芽衣の決意




鎌石村消防署のとある一室。
泣き疲れ意識が朦朧としている女の人をソファーに横たえると
私たちは簡単な自己紹介と、今までに起きたことを静かに話し合いました。
でも誰もが口数は少なく、表情に憂いは見られませんでした。
これは殺人ゲーム。
実際のところ目の前にいる人間が本当に今すぐ信用できるかと聞かれたらおそらく誰も出来ないでしょう。
私だって、助けてもらっていなかったら逃げ出していたかもしれない。
だから別れも仕方が無いことだとは思います。


始まりは18:00――どこからともなく聞こえてきた男の人の声でした。


『――みなさん聞こえているでしょうか。
 今から僕は一つの放送をします……』

「この声……久瀬?」
相沢さんが顔を上げると、尋ねるように北川さんに視線を送っていました。
小さな声で「たぶん」と頷いたようでしたが二人とも確証は得られなかったようで、それよりも

『これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です』

と続いた言葉に全員が全員固まっていました。
勿論私も。
お兄ちゃんの名前が、英二さんのお知り合いの名前が、そして皆さん全員のお知り合いの名前が出ないことだけを祈って。

『――以上です』

願いは……叶いませんでした。
緒方理奈さんの名前が出たとき、英二さんは震えていました。
表情には出さず、ただ握り拳をぎゅっと強く。

その直後呼ばれた月宮あゆさんの名前に、相沢さんが叫び、暴れだしました。
「なんでっ、なんでだよ!!チクショォォォォ!!!!」
英二さんと北川さんが必死に彼を抑えてくれていましたが、相沢さんの興奮は収まらずその場にあった机をひっくり返しています。
そして最後に出たその名前に、英二さんがガクッと崩れ押ち、力なく膝を突いてしまいました。
その姿にやっと相沢さんも暴れるのをやめてはくれたのですが、興奮はまったく冷めてない様子でした。

「――私たちどうすればいいのかな……?」
誰も何も言葉を発せない静寂の中、真希さんがポツリと呟いた言葉。
そしてその問いに誰も答えることが出来ませんでした。
「……私たちも殺しあわなくちゃいけないの?」
「それは違う」
真希さんの言葉をさえぎって、英二さん、そして北川さんが同時に立ち上がって口を開きました。
英二さんに言葉を譲り、北川さんは静かに座りました。
「みんなで生きてこの島から脱出するんだ、その方法を探……」
「……そんなことできんのかよ?」
語気は荒いものの、先ほどよりは幾分か冷静に相沢さんが尋ねると
「出来るかどうか、じゃない。やるんだよ」
「……どうやって?」
「……それはこれからみんなで考えるんだ」
「ふざけんなよっ!あんたは悔しくないのか?悲しくないのか?
 友達が殺されたんだ、あんただってそうじゃないのか!?」
相沢さんが英二さんの胸倉を掴んで叫びました。
抑えようと北川さんと広瀬さんが立ち上がっていましたが、相沢さんの目からは大きな雫がぼろぼろと、何滴も何滴も零れ落ちて……。
それを見た私たちは動くことを許されませんでした。
ですが英二さんは動じることなく告げます。
「じゃあ僕を殺すかい?」
その言葉に相沢さんの動きが止まりました。
「そしてここにいる全員を殺して、島中の全員を殺して、そして最後に一人立っていれば!
 これで仇は取ったとか胸を張って言うつもりかい!?」
「うるせぇぇぇぇぇぇっ!!!」

相沢さんの拳が振り上げられ、英二さんの顔に叩きつけられ壁に叩きつけられました。
思わず私は英二さんに駆け寄っていました。
唇を切ったのか、少し流れる血を袖で乱暴にぬぐうと英二さんは立ち上がって相沢さんの胸倉を掴みました。
「僕が悲しんでないとでも思われてるなら、それでもいい。……でもな」
掴んだ手をゆっくり離して相沢さんの身体をぽんっと押し
「守りたいものがまだ残っているなら……少しは冷静になれよ、少年」
そう言って私を見て小さく微笑んでくれました。
照れくさくなって思わず顔を背けてしまったけれど、沈んでいた心がなんだか少し落ち着けた気がしました。
「おっさん……わりい、頭に血が上っちまってた、そうだよな」
そう手を差し出した相沢さんは気まずそうに、それでも謙虚に謝罪していたと思ったのですが、英二さんはむすっとしていました。
……なんでだろう?
「そう言ってくれるのは嬉しいが……僕はまだおっさんと呼ばれる歳じゃ無いよ」
――納得。

