こぼれ落ちた雫を含め、君とともに歩きたい




「収穫はこんな感じかな」
「・・・」

氷川村にて行動をしていた氷上シュンと太田香奈子は、周辺民家をくまなく探索した。
時間にして三時間ほど費やしたが、人と接するという機会はなかった。
民家にしても、診療所を含め半分程の建物は鍵がかかっていて中に入ることはできなかった。

「斧みたいな物があれば、ドアを壊すのに適したかもしれないけど・・・さすがにこれじゃあ、ね」

シュン、香奈子の支給武器は共に銃器。
音にしても派手であり、それは危険人物を呼び寄せる餌になってしまう可能性が高かった。
今、二人は村の東部にあたる民家にて休憩をしている所で。
発見できたアイテムは、家庭用救急箱、ロープ、それに懐中電灯など。
荷物になるからということで、救急箱やロープはシュンが受け持つことになった。

「・・・・・・」

香奈子は、内心困惑したままであった。
本当に彼と行動を共にして良かったのか、自分は一人とはいえ人を殺すために動いているというのに・・・

『だから僕は、彼女たちが伝えられなかったことを代わりに伝えてあげるためにさっき言った3人を探している』

彼は死んだ誰かのために動いている。
生きている人に、死者の思いを伝えるために。
なのに・・・それなのに。自分のしようとしていることは、一体なんだというのだ。
月島瑠璃子を殺し、本当に月島拓也は自分の物になるというのか。

(でも、やらなくちゃ・・・先には、進めない・・・)

膝の上に置いた手に力がこもる。
・・・そんな彼女の様子を、シュンは静かに見守っていた。



「ねえ、太田さん」
「え?!」

突然話しかけられ、はっとなる。
向かいの椅子に座っていたシュン、彼の視線は冷静だった。
とまどう。真っ直ぐに射抜こうとするそれは、ひどく居心地が悪い。
思わず逃げるように目を逸らしてしまう香奈子を追い詰めるかの如く、シュンは口を開く。

「太田さん・・・不快に感じるかもしれないけれど、ちょっといいかな」
「な、なに・・・?」
「僕はもう、誰にも死んで欲しくはない。でも・・・君からは強い、暗い思いを感じて仕方ない」
「!!」

ひっ、と息が喉を刺す。
そして、気がついたら目の前に座っていたはずのシュンは隣に来て。
しゃがんで、香奈子を見上げるようにして。
・・・その表情は、真剣で。

「君はね、僕に似ているんだ。いや、正確には僕達、かな。
 ・・・何となく分かるんだ、背負う物が大きければ大きいほど、願いの叶う可能性が小さければ小さいほど。
 人は、心の寿命を縮めていく。・・・太田さん、君の負荷は目に見えるくらい、重いものじゃないのかな」

ドクン。何と言葉に表せばいいのか。
それはまさに、図星。
焦る、思考が読まれていたことで、香奈子はどうすればよいのか分からない状態になり。

「・・・・・・だ、だって、しか、仕方・・・ない、のよ・・・」

漏れ出たのは、震える弁解だった。


「わ、私があの人を、手に入れるには・・・やっぱりあの子は邪魔・・・で、でも・・・」
「何だ、分かってるんだ」
「・・・え・・・・・・」
「『あの子』を殺しても『あの人』が君の物になる訳じゃない。死んだ『あの子』を追う可能性だってあるんだ。
 ・・・『あの子』と『あの人』の間に、つけこむ隙がない、ということを」

ぶわっ。瞬間、涙があふれ出る。
ボロボロこぼれていくそれを、香奈子は止めることができない。

「そ、そん、な・・・明確に、しないでよ・・・・ぉ・・・」
「ごめん、でもそれが現実であり真実なんだよね?しかも、君はそれに気づいていた。
 その上で、何かをしようとしていたんだ。・・・永遠を求めず自らの力で変えられる可能性を信じ、行動を試みる。
 僕はそういう、努力して何かを変えようとする人は好きだよ」

・・・伏せかけていた顔を上げる。
目の前には、香奈子を見つめるシュンの瞳。それは優しさに満ちていて。

「僕は君に手を汚して欲しくない。その上に君の望む世界が確立されなかった場合、君はきっとあちらの世界へ導かれてしまうだろうから。
 だから・・・痛みはあるだろうけれど、乗り越えていこうよ。力になれないかもしれないけれど、僕は君の味方だから」

・・・彼の言葉は、よく分からない所も多々あった。
だが、瑞穂以外の人から受ける暖かさは久しぶりで。
香奈子は胸の前で手を組むようにし、思いっきり泣き伏せた。
そんな震える彼女の肩を撫で、シュンは零れ落ちる香奈子の雫をもう一方の手で拭う。
・・・こんな時でも、誰かに身を預けようとしない孤独に苛まれた少女。
こんなにも、か弱い少女。

(僕はまだ、こんな形で人を励ますことができるんだね・・・)


--------------えいえんはあるよ。ここにあるよ。

そうだね、確かに存在する。
だけどまだ、彼女を連れて行かないで欲しい。
彼女はきっと、これを乗り越えていけるはずだから・・・。






藍原瑞穂の死は、数十分後に放送された。
だが、香奈子は崩れない。
死者のために努力する、彼の姿が隣にあるから。
だから。

「瑞穂、私はあなたの分まで生きるから・・・生き延びて、あなたと過ごした私の思い出を永遠にするから」

自分を変えてくれた彼と、香奈子は引き続き行動を共にすることを決意した。




 太田香奈子
【時間:1日目午後6時】
【場所:I−07】
【所持品:H&K SMG U(残弾30/30)、予備カートリッジ(30発入り)×5、懐中電灯、他支給品一式】
【状態:脱マーダー化】

 氷上シュン
【時間:1日目午後6時】
【場所:I−07】
【所持品:ドラグノフ(残弾10/10)、救急箱、ロープ、他支給品一式】
【状態:祐一、貴明、秋子を探す】
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