突きつけられた選択(B−4)




――さすがにそう都合よくは行かないようですね……。
鹿沼葉子が現時点で一番の敵になるだろうと考える人間、高槻を含めFARGOのメンバーの名前が呼ばれることは無かった。
そして先ほど郁未に手傷を負わせた芳野祐介、彼の名前もまた呼ばれることは無かった。
潰しあってくれればそれだけ後になれば楽なのだが、そうそう思い通りには行かないようだ。
ここにいても事態は変わらない以上、ここに長居をする意味はないだろう。

「――誰か亡くなられたんですか?」
無言のまま難しい顔をして唸っていた葉子のことが気になったのか、古河早苗がおずおずと声をかけた。
だが尋ねる声にも力はこもっておらず、その顔も蒼白だった。
「いえ、私達の知り合いはとくには……でも早苗さんのほうは」
「渚の……恩師だったんですよ」
早苗はポツリポツリと語り始める。
「学校をお辞めになっても、ちょくちょくうちにパンを買いに来てくださいまして……あ、私達パン屋を営業しているんです……。
 結構繁盛しているんですよ、私のパンは人気が無いようなんですけれどね……あはは」
笑う声にも覇気が感じられない。
「渚も先生のことが大好きで、卒業して挨拶に行くのが夢だって……なのに……」
「……胸中お察しいたします」
郁未が聞いたら、なにを甘えたことを言ってるんだと暴れだしそうな話だなと思いながらただただ黙って聞く。
「渚、今の放送を聞いて無いと良いんですが……」
「そうですね……」
葉子には理解できない甘い考えだった。
現実を知らずにすごすことの何が幸せだろうか。
ただ流されて過ごすだけの人生、昔の私。郁未と出会う前の私。それを幸せだと言うのか?
自分の郁未への敬愛の念を侮辱された気がして、殺意が沸いた。

――殺してしまいたい。
だがそれは郁未の手前することが出来ない、とも考える。
彼女は自身の手でこの女性を殺したがっている。
理由はわからなかったが、あからさまな態度がそれを物語っていた。
私は郁未さんのサポート、それ以外で彼女の行動を邪魔をすることは多分彼女はきっと許してくれない。
「ちょっと郁未さんの様子を見てきてもよろしいでしょうか?」
早苗と二人きりでいることが耐えられなかった。
湧き上がる感情をかみ殺し、平静を装いながら早苗にそう言うのが精一杯だった。
「私も渚の様子が気になりますので、中に入りましょうか」
「見張りは大丈夫でしょうか?」
「鍵をかけておけばいきなり入られるということは無いと思いますよ」
一緒にいたくないから出た言葉だというのに、これなら一人でも見張りをしていたほうがいいではないか、と葉子は考えたが
郁未の様子も気になるところだったため、首を縦に振った。

扉を開けようとドアに向き直ると、待ち構えていたかのように扉が自動的に開かれる。
「あら、今呼びに行こうとしていたところ。早苗さん、渚さんが起きたわよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
郁未の言葉に早苗がパタパタと奥の部屋へと駆けていった。
「郁未さん、傷のほうは大丈夫です?」
「ええ、おかげさまで、迷惑かけたわね」
「とんでもないです」
「それよりも放送聞いたわよね?あなたはどう考える?」
「今すぐにでもここを出たほうが良いと」
「よね」
考えることは同じだったようだと葉子は安堵する。
「中にいる二人はどうしますか?」
葉子には一つの考えがあった。
全員殺すつもりの郁未に尋ねるのもおかしな話ではあったが、進言できることはしておかないと自分のいる意味も無い。
「勿論、殺していくわよ」
予想通りの答え、葉子の顔に笑みがこぼれた。

「なんで笑ってるのよ」
「いえ、愚問だったな……と思いまして」
「聞くまでも無いでしょそんなこと」
返しながら郁未も笑う。
一転、葉子がその笑いをぴたりと止めると、真剣な顔で郁未に向かって語りかける。
「ですが、全員殺すのは私はお勧めできません」
「なぜ?」
「もし新手が現れた場合、私達が犯人だと早々に知られてしまうのはまずいでしょう。
 一人、犯人役を仕立てる必要があります」
葉子の言葉に黙って耳を傾ける郁未。
普段の郁未なら鼻で笑っていた事だったろう。
だが不可視の力の使えない今、先ほど芳野祐介から負わされた怪我という事実もまた覆せないものだった。
「そうね、確かにそのとおりかも」
そして郁未は少しだけ考え、葉子に尋ねた。
「生き残すのは一人でかまわないわよね?」
「ええ、それで構わないと」
「その一人は私が決めてもいいかしら?」
「どうぞ、おまかせします」
二人はうなずきそれぞれの武器を握りなおすと、奥の部屋へとゆっくり歩き出した。


「――早苗さん、ありがとう、お世話になりました」
入るなり、静かに郁未は早苗にそう告げた。
中には今起きたばかりでまだ少し寝ぼけ眼の渚とその横に座る早苗の姿があった。
郁未の言葉に早苗は立ち上がりながら言う。

「もう行かれるんですか?」
「いいえ、逝くのはあなたです」
続けて言う葉子の言葉の意味がわからなかった。
そしてその意味を理解する暇も無く、郁未の持つ薙刀が早苗の身体を刺し貫いていた。
赤く飛び散る鮮血が部屋を包み、隣に座るの渚の顔をも汚していた。
「え……?」
目の前で起こったその事実を、渚の頭は理解することが出来なかった。
母親の身体から生えているモノ。
自身の身体に降りかけられたモノ。
冷たい目で母親を見つめている二人組を、ただ異質なものとして認識するのが精一杯だった。

ゴトリと早苗がその場に倒れこんだ。
郁未が無表情のまま早苗の身体から薙刀を引き抜く。
同時に、せき止められていた血が遠慮なくと言わんばかりに床を赤く染め上げた。
「お母さんっ!」
夢から覚めたように渚の頭がクリアになった。
必死に駆け寄り血にまみれたその身体を抱き寄せるが、すでに早苗は事切れていた。
だが認めたくない現実を避けるように、渚は呼び続ける。
その姿に郁未の苛立ちは募っていた。

「葉子さん、鉈貸してもらえる?」
郁未の不機嫌な様子に多少の不安を覚えるも、殺すのに機嫌の良し悪しなどたいした問題では無いだろうと葉子は黙って鉈を手渡した。
受け取った鉈を郁未は、大きく振りかぶりそして振り下ろした。
鉈は一直線に渚にの身体に向か……いはしなかった。
グサッと、地面に向かって突き刺さる。
それは渚のほんの数cm横。
「……あなたに一つの選択肢を与えるわ」
渚の顔を睨みつけ、冷たく言い放つ。
「悔しければ、仇を討ちたければ、生きたければ、……理由はなんでも良いわ。
 それを手に取りなさい。そうしたら生かしてあげる。
 取らないならば、あなたもすぐ大好きな人のいるところへ送ってあげる」




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 【時間:午後6時過ぎ】
 【場所:沖木島診療所(I−07)】

古河早苗
 【死亡】

古河 渚
 【所持品:支給品一式(支給武器は未だ不明)】
 【状態:混乱中】 
天沢郁未
 【所持品:薙刀、支給品一式(水半分)】
 【状態:右腕軽症(手当て済み、ほぼ影響なし)。ゲームに乗っている。】
鹿沼葉子
 【所持品:鉈・支給品一式】
 【状態:特に異常なし。ゲームに乗っている。】

備考
 【早苗の支給武器のハリセン、及び全員の支給品が入ったデイバックは部屋の隅にまとめられています】
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