「で、結局のところこれからどうする?」
と口火を切ったのは相沢さん。
「勿論ゲームに乗って殺し合いなんてするつもりは毛頭ないけど、とりあえず俺は自分の知り合いと、神尾さんの母親を探したい」
「……が、がお」
「僕も今すぐにでも探したい人は数人いるが……今は動くべきではないと考える。
 正直君の怪我も軽いわけじゃないだろう?
 はやる気持ちはわかるが少し休息を取ったほうがいい」
「でも……つっ」
傷が痛むのか相沢さんは身体を押さえると「わかりました」と座った。
観鈴さんもそれに頷きます。
「君たちは?」
英二さんはクルリと首を回すと北川さんのほうに尋ね、その言葉の終わりを待たずに北川さんははっきりと答えていました。
「俺はもう行きます」
「北川?」
「いや相沢、もう決めてることなんだ」
訝しげな顔を浮かべて言葉を続けようとする相沢さんでしたが、北川さんはそれをさせませんでした。

「わかった……なにかしらの考えがあるんだろう、引き止めることは出来ない。
 だが危険じゃないか?」
「大人数だから安全、一人だから危険って言う方式は当てはまらないと思います」
「まぁ……たしかにそのとおりだ」

「だったら私も行くわよ」
「……コクコク」
真希さんと美凪さんの言葉に誰より驚いていたのは北川さんでした。
なにやら三人で揉めていましたが結局揃って行くことになり、分署を出て行かれました。
結局消防署に残ったのは私と、英二さんと、相沢さんと、観鈴さんと、そしてソファーで眠る女の人。

残された私たちに沈黙が訪れる中、ちょっとトイレにと立ち上がった英二さん。
その様子が気になって、悪いとは思いながらも後をつけてみました。
理奈さんと由綺さんを失っていたことを思い出したから。
でも、後なんかつけなければ良かったとすぐに後悔しました。
――英二さんは一人泣いていました。
泣き声は出さず、拳をただぎゅっと握り締め「すまない、すまない……」と繰り返すばかり。
もしも私に出会わなければ、彼はお二人を助けることが出来たのかもしれない。
そう思うと知らず知らずのうち瞳から零れる涙が止まりませんでした。
涙をぬぐい、そっと相沢さんたちのところへ戻ると、少し遅れて英二さんが戻ってきました。
「とりあえずご飯でも食べて体力の回復でもしよう」
笑顔を見せながら放つその言葉に、私はまた零れ落ちそうになる涙を必死にこらえました。
今は泣いちゃいけない。
私が泣いていいのはお兄ちゃんに再会した時。
それが英二さんの願いであるはずだから。
自惚れかも知れないけれど、そう誓って私は「はいっ!」と答えたのだった。




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【時間:18:00過ぎ】
【場所:鎌石村消防署(C-05)】
【関連:→228】

相沢祐一
【持ち物:支給品一式】
【状態:体のあちこちに痛み。若干の吐き気】
神尾観鈴
【持ち物:フラッシュメモリ、支給品一式】
【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】
緒方英二
【持ち物:支給拳銃、予備の弾丸、荷物一式、支給品の中にはラグビーボール状のボタンと少し消費した食料と水とその他】
【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】
春原芽衣
【持ち物:英二の支給拳銃、荷物一式、支給品の中には少し消費した食料と水とその他】
【状態:疲労はあるものの外傷等はなし】
北川潤
【持ち物:SPAS12ショットガン 防弾性割烹着&頭巾、他支給品一式、お米券】
【状態:腹部と胸部に痛み。若干の吐き気。祐一たちと別離、行き先や目的は不明】
広瀬真希
【持ち物防弾性割烹着&頭巾、他支給品一式、携帯電話、お米券】
【状況:北川に動同行】
遠野美凪
【持ち物:消防署にあった包丁、防弾性割烹着&頭巾 水・食料、他支給品一式、お米券数十枚】
【状況:北川に同行】
藤林杏
【持ち物:なし】
【状態:泣き疲れ睡眠、精神状態不安定】


【備考】
芽衣の持っていた拳銃は英二の手に
祐一の持っていたショットガンは北川の手に
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