星空




仁科りえは、必死に走っていた。
とうに体力は尽きていたが、恐怖心だけが彼女の足を動かし続けた。
背後からは、もはや狂気の塊と化している姫川琴音が迫っていた。
琴音も体力を相当消耗しているに違いない。

しかし、それでも琴音は笑っている。
かつて琴音だった者は、狩りを楽しんでいる。
もう二人の距離は数メートル程しかなかった。

「ハァ・・・・、ハァ・・・・」
必死に走る。それでも距離は離れないどころか、少しずつ縮まっていく。
琴音は足にダメージを負っているにも関わらず、だ。
死との距離が、縮まっていく。

苦しい。もう息が出来ない。
左腕が凄い痛い。
もう嫌だ、誰か助けて!!
私何も悪い事してないのになんで!?
死んじゃう、このままじゃ死んじゃうよぉ!
嫌嫌嫌嫌ぁ・・!!

混乱する思考。もう声も出ない。

そして・・・・・。
ガシッ
「いやぁぁぁぁっ!!」
死そのものに、肩を掴まれた。





「もうすっかり暗くなりましたね〜。」
「ああ。暗い状況で動き回るのは危険過ぎる。そろそろ今晩の拠点を探さないとな」

柳川祐也と倉田佐祐理は、街道を歩いていた。
どうやってこのゲームを止めるべきか。それはまだ見当もつかない。
このゲームを止めるには、とにかく情報と人数が圧倒的に不足している。

村は人が集まりやすく、情報を集めるのにも仲間を集めるのにも適している。
そう考えるとすぐにでも村に向かうべきだったが、
人が集まりやすいという事は襲撃者も集まりやすいという事だ。
夜に村を探索するのは待ち伏せ等の危険性が高過ぎる。


そう判断した柳川達は、氷川村に近い場所で落ち着ける拠点を探して、
翌日に村へと向かう事になった。

「お前は確か、舞という女と祐一という男を探しているんだったな。どこにいるか、見当はついていないのか?」
「いえ、残念ですが、全く分かりません・・・。スタート時からバラバラだったので・・・。」
「・・・・・。」
暫く沈黙が続く。


佐祐理はふと、空を見上げた。
「はぇー・・・・。この島の夜空は凄い綺麗ですね・・・・。」
感慨深げに、そう口にした。

そう言われて柳川も空を見上げた。
確かに綺麗である。空には無数の星が見えていた。
彼の地元の夜空も都会に比べれば遥かに綺麗ではあったが、
この島から見る夜空に比べると若干見劣りする。
「ふむ・・・。ここ数年、夜空をじっくりと見る事など無かったが、確かに悪くないものだな。」



こんな状況で無かったならもっと良かっただろうにな、
とも思ったがそれは敢えて口にしなかった。
夜空はこんなにも綺麗なのに、辺りはこんなにも静かなのに、
殺し合いは今も変わらず行なわれている。
それがこの島での現実。否定しようのない、非情な現実。

二人は暫く空を見上げながら歩いていたが、突如それは中断させられる事となった。
「・・・・・何だ?」
ザシュ・・・。
ザシュ・・・・。
前方から、何かが聞こえてくる。
前方に何かが見える。
遠くてよく見えない。

「人か・・・?一体何をやっているんだ?」
「ここからだと暗くてよく見えないですねー・・・。」

慎重に近付く。そして、目の前で起こっている事態に気付いた時、
柳川は即座に駆け出していた。

近付いた彼が目撃したのは、凄惨を極める光景だった。
血まみれの少女が、もう一方の少女に、ナイフを突き立てている。
もはや地面に倒れ伏せ、ピクリとも動かない少女、仁科りえの背中に、
何度も何度もナイフを突き立てている。
まるで、スコップで砂場を掘って遊んでいる子供のように、笑いながら、何度も何度も突き立てている。



「貴様・・・・・!!」
声をかけると、姫川琴音は立ち上がり、柳川の方を見据え、ぞくりとするような恐ろしい笑みを浮かべた。
それを見た瞬間、柳川の体全体に凄まじい悪寒が走った。
少女の体躯は小柄であったが、この迫力は自分と同族の者達―――鬼と比べてもまるで遜色が無いのではないか。
見かけに騙されるな。
全力で戦わなければ、確実に殺される。
柳川の体の奥に眠っている鬼の本能が、そう告げていた。
柳川は少女に向け、銃を構えようとした。

その時――
「柳川さん!!」
遅れて佐祐理が、走ってきた。
異常な状況に混乱しているのか、もしくは血まみれの少女の威圧感に気付いていないのか。
恐らく両方であろうが、ともかく彼女は武器も構えず無防備に駆け寄ってくる。

「くるなっ!!」
目の前の女は飛びぬけた戦闘能力も強力な武器も持たない者が近付いていい存在ではない。
柳川が慌てて制止の声を掛けた、その時だった。

柳川が隙を見せたその瞬間に、彼女は一直線に走りこんできた。
血まみれの顔に、歪んだ笑みを浮かべたまま。
狂気の全てを、そのナイフに籠めて。
柳川も馬鹿ではない。十分に距離を取っている筈だった。狙撃するのに何も問題は無いはずだった。
しかし今の琴音の速度は常識では考えられない速度だった。

狂気に憑かれたモノと鬼の、戦いの幕が開ける―――。




【時間:1日目 19:45頃】
【場所:g-9】
 仁科りえ
【所持品:拡声器・支給品一式】
【状態:死亡】

 姫川琴音
【所持品:支給品一式、八徳ナイフ】
【状態@:狂気、異常筋力。右側頭部出血、左足がドス黒く変色、他細かい傷多数】
【状態A:限界以上の筋力を引き出している為、体中の筋肉がダメージを受けている。18時間半後に首輪爆発】


 柳川祐也
【所持品@:出刃包丁/ハンガー/楓の武器であるコルト・ディテクティブスペシャル(弾数10内装弾3)】
【所持品A二連式デリンジャー(残弾3発)、自分と楓の支給品一式】
【状態:疲労】

 倉田佐祐理
【所持品@:支給品一式、 吹き矢セット(青×5:麻酔薬、赤×3:効能不明、黄×3:効能不明)】
【状況:呆然。ゲームの破壊が目的。】
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