夕日を見つめながら




「く…そっ。やっぱ、映画みてぇにはいかねぇか…痛ぇ」
崖から飛び降りた浩之とみさきは地面の上で横たわっていた。もちろん致命傷は負っていないものの、浩之は足を打撲しており一人ではまともに立つことさえ不可能だった。
しかしみさきが無傷だったのは不幸中の幸いといったところか。そのことが確認できただけでも浩之には満足だった。
「ごめんね…私を庇ったせいで」
浩之の手を握りながらみさきが謝る。
「ばぁか、気負ってんじゃねえよ。俺がそうしたかったからそうしただけだよ」
こつんとみさきの頭を小突く。それでもみさきはすまなさそうに体を縮こませている。
「気にすんなってーの。それより、ここから早く離れようぜ。ぼやぼやしてるとあのおっさんがまた狙ってくるかもしれねぇ」
「そう…だね。うん、立てる? 浩之君」
浩之は腰を上げようとしたが、片足がズキズキと痛んで力が入らない。
「悪りぃ…川名、手、貸してくれるか」
みさきの力を借りてようやく立ちあがる。それでもみさきの肩に手を回していないとまともに立っていることさえ出来なかった。
「…痛む?」
「いや、片足で歩く分には問題ねぇ。川名がいてくれて助かったな。もし一人ならこのままぶっ倒れてたままだっただろうな」
「そんな…私がいなかったらきっと浩之君はケガしてなかったのに」
「そーいう仮定の話はナシ、な。…それから、どんなときでも自分の事はいいから逃げて、とかそういうのを言うのもナシだ。どんな絶望的な時でもな、生きることを諦めちゃダメだ。
『死を懇願した時、勝敗は決まる』って言葉もあるからな。だから、いつも必ず生き延びてやるぞォーっ、っていう気持ちでいるんだ。俺もそうする」
浩之の言葉を聞きながら、みさきはなんと輝いていて、強い人なのだろうと思った。この人は、私に勇気をくれる。だから、みさきはただ一言、うん、と頷いた。
「そういや、もう夕方なんだな。今日は綺麗な夕日だぜ」


空の彼方、沈み行く夕日を見ながら浩之が呟く。
「そうなんだ…ね、何点くらいの夕焼けかな」
「んー…55点くらいだな」
「綺麗って言ってたのに、けっこう厳しいんだね」
みさきが意地悪そうな声で尋ねる。すると浩之は笑って、
「確かに、けっこう綺麗な夕焼けだけどな。でも明日はもっと点数の高い夕焼けが見れるぞ。100点満点のな。だから、明日も見られるようにがんばろうぜ」
「へぇ、そうなんだ…うん、がんばろうね」
二人して笑い合う。その時、くぐもった声で若い男の声が聞こえてきた。
「これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です」
なっ、と浩之が口を詰まらせる。みさきも体を強張らせていた。
男が次々と名前を読み上げていく。そして男がそれを読み終えた時、浩之の顔には絶望の色があった。その雰囲気を察知したみさきが、おずおずと聞く。
「誰か…知り合いの人がいたの?」
「…ああ。後輩だよ。正義感の強い奴でな、こんなバカなゲームに乗る奴じゃなかった」
それきり、浩之は口を閉ざしてしまう。みさきはどんな言葉をかけていいのか分からなかった。
さっきは、あんなに私を元気付けてくれたのに。どうして私は何も出来ないのだろう…
そう思いかけて、みさきはその考えを打ち消す。こんなことじゃいけない。今度は、私が浩之君を元気付けてあげないと。
「浩之君。ちょっとごめんね」
そういうなりみさきは浩之を胸元に抱き寄せる。
「川、名…?」
浩之が困惑した声を出す。みさきはそのままの体勢で言う。


「大事な人が亡くなったら、思いきり泣いていいと思うよ。私には、これくらいしかしてあげられないけど…でもこれなら泣いてるとこ、誰にも分からないと思うから」
浩之はしばらくそのまま押し黙っていたが、やがてゆっくりと顔を離した。
「浩之君…」
「…いや、ありがとな。気遣いは嬉しいけど、涙はまだ流す時じゃねぇ。このクソったれたゲームから脱出できた時、思い切り泣かせてもらう。その時に、な」
浩之の声は、もう元通りのものに戻っていた。みさきはほっ、と胸の内で安心する。
「さ、行こうぜ。ともかく休めるところを探さねーと」
そう言う浩之の頬からは、みさきに気付かれないように流した、一滴だけの涙があった。




藤田浩之
 【時間:1日目午後6時過ぎ】
 【場所:G−05】
 【所持品:無し。それまでの荷物は街道に放置】
 【状態:足を打撲。一人では歩けない】

 川名みさき
 【時間:1日目午後6時過ぎ】
 【場所:G−05】
 【所持品:無し。それまでの荷物は街道に放置】
 【状態:健康】
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