「…きみは何を待っているの」 はじめてその男の子はわたしに話しかけてくれた。 「キミが泣き止むの。いっしょにあそびたいから」 「ぼくは泣き止まない。ずっと泣き続けて生きるんだ」 「どうして…?」 「悲しいことがあったんだ…」 「…ずっと続くと思ってたんだ。楽しい日々が」 「でも、永遠なんてなかったんだ」 つらそうに男の子はそういった。 だから私はこう言葉を返す。 「永遠はあるよ」 そして男の子の両頬を自分の手で挟みこむ 「ずっと、わたしがいっしょに居てあげるよ、これからは」 言って、ちょんとその子の口に、自分の口をあてた。 永遠の盟約。 永遠の盟約だ。 うわぁぁぁぁぁぁーーん……わぁぁぁぁぁぁーーん…… まただ。また誰かが泣いている。 わぁぁぁぁぁーーん……あぁぁぁぁぁぁーーん…… 何をそんなに悲しんでいるの? ああああーーー、ひっ、えぐっ、えっ、あああーーーーん…… 瑞佳はゆっくりと目を開けた。 トラブルメーカーの幼馴染のせいでどちらかと言えばちょっとやそっとのことでは動じにくいほうだと自分は思っていた。でも目の前の光景にはさすがに目を丸くせざるをえない。 背格好や雰囲気からいっても自分より4、5歳は年上だろう。いわばいい年した大人が、それも男の人が、あたりの目など全く気にせず拳を幹に打ちつけながら大声で泣いていたのだから。 「………」 しばし呆然としていたが、しばらくしてはっと思い出したようにその男性に話しかける。 「あ、あの……」 とたんにピタリと、というほどスマートにはいかなかったが泣き声の声量ははるかに小さくなった。やがて声を搾り出すようにして、 「……起きたか」 とだけ聞いてきた。顔は相変わらず向こうにむけたまま。 「え、ええ」 ごしごしと目の辺りを拭いて男の人は立ち上がる。結構背が高い。 「みっともないところを見せてしまってすまない」 痛々しいほどに目が充血していた。いまだ瞳に雫をためながらもこちらを見つめてくる。 「い、いえ。あの、何かあったのですか?」 「あ、ああ。今、放送があったんだ」 「放送?」 「そうだ。今までに死んだ人間が読み上げられた」 「あ……」 そこまで言われて瑞佳は気付いた。きっとこの男の人の親しい人が死んだのだ、と。 「死んだ人は伊吹公子さんといって、俺の……一番大切な人だった。世界で一番大切な人だった」 うなだれながら、そう付け加えてくる。 「そう……だったんですか」 瑞佳もようやくそれだけの言葉を口にする。 「あの……本当に何ていっていいのか……」 「いや、その気持ちだけで十分だ。ありがとう」 そのまま二人は黙り込んでしまう。時折、祐介のしゃくりあげる声があたりに響く。祐介はそれすらも必死に止めようとしていて不器用な嗚咽がまざり、結果としてさらに痛々しさを増していた。やがて、 「とりあえず、移動しよう」 と祐介は言い出した。 「あの、大丈夫なんですか」 「ああ、いつまでもこんなことをしているわけにもいかないしな」 「でも……」 「いいんだ。泣いたって何が変わるわけじゃない。それよりも君の安全を確保するほうが先だ」 そう言ってディパックを背負った。 「あ、あの……」 と呼びかけて名前をまだ聞いてないことに気付く。相手も名前を教えてないことに気付いたようだった。 「芳野だ」 「あ、どうも。私は長森です。芳野さんが、その、助けてくれたんですか? あの人たちから……」 「ああ。まあ、そういうことになると思う」 照れくさいのかちょっとぶっきらぼうにそんなふうに返事をした。 「……ごめんなさい」 「? 何故、謝る?」 「だって、私のせいで芳野さんが時間を取っちゃったんじゃないかって、もし私がちゃんとしてたら、その伊吹さんも助けられたんじゃないかって思って……」 言いながら、だんだん自己嫌悪に陥ったのか尻つぼみに言葉が小さくなってゆく。 「……そうだな、あるいはそうかだったもしれない」 芳野はふぅっと息を吐くと空を見上げた。正論だった。確かにこの少女を見捨てて公子を探していれば公子を探し出して守ることができたかもしれない。 「……後悔していない、といえば嘘になると思う。だが、ここで君を放りだして、その結果君が死んでしまったとしたら、それはそれで俺は自分を苛んだだろう。人は神じゃない。何もかも思い通りには行かないんだ」 「………」 「愛する人のために自分の命をささげることは美しいことだ。もし、できるなら俺は喜んであの人の代わりに死んだだろう。 だけどな、愛する人のためとは言っても他人の命を犠牲にするのは俺には美しいことだとは到底思えない。だから、俺はそんなことはしない。それでいいんだ」 言いながらどこかいいわけじみた感覚があった。もし、今のせりふを全面的に受け入れるのなら、結局自分は愛する人の命よりも、自分の哲学、言い換えればエゴ、を優先したことになる。 「言い訳だろうな、これは。俺は結局全てを投げ捨ててもまであの人を守るという覚悟がなかったんだ」 「……でも、そんなの悲しすぎます……だって……」 「どちらにせよ、もう過ぎたことだ。君が気に病む必要はない。もし、どうしても責任を感じるというのなら、あの人の分まで懸命に生きてくれ。そうでなければあの人を犠牲にしてまで俺が君を守った意味がないからな」 「……はい。助けていただいて、ありがとうございました」 瑞佳は思った。きっと自分は間接的に殺人を犯したのだ、と。ならばこの十字架を背負って歩き続けることが自分に科せられた罰なのだろう。無論、これ以上十字架を増やすことは許されない。 「私、生きていきます。ずっと、ずっと。この島で死んでしまった人たちの分まで」 無意識に私はそう宣言していた。何が私をそうさせたのか、よくわからないまま。 「ああ」 いつの間にか、芳野さんは完全に泣き止んでいた。涙の跡ももうない。 「そうしてくれ」 「はい」 しっかりと頷いた。 永遠の盟約。 永遠の盟約だ。 芳野祐介 【時間:18時半頃】 【場所:H-09】 【持ち物:Desart Eagle 50AE(銃弾数4/7)・サバイバルナイフ・支給品一式】 【状態:異常なし、やや疲労】 長森瑞佳 【時間:18時半ごろ】 【場所:H-09】 【持ち物:防弾チョッキ(某ファミレス仕様)×3・支給品一式】 【状態:異常なし】 - BACK