憎悪、別離、邂逅、焦燥、そして殺意




「あず……さ……?」
なぜ疑問形になってしまったのか自分でもよくわからなかった。目の前にいる人間は間違いなく先ほどまで行動をともにしていた柏木梓のはずなのに。若干、瞳の光が落ち窪んだものになっているほかは何も変わりがない。少なくとも外見上は。
「ああ、晴香? 遅かったね」
平瀬村の一画。そこに柏木梓はいた。こちらに目を向けず、じっと足元を見つめている。
 梓の足元には穴が二つあった。人が一人丁度入るほどの穴が二つ。そして傍らには血に濡れた物言わぬ死体が二つ。おそらく一日前までは幸せな暮らしをしていた少女たち。
 血痕が点々と続いているところからして、どこかから運んできたようだった。おそらくここの土が掘り返しやすかったので運んだろう。
 しかし二人分の死体をどうやって一人で運んだのか……
「……その子が楓さん?」
セーラー服の子に目をやる。すぐにわかったのはもう一人が知った顔だったからだ。といっても知り合いではない。ブラウン管の向こうでよく見た存在、歌手の森川由綺。
「ああ、そうだよ。今埋めるとこなんだ。そっちの子も楓のついでっちゃぁあれだけど、野ざらしにしておくのもかわいそうだから」
梓はそう答える。湖の水面のように平坦な声だった。
「手伝うわ」
「ありがと」
その平坦さが伝染したように晴香の声も抑揚がなくなっていく。
 とは言っても既に穴は二人が入れるほどの大きさになっており、晴香がやったことといえば由綺を穴に入れたこととその上から土をかけたことくらいだった。
(そういえば、これどうやって掘ったんだろう)
見たところ、梓の周りにスコップのような道具らしきものはない。既に片付けたのだろうか。
 ふと梓を見るとじっと手を合わせていた。その手のあちこちに土がこびりついている。まさか、手で掘ったわけではないだろうが……
 やがて、すっと梓が目を開いた。
「もういいの?」
すでに土山から視線を離しあたりを警戒していた晴香はそう問いかける。

「うん」
梓はそう頷き、顔を上げた。そして梓と目を合わせた瞬間、
「!」
わかってしまった。なぜ先ほど梓に対して疑問系で問いかけてしまったのか。梓の目を見た瞬間に悟ってしまった。知っている。自分はこれとよく似た現象を知っている。どこだ? どこでみた?
 そうだ、友里さんだ。由依の姉の彼女がロスト体と呼ばれたときのあの感覚。自分は直接ロスト体となった彼女を見たわけではないが、捜索していたときに感じていたあのプレッシャー。
 梓の目から、いや全身から放たれている目に見えない何かがあの時の友里と驚くほどよく似ているのだ。人外の気配、としか表現しようのない禍々しさ。
「あ……ずさ……」
思わず一歩後ろに下がってしまう。本能が、彼女に近づくのを忌避した。
「そう、それでいいんだよ」
「な……なに……?」
「晴香。残念だけど、ここでお別れしよ。私は楓を殺した男を追う。そいつを一寸刻みにしなきゃ、あたしは気が収まらないよ」
「………」
晴香は何も言わなかった。否、言えなかったのだ。梓の押し殺した、必死になって押し殺していながらそれでももれ出てしまう憎悪に喉をつかまれていたのだ。
 もし梓が自分の感情を爆発させていたら自分は粉々にされていただろう。それは彼女らしくない非現実的な妄想ではあったけど、今の梓の前では今までの自分の常識が全て吹き飛んでもおかしくなかった。
「あいつを……柳川をあたしが殺すことができたらまた会おうな。そしたら改めて一緒にゲームから脱出しよ」
それだけ言って梓は晴香に背を向けて歩き出す。
「………あ…ずさ……あずさっ!」
視線が自分から外れたことでようやく声を引き絞るように出せた。その声にあずさの歩みが止まる。晴香はすーっと深呼吸をした。よし、大丈夫。これでいつもの自分だ。冷静に話せる。
「なぜ、分かれる必要があるのかしら? 私の目的はゲームを破壊するために情報を集めることよ。別に行くあてがあるわけじゃないわ。
 その男を捜すのと情報を集めるの、一緒にやればいい。二人でいたほうが何かと便利なはずよ。特に今夜、どこかで休むのなら交代で仮眠も取れるし……」
そこまで言ったところで梓の姿が消えた。否、消えたのではない。知覚できないほど接近していたのだ。

