知らされた事実、知らされなかった事実




鎌石村分署についた藤井冬弥と七瀬留美は、役に立ちそうなものは無いものかと物資を漁っていた。
だがどの部屋にもそれらしきものはなにもなく、所在無く散らばる辞書が誰かがいたような形跡を醸し出していた。
結局有用になりそうなもので見つかったのは、一台のノートパソコンと、誰かの支給品と思われるバックのみだった。
「インターネット環境でもそろっていれば助かるんだけどな」
そうごちりながら、冬弥はノートパソコンの電源をつけた。
「えーっと……結構型が古いな。ん、『参加者の方々へ』?」
デスクトップに置かれたフォルダをためらい無く開き、中のファイルを開いた。
画面上に現れたのは、ロワちゃんねるの文字。
「なんです?これ」
「うーんよくわからないけど、にちゃんねるみたいなものじゃないかな」
由綺の世論を調べるのに頻繁に利用していた冬弥は、慣れた手つきでパソコンを操作している。

スレッドは三つ。
その中の一つのタイトルを見て二人から笑顔は消えた。
――死亡者報告スレッド。
マウスを握る手が震える。
もし由綺の名前があったら、俺はどうする?
そう思うと怖くて開けなかった。
飲み込む唾の音が妙に大きく聞こえる。
心臓がドクドクと全身を打ち付けるように感じて痛いぐらいだ。
「藤井さん……」
留美の言葉にハッと我に帰った。
不安そうに見つめるその瞳が冬弥の精神に幾許かの平穏を与える。
「……ああ」
だが彼の想いもむなしく、無慈悲に審判は下された。

――何故だ何故だ何故だ!
両拳を机に叩きつけながら、やり場の無い怒りをぶつける。
探し人の一人、緒方理奈の名前がそこにはあった。
――なんで理奈ちゃんが死ななくちゃならないんだよっ!!

負の感情で狂いそうになりながら、拳を振るう。
その拳は自身の血で赤く染まりながらも、感じることの出来ない痛みにまた苛立ちは募っていた。
何も出来ずに、ただ留美はその様子を見つめていた。
自分の知り合いの名前は無かった。
そう安堵していた自分を恥じる。
誰かが死んでいるということは悲しむ人もまた、いるはずなのに……。

「!?」
留美は思わず耳を澄ました。
冬弥にも聞こえたのか、拳がようやく止まる。
どこか遠くから聞こえた花火にも似たその音。
そして続けざまに耳を轟音が襲う。
わけもわからず呆然としたまま二人を静寂が包む。
そして再び爆音。
冬弥は気付く。
――誰か戦っているのか?爆弾か?
考えるより早く身体は動いていた。
ライフルを手に持つと扉に向かって駆け出していた。
「くそっ、由綺ぃっ!」
だが飛び出そうとするその身体は、留美によって必死に抱きとめられていた。
「なにするんだ!」
「だめっ!」
冬弥の叫びを無視して今にも爆発しそうなその身体を必死に押さえ込む。
「今の藤井さん……おかしいよ、今にも壊れちゃいそうで、行かせられない!」
「いいから離してくれっ!もしかしたら由綺が……、由綺が襲われてるかもしれないんだっっ!!」

パシッ!
冬弥の顔が揺れた。
留美が涙を流しながら冬弥の顔面に叩きつけていた。
「落ち着いて……くれませんか?」

留美は思わず飛び出していた右手をゆっくりと引っ込め、震えながらそう呟いた。
数秒の沈黙――留美を見つめる冬弥の目は、冷たく光っていた。
「……邪魔するな」
返ってきたのは無機質な言葉と……銃口。
必死の訴えも冬弥には届いてはいなかった。
覚悟を決め両拳に力を籠めると、冬弥の鳩尾に叩き込んだ。
「……ゴッ」
その強力なボディーブローの前に、呻き声と共に冬弥の身体が力なく崩れ落ちていった。
気絶した冬弥の身体をそっと壁に寄りかけると、自身もその場にぺたんと座り込み呟いた。
「……ごめんなさい」



どれだけの間そこにいたのだろうか……外からはもう何も聞こえない。
代わりに鳴り響いたのは謎の青年の放つ死者の放送。
――繭……
気絶した冬弥の手を握り、横顔を見つめた。
――もう『みゅー』って髪引っ張ってくれないんだね……
ただただ悲しかった。
先ほどの冬弥の悲しみが理解でき、自身も爆発しそうな想いに駆られた。
だが行動を起こさせる暇も与えず流れた名前が、留美を戦慄させた。
――森川由綺も死んだ……
この事実を彼が知ったらどうなってしまうのか。
おそらく壊れてしまうだろう、そんな予感がした。
握る手に力がこもる。
「浩平……あたしどうすればいいのかな……」




七瀬留美
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式】
 【状態:乙女モード】
藤井冬弥
 【持ち物:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、他基本セット一式】
 【状況:気絶中、放送は聞いておらず由綺の死は知らない】
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 【時間:放送後】
 【場所:鎌石村消防分署】
 【備考:ノートパソコンや支給品は杏のもの】
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