分岐点




折原浩平と七瀬彰は鎌石村の西部にある民家を中心に活動していた。
活動内容は主に食料と武器の調達。

「なんとか飯を調達できないか?」
「何か武器になりそうなものが有ればいいんだけれど……」
それぞれの意見から家捜しが始まったが、如何せん彰は怪我人だった為、作業は休憩を挟みながらとなった。
休憩中は情報…主に、探し人についてのやり取りも行った。
もっとも、彰は少女を襲って失敗した事については伏せたままであったが。

「……で、結局見つかったのはこれだけか」
「……そのようだね」
結局、見つかったものは支給品と同じパンがいくつかと包丁が一本。
戦果としてはかなりしょっぱいものである。
水道は活きていた為、飲み水が自由に使えるのはありがたかったが。


「隣の家も見て回ったほうが良さそうだな」
そう浩平が言うと彰も賛同し隣の家捜しもすることとなった。
―――もし、この世に分岐点というものがあったとすれば、まさにこの一言がそれだったに違いない。


他の参加者とかち合わないように十分に気をつけて行動する二人、玄関から出たところで浩平が彰に注意を促した。
門の影に隠れる二人。
だが、次の瞬間、彰は弾かれるように表に飛び出した。

「美咲さん!!」
そう。 そこに現れたのは、迷走し、傷つき、未だ幻覚に苛まれている、澤倉美咲その人である。
だが……

「あ…ぁぁぁ……」
美咲の表情に生気は無く、何か恐ろしいものでも見るような、それでいてどこか虚ろな視線を彰に投げかける。
一歩、また一歩後ろず去りをする様を見て彰は美咲の精神状態が普通ではないことを悟った。
次の瞬間。美咲がその場からその場から逃げ出すよりも、浩平が声をかけるよりも、彰が何かを考えるよりも速く、
彰は美咲を抱きしめていた。

「おい、ここじゃマズい! 中に入るぞ!」
一歩遅れて浩平はそう言うと、元居た民家に美咲ごと彰を引きずりこみ、扉に鍵をかけてようやく一息ついた。
彰は美咲を抱きしめたままである。

「その人があんたの言っていた美咲さんか、普通の状態じゃないようだけど」
「…ああ、そう…だ。っ僕…の一番…大切な人だ……」

何かを堪える様な彰の様子に浩平が訝しがる。
良く見ると美咲の爪は彰の背中に食い込み、容赦なく掻き毟っている。

「お、おい! それ……」
浩平が彰に何かを言おうとしたが、それは彰の言葉によって遮られた。

「…た…ぶん、幻覚っ…剤…何か…投与され…痛っ…ていると……思う……」
「だけど、そんな事を続けてたらあんただって唯じゃ済まないぞ!」
「…構う…っもんか……美咲さん…が…これ以…上…傷…つくより…は万倍…マシだ……」


「…分かった」
浩平は彰の言葉を聞き終えると、一言だけ残して奥の間に姿を消した。

「美咲さん、大丈夫だよ、僕がいるよ」

繰り返し呟く彰の言葉を耳にしながら。


奥の間で、一人になった浩平はバッグからだんごを取り出しては投げていた。
いや、投げるのは退屈ついでであり、主に考え事をしていたのだが。
(七瀬の奴、カッコつけやがって。惚れた女の為なら命だって投げ出せるってやつか?)
(だけど……くそ! …カッコ良いじゃないか!)
(俺はどうなんだ?会いたい奴等はいる。守ってやりたいとも思う。だけど、あそこまで出来るのか?)

浩平の思考はぐるぐる回り、バッグの中に詰め込まれていただんごが遂に最後の一個になった。

「……消毒の準備でもしておいてやるか」
最後のだんごを投げ飛ばしながら浩平は考えるのをやめる事にした。


――――――――――
こわい、こわい、怖い!
逃げる、逃げよう、逃げるんだ……
何か、何かが私を追いかけてくる!
やめて、やめて、やめて!
走る、走る、はしる!

ああ、逃げてきたのに…逃げてきたはずなのに……
前、前からも何かが来る。
逃げなきゃ、逃げる?でも何処に?
つかまる、捕まった。逃げられない。
殺される、殺されるんだ……
やめて、殺さないで、放して!
あ、ああぁぁぁぁぁ……


とくん……

!!

とくん、とくん、とくん……
ああ……なんて心地の良いリズムだろう。
でも、このリズムは一体なんだろう?

温かい何かが私を包んでいる。
熱のある誰かが私を包んでいる。

誰かが囁く声が聞こえる。
でもさっきみたいな不快感はない。
むしろもっと聴いていたい。

誰の声? 知りたい!
目を開ける? 開けよう!
ああ、光だ… 光が…広がっていく……
――――――――――

私が目を開くとすぐ傍に見慣れた顔…七瀬くんの顔があった。
七瀬くんは私を抱きしめていて耳元で「大丈夫だよ」と囁いてくれていた。

首と手、それに体中の痛みを感じ、手に篭っていた力を緩めると七瀬くんは
少しだけ顔をしかめて、でも直ぐにいつもの顔に戻って「おかえり、美咲さん」と言ってくれたのだ。

七瀬くんに連れられ奥の間に行くとそこはちょっと不思議な光景だった。
丸いものが大量に散らばっていて、その中に一人の男性が……!!

「大丈夫だよ、美咲さん。こいつは信用できる奴だから」
彰は、怯える美咲にそういうと美咲から怯えの表情が消えた。
彰は浩平に美咲を紹介しようとした。が、

「挨拶は後で良いよ。それより先に傷口の消毒と着替えをしたほうが良い。」
そう言われて彰は美咲の傷が結構深い事実を思い出した。
てきぱきと用意されていた布と日本酒で簡単な消毒と止血を行った。

「美咲さん、痛いと思うけどちょっと我慢してね」
「うん、大丈夫だから」
傷口に日本酒がしみるが、美咲は彰に余計な心配をかけまいと痛みに耐えていた。

「折原、ありがとう。 わざわざ準備してくれて」
「いいから背中出せ、消毒してやる 」
言うやいなや浩平は残っていた日本酒を全て彰の背中にぶちまけた。
激痛が走り、大声で叫びそうになるがそこは美咲さんの手前、無様に叫ぶわけにはいかない。
激痛をかみ殺し、一言だけ漏らした。

「……心の準備ってものがあると思うんだけどね」


自己紹介もすみ、暫くして浩平が口を開いた。

「それで、これからどうするんだ。」
「氷川村に診療所があるらしい。出来れば美咲さんを本格的に手当てしたいと思う」
「一人でも多くの人に私に毒を盛った女性のことを知らしめたいと思ってます」

二人の意見を聞き、浩平は少しだけ考えると、

「じゃあ、俺も同行するよ。 怪我人二人で行かせるのも目覚めが悪いし、道すがら誰かに会うかもしれないしな」
「ありがとう、折原」
「礼はいいよ。 ついでだ、ついで」
浩平はそう言って笑った。

だが……

「――諸君、聞こえるか? これより死亡者の報告を行う」
奇妙に甲高いウサギの声が響き渡った……




【折原浩平】
 【所持品:包丁、パン、支給品一式、だんごは放置】
 【状態:健康】

【七瀬彰】
 【所持品:武器以外の支給品一式】
 【状態:右腕、背中に負傷】

【澤倉美咲】
 【所持品:無し】
 【状態:薬物からは脱却、手と首に深い傷、体中に打撲傷】
 【状態:対人恐怖症(彰・浩平以外)薬品恐怖症】

 【時間:1日目6:00直前】
 【場所:C-03】
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