一輪の花




ザンザンザンザンザンザンザンザンザンッ!!! ズザザザーッ!!!

仁科りえと姫川琴音の亡骸を弔う倉田佐祐理を、休憩がてら眺めていた時だった。
それは、常人とは思えぬ速さで俺たちの元に駆け抜けてきた。

「はぁ…はぁ…やっと見つけたよ…力が制限されてるとは言っても、
 極限まで集中すれば、同じエルクゥ同士の気配ならある程度探れるさ」

息を切らしながら、それ−駆け抜けてきた少女−は怒気を顕にする。
こいつにも見覚えがある。確か柏木の次女だったはずだ。
気配が探れるなんて話は聞いた事がない。その息切れようを見るに、
おそらくは相当探し回ったのだろう。

「何の用だ?柏木の娘。俺には何もないぞ」
「とぼけるなっ!! 楓を…っ、よくも楓をっ!!!」

どうやらこいつは、俺がカエデを殺したと思ってるらしい。
以前の確執から、そう思われても仕方が無い事だが、今回は完全にお門違いだ。
そもそも、これからこのゲームを破壊するという仕事を成さなければならないのに、
こいつに関わってる暇もない。

「人違いだ。あれは俺じゃない。名前は忘れたがよくテレビに出てる娘だった」
「はんっ! 嘘は寝てから言いなよ!! アンタが殺った以外に考えられないね」

…ちっ。やはり説得も無理か…。めんどくさいが、死なない程度に痛めつけておくか…。
すでに柏木の次女−アズサと言ったか−は狩猟者特有のオーラを放ちながら、
いつでもこちらに飛び掛ってくる体勢に入っている。
めんどくさそうに、溜息1つ吐くと、こちらも身構える事にする。



「待ってくださいっ。これは何かの勘違いでは…?」
彼女らの弔いが終わったのか、戻って間もなく状況を把握しきれていない倉田が、
アズサに向かって叫ぶ。

「ん?アンタ誰だい?悪いがアタシは聞く耳持たないよ!!
 コイツには前科がある。アタシ達に恨みも持ってるはずなんだ。コイツ以外に誰がいるってんだ!!」

倉田は2人の間に割って入り、両手を大きく広げる。

「この人は佐祐理を守ってくれました。そして、このくだらないゲームを破壊しようとしてくれていますっ。
 この人には影があります。佐祐理にも似た悲しい影が…。それに、気丈に振舞っていますが、
 この人は今、悲しみを抱えています。そんな人が、貴方の大事な方を殺すとは思えませんっ!」

こいつ…このわずかな間で、どこまで人を見抜いていたのだ…。
隅で怯えているだけの女だと思っていたがな。でも、不思議と悪い気はしない。

「うるさいっ!! それがなんだってんだ。アンタに柏木家とコイツの間の何がわかるっ!!」
アズサは倉田を思い切り跳ね除け、こちらに飛び掛ってくるっ!!

バッと後退し、近くの石をアズサに向かって蹴り上げる!!
そこからさらに飛びのき、再びアズサとの距離を取り直す。



出来れば鬼の力は解放したくは無いのだがな…。
鬼の力を解放したが最後、俺は再び鬼に取り込まれ、殺戮を繰り返すだろう。
それこそが主催者側の思う壺である。
…が、相手が鬼の力を使ってくる以上はやむを得ないか…。

全身の力を抜き、身を禍々しい力に委ねようとする、まさにその時だった。

「くらえええぇぇぇっ!!」
咆哮と共に身を低くし、地を一蹴して飛び掛ってくるアズサ!!
ちっ、回避も出来そうにないか。
攻撃を受け止めるために、銃を抜き放ち、構える!!
アズサの爪と俺の銃が交差しようとした刹那、

「だめえぇぇぇぇぇっ!!!!」
ザシュッ!! ブシューッッッ!!!
肉が引き裂かれ、血の吹き出す音、しかし俺の手には何も感触がない…。

「え!?…あ…あ…」
繰り出されたアズサの右腕に、倉田の体が弾き飛ばされていた…。
さっきまでの膨大な殺気は一瞬にして消えうせ、倉田の元に走るアズサ。
一体何が起こったんだ…、呆然と成り行きを見送る…。

……



「だ、大丈夫か?」
アタシは、自分のやってしまった事を一瞬遅れて把握し、彼女の元に駆け寄る。
柳川への一撃を、この子が割って入り、代わりに受け止めてしまったのだ。
傷自体はわき腹を抉った程度だが、場所が悪かったのだろう。
血が壊れた水道管のように吹き出て、近寄るだけで返り血を浴びてしまう。

これは…もう…助からない…

体がガクガクと振るえ、足に力が入らない。きっと顔面も蒼白だろう。
「すまない…すまない…」
独り言のように繰り返すアタシの頬に、そっと冷たい手が伸びてくる。

「はぇ…柏木さん…でしたね…佐祐理が…勝手に飛び出したのですから…
 あなたは何も悪くないですよ…でも…あなたの大事な方を殺したのは…
 柳川さんではありません…それをわかって欲しかった…」
「わかったよっ、わかったからっ、信じるからっ!! …今は静かにしてくれっ」
スカートの裾を引き裂き、彼女の脇腹に当てる。
瞬時にスカートが真っ赤に染まるが、それでも押しつける。
止血には至らないが、出血の進行を多少でも遅らせる気休めにはなる。

アタシは…頭に血が上っちまったばかりに、何て事をしてしまったんだ…。
一方的に柳川の仕業だと決め付けていたばかりか、罪の無い子を
この手に掛けてしまうなんて…。

自然と涙が溢れてくる。その涙をヨレヨレと人差し指で拭うと、倉田という少女は気を失った。
その時、背後から言いようの無い悲しみの重圧と咆哮が押し寄せてきた…。

……



ぼうっと倉田の介抱を続けるアズサを見続ける。
体には全く力が入らない。

オレ ハ マタ マモル コト ガ デキナカッタノカ…。
タカユキ モ… カエデ モ… クラタ モ… ダレモ マモレナイノカ…?
オレ ガ マモロウト スルヒト ハ、 ミンナ シンデ シマウノカ…?

