「君が、今回の当たり役か」 大きな部屋を離れ、さらに進むと、再びある一室にたどり着いた。 刹那、低い男の声が柚原春夏を迎えた。 「だれっ!?」 咄嗟に支給された武器を構えるも、そこに姿はない。どうやら、スピーカー越しに声が伝えられているようだ。室内には、大きなディスプレイと、それを操作するパソコンがある他は、無機質な金属で一面を覆われていた。 「柚原春夏……君に選択肢を与えよう」 春夏の疑問には答えず、男は続けるが、春夏はそれ以上の追及をやめた。事実、この声には聞き覚えがあったから。――この声は、『主催者』のものだ。 「選択肢ってなにかしら?」 「君が生き残る術と、もう一方は……死だ」 どうやら、会話は成立しているらしい。モニターがあり、ここも監視されているのだろうか。もしかしたらこの要塞内に主催者側の人間もいるかもしれないし、 ここは単純に参加者に与えられたものなのかもしれない。 「……君にはいくつかの武器を与えた。うむ……今手に持っているものだ」 「……あのでっかいガンダムみたいなのも武器なのかしら?」 「あれはただの遊具だ。お気に召したかな?」 「は、は……は」 なんと趣味の悪い嗜好だろうか、と春夏は辟易した。 だが同時に、あれが武器でなくてよかったとも思う。 「……で、選択肢って? 私は一体どうすればいいのかしら」 「――君には人を殺してもらいたい」 「……嫌よそんなの。人を殺すなんて出来ないわ。それにそれって結局、当初のゲーム内容と一緒じゃない」 「否。 娘が助かるという条件付だ」 「なんですって?!」 春夏の目が光る。 「このみを助けられるってどういうことなの?」 「20時間以内に10人殺して欲しい……無論、それ以上でも構わないが」 「……そうすれば、このみを助けてくれるの?」 「約束しよう」 「……」 信用していいものなのだろうか? 「もし、嫌だといったら?」 「君を殺すさ……この要塞内には、何人かの特殊私兵がいるからね。尚、君が殺害した情報は遂次こちらに送信されるようになっていることを付け加えておく。どうだい?」 「……わかった、やるわ」 偽りはなさそうだ、と判断した春夏は頷いた。そもそも、それ以外の術は用意されていないのだから。 「承諾ありがとう。それではそこの端末から番号を入力し、Enterを押してくれたまえ。番号はこの盟約で助かる人員の名簿番号と同じだ」 春夏は迷うことなく、115を押し、Enterキーを叩く。 「――それでいい。では、よろしく頼むよ、柚原春夏くん。10人殺したらここに再び戻ってきてくれたまえ」 「…………」 「なお、10人を殺すより前にこの施設内への回帰、および他者の侵入を禁ずる。もしこれを破った場合は、君、そして115番の首輪を爆発させるので、施錠には十分注意してくれたまえ」 「――そんなっ!」 聞いてない! 春夏は動転した。 だが、無常にも男の声が続き響く。 「そして、10人を殺すに至らずに20時間を過ぎた場合は、これも同様に君と115番の首輪を爆発させる。 タイムカウントは既に開始された。それでは頑張ってくれたまえ、柚原春夏くん」 「……」 やるしかない。やるしかないのだ。 殺すしか、助かる術はないのだから。 「尚、今から30分以内にこの施設を退出しない場合も、同様に……」 そんな男の声は、春夏には届いていなかった。 静かに春夏は端末を離れ、部屋を後にしする。 「やるしか、やるしかないわ……」 要塞に隠されたモニター室。 『馬鹿な女だよ……すっかり信じちゃって』 春夏が去った部屋が映し出されたモニターを眺めながら、男は愉快そうに口を開いた。 『10人殺して……本当に助かると思っているのかね』 男は元より、こんな約束を果たすつもりはなかった。これはただ、ゲームの円滑化を図るための一興に過ぎない。 ただ果たす事項は、失敗した場合には首輪を爆発させるということだけだ。 結局、春夏はいいように騙されたわけである。 もとよりこのゲームにおいて命が助かる方法とは自分以外の人間を全員殺すことだけだ。 男はくくっと奥歯で笑う。 【当たり役】=【ピエロ役】 『……もしそれを知ったらどんな反応を示すかのね』 『まぁ精々哀れな道化を演じてくれたまえ、僕の傀儡よ』 『おっと、そろそろ定時放送の時間だ。 まったく、忙しいったらないな』 男の哄笑が、モニター室に不気味に反響した。 柚原春夏 【時間:17:30】 【場所:GH-09交差点の出口を抜けたところ】 【所持品:要塞開錠用IDカード/武器庫用鍵/要塞見取り図/支給品一式】 【武器(装備):500S&Wマグナム/防弾アーマー】 【武器(バッグ内):おたま/デザートイーグル/34徳ナイフ(スイス製)】 【武器(要塞内に放棄):ナタ】 【ゴミ(要塞内に破棄):アヴ・カミュ】 【状況:疲弊、このみを助けるために10人殺す】 要塞 【状況:春夏以外の人物が進入した場合、115番と116番の首輪を爆発(当人に危害なし)】 【殺害数10未満で20時間以内に春夏が戻ってきた場合、115と116の首輪を爆発】 【20時間を過ぎても要塞に戻らない場合、115と116の首輪を爆発】 【20時間以内に10人を殺し、要塞内に戻った場合、ゲーム続行(約束は履行せず)、反抗した場合は同様に首輪爆発】 【20時間以後に他者が侵入した場合は問題なし(しかしIDカードがない場合は進入不可能)】 【ロックは完璧、入り口は島内に複数ある】 【残り時間/殺害数:19時間49分/0人】 - BACK