パンッ!! 咄嗟に発砲するも、当たらない。 銃相手でもまるで怯む事なく姫川琴音は迫ってくる。 柳川裕也と琴音との距離はもうわずか数メートルしか無くなっていた。 「チィッ!!」 キィィィンッ! 柳川は、銃で再度狙いをつける暇は無いと判断し、 銃を捨て出刃包丁でナイフを受け止めていた。 「くぉ・・・、これが女の力か・・・!?」 信じられない腕力―― 両腕で包丁を握り締め、柳川は懸命にその腕力に耐える。 「あはははは!つぎはあなただね」 この細腕のどこからそんな力が出てくるのだろうか? 今の琴音の腕力は柳川のそれを上回っていた。 柳川の腕力も鬼の力を制限されてるとはいえ、常人よりは遥かに上であるにも関わらず、だ。 「おにいさんも、はやくしんじゃってよぉ!」 琴音はそのまま異常な腕力で押し込んでくるが、 「・・・なめるなぁ!」 柳川は大声をあげてそれを弾き飛ばした。 佐祐理は動けないでいる。 二人の迫力に気圧されたのもあるが、何より彼女の武器は吹き矢、つまり飛び道具だ。 今使用すれば、柳川に当たりかねない。 彼女に今許された事は、柳川の無事を願う事だけだった。 そのまま斬り合う二人。 殺気を剥き出しにした、一撃一撃が必殺の威力を秘めた、凄まじい斬撃の応酬。 一撃ごとに琴音の全身が軋むが、それでも彼女は止まらない。 琴音の剣筋は稚拙であったが、一撃一撃が、凄まじく重い。 柳川は防戦を強いられていた。 脇腹を狙い振るわれた琴音のナイフを何とか包丁で受け止めるが、包丁が弾かれそうになる。 凄まじい衝撃。 何とか包丁をこぼす事は避けた柳川だったが、 続けざまに琴音のナイフが容赦無く振り下ろされる。 咄嗟に肩からタックルをし、琴音を弾き飛ばす。 どれだけの怪力をその身を秘めていようとも、琴音は小柄な女である。 単純なぶつかり合いなら、体格で勝る柳川に分がある。 琴音は後方に弾き飛ばされていた。 その際にナイフが柳川の背中にかすったが、浅い。 この結果を予測していた柳川は間髪入れずに踏み込み、 体勢を崩した琴音を斬りつける。 ブシャッ! 包丁は琴音の左腕を捉えていた。 傷はかなり深い筈だ。 しかし琴音は全く勢いを落とすことなく即座に反撃の斬撃を返してくる。 「このっ・・!」 それを何とか捌く。 柳川は正面からでは埒があかないと判断し、琴音のなぎ払う一撃をしゃがみ込んで回避すると、 そのまま琴音の足元目掛けて切りつけた。 完全に不意を突くその一撃を、どうにか体勢を低くしてナイフで受け止める琴音。 ブチィッッ!! 「ぎっ!?」 何かが引き千切れるような音がして、 その瞬間、琴音の右腕の力が急激に弱まった。 狂気に任せて限界以上の筋力を引き出し続けた反動で、 遂に彼女の筋肉が耐え切れなくなり、筋肉の断裂が始まったのだ。 そして・・・・ ザシュゥッ!!! 「ぎゃあああああっっ!!」 柳川の包丁による渾身の一撃が、琴音の腹部を捉えてた。 腹部から大量の血を噴出させる琴音。 「相当やるようだが、相手が悪かったようだな・・・。」 柳川は勝利を確信し、一瞬動きを止めてしまった。 しかし、それは油断以外の何物でもなかった。 このゲームにおいて、油断は死を招く。 「うあああああっっ!!!」 「何っ!?」 腹を切り裂かれても、体中の筋肉がボロボロになっても、なお琴音は止まらなかった。 ボロボロの右腕の筋肉を総動員して、体に残された力を振り絞ってナイフを振り下ろす。 ザシュ!! 「ぐぉぉ・・・」 咄嗟に避けようとするも避けきれず、ナイフは柳川の左肩を抉っていた。 「いやぁぁぁ!」 佐祐理が悲鳴をあげる。 しかし、今度は柳川も止まらない。 「う、うおおおぉぉっ!!」 