自嘲…?自責…?後悔…?
何とも取れない感情が支配する。

 チカラ ガ ホシイ…
 ヒト ヲ マモレル チカラ ガ…
 メノマエ ノ ヒト ヲ ササエル チカラ ガ…

目の筋を、再び涙の雫が走る。
「お…おぉ…おおおおおおおおおおおお……!!!」
星空を見上げ、辺りに慟哭がこだまする。



ドクンッ!!
ドクンッ!! ドクンッ!!
ドクンッ!! ドクンッ!! ドクンッ!!

慟哭は、いつしか咆哮へと変わり、辺りを重圧が支配しはじめる…!!
細胞がきしみをあげて変化し続け、その組織を変貌させる。
体が巨大化し、服を突き破り、ヒトのそれからは掛け離れたモノになる。

「グルルルル…グヲオオオォォォォォッッッ!!!!」
一際大きな咆哮を上げ、その大いなる力を解放する。

いつものような、自我を失うほどの血に飢えた感情は無い。
その手にあるのは、大きな力と深い悲しみ。
俺は…ここにきて初めて、鬼の力を制御する事が出来たのだ…。

「柳川…オマエ…」
アズサの目に恐怖の色が映り、後ずさる。しかし、今はこの娘には興味が無い。
壊れ物を扱うように、そっと倉田の体を抱き上げ、大地を蹴って跳躍する!!!

……


激しい痛みで目が覚める。頭がぼぅっと…それでいてグルグル回り続ける…。
意識を何度も失いかけ、その度に脇腹の激痛で再び目が冷める。
それを何度も、何度も繰り返し、段々と意識を失う時間が長くなる。

わたしの目にはは、とても大きな獣が映っていた。
痛みで間隔はほとんど無いが、どうやら抱きかかえられながら移動しているらしい。
犬でもなく、オオカミでもクマでもない。例えるなら鬼、そう、鬼だ。
ただ、ひとつだけ鬼に見えない点があった。

「…鬼さん、泣いているの…?」

その目には、溢れんばかりの涙がキラキラと月明かりを反射して光っていた。
視界がぼやけて、もうさっきまで見れた、とても綺麗な星空を見る事が出来ないが、
その涙は、その星空のどれよりも美しかった。

鬼は何も応えない。その代わり、抱きかかえる腕にぐっと力が入る。
あははーっ、鬼に抱かれる女の子、か。何だか夢があっていいね…。
体に全く力が入らない分、鬼の腕の優しさが心地よかった。



「鬼さん…、お願いを聞いてもらってもいいですか?
 佐祐理の…いいえ、わたしの最後のお願い…」

意識を再び失いそうになる…。お願い、もう少しだけもって…。

「わたしの親友…川澄舞と…相沢祐一さん…この2人を…、そして、
 1人でも多くの…ひとたちを…まもって…あげ…て…」

 一弥…おねえさん、がんばれた…かな?
 もう一弥のそばに行っても大丈夫かな?

もう何も見えない…すごく眠い…舞…祐一さん…ごめんね…。
また…自己犠牲がすぎるよって…怒られちゃうね…。

差し出された一弥の小さな手に、そっとわたしの手をあてがい、
共に野原の道を歩いていく…。

最後に聞こえた鬼さんのうなり声は…なんだか泣き声のようだった…。

……



辿り着いたところは、元は灯台だった場所。
跳躍一閃、海に飛び込み、真っ赤に染まり、冷たくなった倉田の体を
深く、深くに沈めてくる。
この少女は、この穢れた大地には眠らせるべきではない。
生き物の近寄らない岩陰に彼女の遺体をそっと横たわらせると、
再び跳躍し、島へと降り立つ。

 貴之…無様だな、俺は。
 3人も守りたい人を失わないと、自分の力を扱う事すら出来ないなんてな。
 しかし、もう迷わん。俺にはやるべき事がある…!!
 この、くだらないゲームを動かすモノ…参加するモノ…ミナゴロシニシテヤル…。

さぁ、狩りの開始だ…!!
誇り高き狩猟者として、1人の少女の願いを受け取った者として、
この力を戸惑うことなく使っていこう…!!

「グオオオオオッ!!!」
何度目かの咆哮を上げ、夜の闇を疾走し、溶け込んでゆく……。

潮の落ち着いた波打ち際に浮かぶは、柳川の涙と一輪の花。




【時間:22:30ごろ】

『柏木 梓(017)』
【場所:G−09】
【持ち物:不明(次の方任せ)、支給品一式】
【状態:動揺、後悔、自責、呆然】

『柳川 祐也(111)』
【場所:I−10】
【持ち物;なし】
【行動:川澄舞、相沢祐一の捜索・保護を最優先とし、ゲームに乗る者の殺害とゲーム自体の破壊】

『倉田 佐祐理(036)』
【状態:死亡】
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