間隙




「これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です」

その声は突然響き渡った。
死を告げる声が、とつとつと続く。

岡崎直幸という名が呼ばれる。
その姓に古河早苗は眉をひそめた。
岡崎朋也の関係者でなければいいと、そっと祈る。
伏見ゆかりというのは、那須宗一が捜しているという人物ではなかったか。

放送が終わる。
早苗は渚の眠る部屋の扉をそっと開けると、ベッドの傍らに歩み寄り、
愛娘の寝顔を確認して胸を撫で下ろす。
渚が目を覚まさなかったのは幸いだった。
自分ですら胸の悪くなるこの放送を、優しく弱い娘に聞かせたくはない。
そんなことを考えていた早苗の背に、弱い声がかけられた。

「早苗さん……」

いつから起きていたのだろうか、霧島佳乃が不安そうな顔をして立っていた。

「今のって……」
「……ええ。この島で亡くなった方々のお名前です」
「お、お姉ちゃんと往人くんは呼ばれなかったよね? 大丈夫だよね!?」
「はい、わたしもちゃんと聞いていましたけど、お二人の名前は
 出ていませんでしたから、安心してください」
「そ、そうだよね……うん、そうだよね……ありがとう、早苗さん……」

動悸を沈めようとするかのようにシャツの胸元を握り締める佳乃。

「お母さん……? 何かあったの……?」
「渚……」

眠たげに目を擦りながら、古川渚が身を起こしていた。

「……何でも、ありません。ちょっとうるさくしていたから、
 起こしてしまったかしらね。ごめんなさい、渚」
「そ、そうだよ、なんでもないんだよ、ごめんね渚ちゃん」

早苗の気遣いを察したか、佳乃も調子を合わせる。
そんな二人を不思議そうに見やる渚の後ろから、鹿沼葉子が姿を見せた。

「……? 外で何かあったんですか、葉子さん」

怪訝な顔で問いかける早苗の言葉を無視して、葉子が口を開く。

「いつまで寝ている気ですか、郁未さん」
「……やれやれ、もう少しサボっていたかったんだけどね」

葉子の声に、これまで目を閉じていた郁未が苦笑する。

「あら……皆さん、起きてしまったんですね。
 まだ宗一さんは戻っていませんけど、ご飯はどうしましょうか……?」

そんな早苗の言葉など聞こえていないかのように、郁未はひとつ大きく
伸びをして立ち上がると、傍らに立てかけてあった薙刀を手に取る。

「どうしたんですか郁未さん、いま外に出るのは危険です。
 宗一さんを待つというお話でしたよね……?
 もしかして、今の放送でどなたかお知り合いの方が……」

またしても無視。
二度、三度と薙刀の握りを確かめるようにしながら、葉子と目配せを交わす郁未。

「―――じゃ、そろそろ始めましょうか」
「ええ。今の放送を聞いてNASTY BOYが帰ってこないとも限りません。
 早めに片付けましょう」
「郁未さん、葉子さん……?」

さすがに何かがおかしいと感じたか、早苗がそっと渚の手を引いた。
状況が見えない佳乃が、不穏な空気を感じてベッドから立ち上がり、
部屋の中央に佇む。
扉の側に陣取った郁未と葉子、ベッドを挟んで窓側に立つ早苗と渚に
挟まれるような形で、それぞれを忙しく見回す。

「え? え? どうしたのみんな、郁未さんはどっか出かけるの?
 宗一くんはどうするの、ご飯だってまだ食べて、」

佳乃の言葉は、郁未の持つ薙刀の一閃によって断ち切られていた。

「―――!」

ぱくぱくと口を開く佳乃。
声の代わりに、袈裟懸けに斬られた胸からこぽこぽと血の泡が立つ。

「うん、腕の調子も悪くない。
 ありがとう早苗さん、的確な治療だったわ」

血飛沫を上げてゆっくりと崩れ落ちる佳乃の向こう側で、

「佳乃さん……っ! 郁未さん、あなた……!」

人を殺すモノが、静かに早苗たちを見詰めていた。

ようやく事態を把握したのか、早苗にしがみつく渚の瞳が、
これ以上は無いほどに見開かれていく。

「いや……いや、いや、いや―――!」
「うるさいわね。心配しなくたってすぐに追いかけさせてあげるわよ」

絶叫に、郁未が眉をひそめて声を上げた。
扉を固めるように鉈を下げて立つ葉子が、そんな郁未を横目で見る。

「……郁未さん。悪人気取るのは構わないんですが、あまり周辺の
 注目を集めるのは得策ではないと思います」
「そうね。……ま、それじゃさっさと終わらせましょうか。
 ホントはもう少しあなたで遊んでみたかったんだけどね、渚さん」

そう言いながら、ゆっくりと歩を進める郁未。
優雅とも見える動きで薙刀を構えると、転瞬、一気に間を詰めるべく
駆け出す。

「さようなら……幸せなお二人さん」

渚を庇うように抱きかかえる早苗が目を閉じる暇もあったかどうか、
その背に刃が振り下ろされんとした、その瞬間。

「―――!?」

つんのめった郁未の足を掴んでいたのは、霧島佳乃の手だった。
血と汚物に塗れたその手が、早苗と渚の命を文字通り首の皮一枚で
繋いでいた。

それは、母としての本能だったのかもしれない。
少なくともその瞬間、古河早苗に迷いはなかった。
瀕死の霧島佳乃を殺人鬼の元へ置き去りにすることも、その足を止める
要因にはならなかった。

早苗は渚を抱いたまま、目の前の窓ガラスへ頭から飛び込んでいた。
幾つも走る鋭い痛みも、流れ出して眼に入る血も、早苗は気に留めなかった。
肩から地面に落ちた衝撃も耐えた。
背後で霧島佳乃が断末魔の悲鳴を上げるのも無視した。
あらゆる感情と感覚を噛み殺して早苗は立ち上がり、渚の手を引いて走り出す。
娘を守る。
ただその一念だけが、早苗を突き動かしていた。

殺意の追走が、背後から迫る。




 古河早苗
 【所持品:なし】
 【状態:頭部・顔面に裂傷多数】

 古河渚
 【所持品:なし】
 【状態:異常なし】

 霧島佳乃
 【状態:死亡】

 天沢郁未
 【所持品:薙刀、支給品一式(水半分)】
 【状態:右腕負傷(軽症・手当て済み)。】

 鹿沼葉子
 【所持品:鉈・支給品一式】
 【状態:異常なし】


 【時間:午後6時過ぎ】
 【場所:沖木島診療所(I−07)】
 【早苗・渚・佳乃の武器と支給品一式、宗一の水と食料は診療所内】
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