傷を負いながらも、渾身の一撃を放つ。 直後、 ブシャァァァ・・・・ 琴音がトドメの一撃を振り下ろすよりも早く、柳川の包丁が琴音の喉に突き刺さっていた 「あ゛あ゛あ゛・・・・」 琴音の喉から血が噴き出している。 彼女の生命そのものが、噴き出している。 断末魔の呻き声をあげ、狂気に支配された少女は倒れた。 彼女の周りには、彼女自身の血による、大きな水溜りが出来ていた。 ――――姫川琴音は、ただ死にたくないだけだった。 島に来る以前の彼女は、普通の少女だった。 不思議な超能力は持っていたが、大人しめで、そして優しい、普通の少女だった。 ゲームが始まった後の彼女も、最初は積極的に殺人をするつもりなど無かった。 それどころか、積極的に人を傷つけるつもりすらも無かった。 それがいつの間に、こんな事になってしまったのだろう。 いつの間に彼女は、彼女で無くなってしまったのだろう。 このゲームに放り込まれたときから? 宮沢有紀寧に脅迫されてから? それは誰にも、本人にすら、分からない。 しかしとにかく、彼女の肉体は、その活動を終えたのだ。 「柳川さん!!大丈夫ですか!?」 「ああ・・、多少傷は負ったが、動ける。問題無い」 「この子は・・・」 佐祐理は、横たわる少女、仁科りえを見た。 その背中は無残に切り裂かれている。 「・・・残念だが、死んでいる。」 「そんな・・・・。」 柳川は二人の少女の遺体を、交互に見やった。 見た目から判断して二人とも17歳付近だろう。 この島に来る以前は二人とも、戦いとは無縁の普通の少女だったんじゃないのか? そう、自分のような、鬼の力に飲み込まれていた殺人者とは違って。 それが二人揃って、死んでいる。彼女達はもう、学校に行く事も家に帰る事も、何も出来ないのだ。 佐祐理も柳川も、しばらくその場に立ち尽くすしかなかった。 「どうして私達殺し合わなくちゃいけないんでしょうね・・・。」 佐祐理は悲しそうに、本当に悲しそうにそう呟いた。 「そんなもんは分からんな・・・。ただ、やらなければやられていた。」 やらなければやられる。それがこのゲームで唯一の真理である。 その真理に従わない者は、物言わぬ蛋白質の塊になるしかない。 「・・・とにかく、全ての元凶はこのゲームの主催者だ。それだけは間違いない。 俺は、このゲームの主催者を許さない。例えどんなに傷を負おうとも、最後には必ず連中を殺してやる。」 柳川はそう言った後、表情を歪めながら二人の死体を見やった後、 ナイフを拾い上げ、自分の銃も回収した。 そして少し考えた後ナイフを佐祐理に手渡した。 「あの、これは・・・?」 「俺には必要の無いものだ、持っておけ。役に立つ時があるかもしれん。」 それだけ言うと、彼は再び歩き出した。 佐祐理は心配そうに彼を眺めていた。 心にも体にも傷を負いながらも、彼は止まらない。 【時間:1日目 20:00頃】 【場所:g-9】 倉田佐祐理 【所持品@:支給品一式、 吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】 【所持品A:八徳ナイフ】 【状況:心配。ゲームの破壊が目的。】 柳川祐也 【所持品@:出刃包丁/ハンガー/コルト・ディテクティブスペシャル(弾数10内装弾3)】 【所持品A二連式デリンジャー(残弾2発)、自分と楓の支給品一式】 【状況@:左肩に切り傷。腕が動かせなくなる程では無いが、傷はそれなりに深い】 【状況A:疲労。背中に軽い切り傷。ゲームの破壊が目的。】 仁科りえ 【所持品:拡声器・支給品一式】 【状態:死亡】 姫川琴音 【所持品:支給品一式】 【状態:死亡】 - BACK