手当て済み)】
河野貴明
【持ち物:モップ型ライフル、木刀、フライパン、目覚まし時計】
【状態:やや冷静、右腿に打撲】
向坂雄二
【持ち物:ガントレット、包丁、鏡】
【状態:冷静、股間に打撲】
新城沙織
【持ち物:フライパン(カーボノイド入り)、包丁、目覚まし時計】
【状態:やや冷静、健康】
マルチ
【持ち物:大鍋、カッターナイフ】
【状態:健康、掃除が出来て御満悦】
共通
【持ち物:デイパック、水、食料の補給、金属製のナイフ、フォーク】
【時間:一日目午後八時頃】
【場所:I-07の民家】
【状態:イルファたちを探す、帰る方法を探す】
-


BACK