 数メートルの距離を一瞬に動き、右腕を伸ばして自分の背後にある民家の壁にこぶしを叩きつけていた。鈍い音がして塀にひびが入る。
「気持ちはありがたいよ。でもね、悪いけど足手まといなんだ」
まるで接吻を交わすように接近する梓の顔。その迫力にまたも晴香の思考は停止してしまう。
「最初にあのふざけたウサギが言ってたろ。人間とは思えない連中がいるって。それは私たちのことなんだ。鬼の血を継ぐ柏木の一族。私たちは鬼の子なんだよ。そして柳川も」
そこまで言って梓は顔を離す。後ろでパラパラと粉が落ちていく音がした。拳を壁からはずしたことによって拳にまとわりついていた粉が落ちたのだろう。
「柳川は眼鏡をかけた長身の神経質そうな男だよ。悪いことは言わない。もし会ったら一目散に逃げるんだ。あいつは本当に危険なやつだから」
「………」
「じゃあね、晴香」
今度はゆっくりと立ち去るようなまねはしなかった。全速力で建物の向こうに消えていく。
「あらら、振られちゃったわねぇ」
「!」
梓が走り去った方向とは反対側からそう声がかけられた。慌てて振り向くがそこには誰もいない。
「悪いけど、立ち聞きさせてもらったの。あんたゲームをどうにかして止めさせようとしているんでしょ。私もなの。一緒に組む気ない?」
「……顔ぐらい見せたら?」
「別にいいんだけど、いきなり撃つのはなしよ」
「撃たないからでてらっしゃい。ただし手は上にあげてね」
「わかった。でもあなたもそのクロスボウをとりあえず下においてくれない?」
反射的に『あなたが出てくるほうが先よ』と言いそうになったがそんなことにあまり時間をかけたくなかったので晴香はクロスボウをことりと地面に置く。過度に警戒する必要はないだろう。もし彼女がやる気なら既に自分は死んでいるはずだ。
 クロスボウを置くと、すぐに物陰から一人の女性が現れた。こちらの指定どおり、手を上にあげている。

「紳士的に物事を進めてくれたことに感謝するわ。女の子同士なのに紳士的って言うのもおかしいけどね。私の名前は来栖川綾香。あなたは?」
「巳間晴香」
簡潔にそう答える。
「わかったわ。それで巳間さん、私と組むってことでいいのかしら?」
「それはこれから決める。でもとりあえず情報の交換だけでもしておかない? それとわたしのことは晴香でいいわ」
「そう。じゃあ晴香、情報交換ならこっちも望むところだわ」







「おりょりょりょ、こいつはちょいと予想外だね。まさかまた増えるとは」
朝霧麻亜子は民家の屋根の上から晴香と綾香の様子を見下ろしてそうつぶやいた。ちょうど晴香が綾香に武器の開示を要求したらしく、綾香は服のポケットから銃を取り出しているところである。話し声は聞こえないので推測に過ぎないのだが。
「ふむ、襲撃はあきらめるしかないかねぇ〜〜?」
なにしろ自分の武器は射程がそう長いとはいえない。飛び道具を持つ相手が一人ならともかく二人ではさすがに分が悪い。
「む〜〜〜」
だが麻亜子はあきらめきれない様子で二人の様子を眺める。やがて二人は物陰に隠れて麻亜子の位置からは見づらくなってしまった。隣の屋根に移ればどういう状態か詳しく見れるが、移動するときに音を立ててしまう可能性が高い。
「こりゃどうしたものかねぇ……って、ん?」
視界の端に何か動くものを見つけた。人だ。参加者に違いない。
 麻亜子はじっと目を凝らした。こちらに近づいてくるのは銃を持った一人きりの参加者、今いちばん麻亜子が欲しい存在だった。
 息を切らしかけながら走ってくるのは深山雪見だった。晴香たちとは建物をはさんでいることもあって互いに気付いていない。
 しかも、運のいいことに深雪は走りつかれて疲労しているようだった。うまく不意をついて襲撃すれば勝てるかもしれない。そうすれば銃を奪って眼下の二人を襲撃できる。
「試してみる価値はあるかもにゃ〜〜」




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【場所:G-03】
【時間:6時15分頃】

朝霧麻亜子
【持ち物:バタフライナイフ、投げナイフ、仕込み鉄扇、制服、ほか支給品一式】
【状態:着物(防弾性能あり)を着ている。ささら、貴明たちを守るために人を殺す】

柏木梓
【持ち物:不明(次の方任せ)、支給品一式】
【状態:異常なし、柳川を探す】

来栖川綾香
【持ち物:支給品一式、S&W M1076(現在装填弾数6)、予備弾丸30】
【状態:異常なし】

巳間晴香
【持ち物:ボウガン、支給品一式】
【状態:異常なし】

深山雪見
【持ち物:SIG(P232)残弾数(7/7)・支給品一式】
【状態:疲労】
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