月島瑠璃子は微笑んでいる。




「うそ……嘘、でしょ……?」

新城沙織は己の耳を疑っていた。
信じたくなかった。

「みずぴー……みずぴーが……」

定時放送で藍原瑞穂の死が伝えられた。
この島に来てから、死は身近にあると判っているつもりでいた。
人を殺すための武器も与えられていた。
それでも心のどこかで、死ぬのはどこかの誰かだと思っていた。

何一つ、理解していなかった。
この島では、自分も、自分にとって大切な人間も、死の対象なのだ。
現実が、死に侵されていく。
薄暮の空が夜に染まり往くように。

高校に、通っていた。
友人と、笑っていた。
毎日を、暮らしていた。

そんな日常のすべてが、この島では省みられることなく消えていく。
これまでの自分が、自分と家族と友人とが過ごしてきた日々が、徐々に
現実感を失っていく。
融け落ちる柔らかで優しい思い出の代わりに忍び寄るのは、この島を支配する
鏡写しの倫理。
それは物陰から突き出された銃口であり、見も知らぬ誰かの嘲笑だった。

悪意と殺意とが自分を包み込んでいるように、新城沙織には感じられていた。

そんなものが足元からにじり寄ってくる。
そんなものが背筋を這い上がる。
そんなものが内臓を滅茶苦茶に掻き回す。

だから、新城沙織はただ叫んだ。
何も感じなくて済むように、何も考えなくて済むように。
慟哭で自分を護るように。

「新城、さん……」

河野貴明の声も、沙織には届かない。
心配げに自分を窺う視線も、気遣うようにかけられる声も。
何もかもが悪意に満ちているとでもいうかのように、沙織はしゃがみ込んだまま
ただ激しく首を振る。

「おい、いい加減にしろよ……!」

向坂雄二が苛立った声を上げる。
何を聞いていたのだ、ここでは人が死ぬとわざわざ教えられたばかりではないか、
自分たちは人が集まる場所だと考えてこの村を訪れたのだ、それはつまり、
自分たちを狙う殺意もまたこの場所に集まる可能性があるということだ、
どうして周囲の耳目を集めるような真似をする、動け、歩け、一刻も早く
この場所から移動するべきなのだ―――。
実のところそれは、自分たちが置かれている立場の危うさをまるで理解していなかった
己への憤りの裏返しに他ならない。
それがわかっているから、雄二の心は余計にささくれ立つ。


だが、なおも声を荒げようとした雄二を遮るように一歩を踏み出す影があった。

「大丈夫だよ、新城さん―――」

月島瑠璃子は、しゃがみ込んだ沙織の背を抱くようにしながら声を掛ける。
振りほどこうと暴れる沙織を、瑠璃子はそっと抱きしめる。

「大丈夫。長瀬ちゃんはきっと新城さんを助けに来てくれるよ。
 だから、泣かないで」
「るり……」

沙織の嗄れた喉が、ようやくそれだけの言葉を紡ぐ。
背に触れる瑠璃子の身体は、温かかった。
だから沙織は、すぐ近くで自分を映す瑠璃子の瞳におずおずと問いかける。

「祐くん……きて、くれる……?」
「うん。きっと来てくれる。だから、それまでは―――」

それは、

「私が、護ってあげる」

新城沙織にとっての福音だった。




【18:10】
【場所:I-7】

 河野貴明
 【所持品:Remington M870(残弾数4/4)、予備弾×24、ほか支給品一式】
 【状態:消沈】

 向坂雄二
 【所持品:死神のノート(ただし雄二たちは普通のノートと思いこんでいる)、ほか支給品一式】
 【状態:焦燥】

 新城沙織
 【所持品:フライパン、ほか支給品一式】
 【状態:衰弱】

 マルチ
 【所持品:モップ、ほか支給品一式】
 【状態:消沈】

 月島瑠璃子
 【所持品:ベレッタ トムキャット(残弾数7/7)、ほか支給品一式】
 【状態:健康】
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