「――良かったです」 たった今流れた放送。最後の探し人、河野貴明の名前は呼ばれることは無かった。 イルファは胸をなでおろし、自身にしがみつく姫百合珊瑚瑠璃姉妹を強く抱きしめた。 「貴明無事だったよぉ」 「心配なんかしてもしょうがあらへんて、貴明やもん。簡単に死んだりせえへんよ」 ボロボロと大粒の涙を流しながら呟く姉の頭をなでながら瑠璃は言う。 だが自身も安堵に振るえ、目には小さな雫が浮かんでいた。 「……貴明、どこおるんやろか?」 三人は地図を広げながら、これからの行動を思案していた。 ここから一番近いのは氷川村。 もう陽も暮れかけているし人が集まってきているかもしれない。 だがそれが全員ゲームに参加していないとも限らないのだ。 先ほどの放送がそれを示している。 ――伏見ゆかりさん エディの探し人である彼女は死んでいた。 彼の胸中を考えると胸が痛い。 イルファは静かに目を閉じ、そっと黙祷をささげる。 そして醍醐、篁の名前。 エディの言い分だとそうとうやばい連中らしい。 だがその彼らも死んでいた。 どれだけの人間が、どんな武器を持って、どんな手段で人を殺そうと狙っているのかがわからないのだ。 安易に村に近づくのは危険にも思えた。 何よりも優先するのは瑠璃様珊瑚様の安全。 だが、貴明を見捨てることなんて出来るわけが無い。 お二人が悲しむ、なにより私だって失いたいはずなんか無い。 イルファは葛藤していた。 どうすることが一番正しいのか……答えが出せない。 「いっちゃん……」 珊瑚が地図を凝視しながら唸り続けるイルファにおずおずと声をかけた。 「お二人は何も心配しなくてもいいのですよ。絶対に私がお二人を、そして貴明さんを守りますから」 「違うの……瑠璃ちゃんが」 「!?」 珊瑚の言葉に険しい顔で地図から顔を上げ、今まで隣にいたはずの瑠璃の姿を探す。 だがどこにも見えない。 「なんかな、音が聞こえたからちょっと見てくるって……いっちゃんの邪魔したらあかん言うてたんやけど、うち心配で心配で」 「どちらへ!?」 珊瑚の肩を掴んでイルファは叫んでいた。 何をやってるのだ私は。 絶対に守るんじゃなかったのか。たかが数秒?そんなの言い訳になるはずも無い。 イルファの剣幕に少し怯えながら瑠璃の向かった方向へ珊瑚は指を刺した。 ちょうど神社の裏手のほう。 銃と、そして珊瑚の手を取ると、最後まで確認する間もなくイルファは駆け出す。 「瑠璃様ぁぁっっっ!!!」 ――彼女は無事にそこにいた。 正確には無事といっていいのかはわからない。 その顔には恐怖に怯えきった表情。 瑠璃のそばには血まみれで倒れている少女。 そしてそのすぐ横には、奇妙な生き物と柏木千鶴が立っていた。 イルファは一瞬にして状況を把握し、銃を構える。 「瑠璃様から離れなさいっ!」 千鶴がゆっくりとイルファに向かって振り返る。 その瞳には何の色もこもってない。 「イ、イルファ……」 今にも泣き出しそうな瑠璃の引きつった顔がイルファの怒りをあおる。 「もう一度だけ言います!離れなさい!!」 その刹那、千鶴がイルファに向かって駆け出した。 右腕を大きく振り被ると、イルファに向かって叩きつける。 ガシッ! その一撃をなんとか左腕でガードするも、衝撃にイルファの体勢が大きく崩された。 その隙を見逃さず千鶴はくるりと身体を半回転させると、左足を上げ、その反動でイルファの左後頭部に叩きつけた。 「ぐうぅっ!」 強烈な回し蹴りに、イルファの視界にノイズが走り、膝を突く。 その一瞬の隙をついて、千鶴のターゲットは隣で震えていた珊瑚へと向かっていた。 だが、それに気付くとイルファは震える足に必死に喝を入れ、千鶴の背中へと自身の身体を叩きつける。 捨て身のタックルに千鶴の身体が吹き飛ばされた。 揺れる身体を支えながら、珊瑚をかばうように前に立つ。 「はぁ…はぁ…」 何事も無かったように千鶴は起き上がると、スカートについた土をポンポンと払って静かに笑った。 分が悪い。 二人を守りながらの戦闘だと自分の挙動は30%も出せていないのがわかった。 守るということの難しさに愕然としながらも、イルファは数秒考え、そして叫んでいた。 「珊瑚様っ!瑠璃様っ!」 千鶴に向かってPfeifer Zeliskaを向ける。 怯んだ様子はまったく無い。 「必ず追いつきます!だから逃げてください!」 ドンッ! 放たれる銃弾が千鶴の頬先を掠めて行った。 「で、でも……」 ドンドンッ! 珊瑚の言葉を銃弾が遮り、イルファは二人から千鶴を遠ざけるように銃弾を放ち続ける。 「いこう、さんちゃん!」 瑠璃が珊瑚の元に駆け寄るとその手を掴む。 「……でも、いっちゃんが」 「うちら足手まといなんや、逆にイルファの邪魔してる。だったらいないほうがええ!」 叩きつけられた、まごうことも無いその事実に珊瑚は項垂れながらもコクンと首を縦に振った。 その手を引き、瑠璃は駆け出しながら叫ぶ。 「イルファ!壊れたら絶対許さんで!待ってるからな!!」 二人の姿が見えなくなるのを確認すると、イルファはキッと千鶴を睨みつける。 「お二人を待たせるわけには行きませんので……ごめんなさい」 そう言いながら銃を向けるイルファへ、冷たい視線を送りながら苦笑いする千鶴。 ――守るため……ね。 だが自分も引くわけには行かない、私にも守りたいものがあるのだから。 一匹の鬼と一体のロボットの戦いの狼煙が上がった――。 共通 【時間:一日目午後七時頃】 【場所:鷹野神社(F-6)】 姫百合瑠璃 【持ち物:デイパック、水を少々消費。携帯型レーザー式誘導装置 弾数3】 【状態:軽い精神的疲労。珊瑚と共に神社から逃走】 姫百合珊瑚 【持ち物:デイパック、水を少々消費。レーダー】 【状態:軽い精神的疲労。瑠璃と共に神社から逃走】 イルファ 【持ち物:デイパック、フェイファー ツェリスカ(Pfeifer Zeliska)60口径6kgの大型拳銃 2/5 +予備弾薬15発】 【状態:神社にて千鶴と対峙】 柏木千鶴 【持ち物:支給品一式・ウォプタル】 【状況:神社にてイルファと対峙】 神岸あかり 【所持品:支給品一式】 【状態:血まみれ、生死不明】 - BACK