転落前




あれから誰に会うでもなく、目的地であった鎌石村消防署に到着することができた。
距離的にもそこまでなかったため、時刻もそれほど過ぎていない。
道中、人とすれ違うこともなかった。
知人に会えないのはつらい、だがそれ以上にゲームに乗っているであろう人物に出くわしたことがないのは運がいい。

「開けるよ、七瀬さんは後ろに下がってて」

藤井冬弥は警戒しながら、建物の中を覗きこむ。
その後ろ、七瀬留美は扉の向こうというよりは背後の気配に神経を集中し、奇襲に対する警戒強めた。
中に人気が無いことを確認し、素早く滑り込む冬弥。
留美もすぐ後を追った。


鎌石村消防署、ここは消防署と呼ぶにはあまりにも規模が小さかった。
まず、駐車場は大きさからして消防車二台程しか入らないサイズ。
(今はその消防車自体がないので、ただの長方形のスペースになっているのだが)
建物は二階建て、こじんまりとした作りはアパートを彷彿させる。

「夜に外を歩き回るのも危険だし、今夜はここで休みたいところだね」

冬弥の申し出に対し、留美も意見は無かった。
宿直室は小さいかもしれないが、どうせ一人は見張りとして起きていなければいけないのだ。
早速、中をチェックして回る。
誰かが隠れていても厄介である、作業は慎重に行われた。
・・・その時、ふとした異変に気づく。


「・・・あれ、何かいい匂いする」

鼻につくのは、空腹を刺激する食べ物の匂い。
出所は給湯室、ドアを開けるとそれは益々強くなった。
・・・が、当の料理は見当たらず。
むしろ、洗われたばかりであろうフライパンなどが立てかけてある、流しが目についた。
これの指す意味、即ち。

「ついさっきまで、誰かここにいたってこと・・・?」

留美の呟き。
別に話しかけた訳ではないが、冬弥は答える。

「窓を開けていないから、多分それで匂いだけ残っちゃったんだろうね。
 ・・・うん、食器にも使用感がある。それにこの部屋だけ埃臭さがない。」

一体誰がいたのだろうか。
それを知る術は、今の二人には、ない・・・。



この場所自体に食べ物は置いていなかった。
水道は使えたので、飲み水に困ることが無かったのは幸いだった。
支給されたパンを食べながら、二人は今になってお互いの知り合いなどの情報交換を始める。


「この中で私の知ってる人は、みんな同じ学校っていう共通点があるんです」
「そっか・・・そういう意味では、俺の方は変な感じなのかな」
「どういうことですか?」
「大学の知り合いとか、バイト先で知り合った芸能人とか。何ていうんだろ、あんまりまとまりがない」
「え、芸能人って、もしかして・・・」
「ああ、緒方理奈に森川由綺。二人とも顔見知りだよ」

ガタンッ!留美の椅子が揺れる。
それは、彼女が急に立ち上がったから。

「ま、まさか!あの乙女の中の乙女、キングOF乙女・森川由綺の知り合いに巡り合えるなんて!!」
「ぇ、な、七瀬さん?キングは男じゃ・・・」
「私ファンです、大ファンです!CD買いました、サイン会行きましたっ」
「そ、そうなの?ありがと・・・」

冬弥、苦笑い。
思わず握りこぶしで熱弁していた留美は、その様子ではっとなる。

「え、わ!す、すみません、私ったらつい・・・」
「いやいや。七瀬さんって面白いね」
「・・・・・」

正直、やはりどう対応していいかやりにくい感は残る。
今まで自分の周りにいないタイプの男性であるから、どうしても猫かぶり時の自分の方が前面に出てしまうらしく。
強気に出れないというか、何というか。


(うう・・・むず痒いというか、もう!私にどうしろってのよっ)

留美の葛藤は続く。
その様子を、冬弥は微笑ましそうに眺めるだけであった。






そして、時刻は6時を迎える。

ゴトリ。響いたのは、冬弥の落としたペットボトル。
飲んでいたところだったから、蓋は外れたままで。
床にしかれたカーペットが、ボトボトこぼれる水で塗らされ、そこだけ色が濃くなってゆく。

それはまるで、冬弥の心中を表しているかのようだった。




七瀬留美
 【時間:1日目午後6時】
 【場所:C−05・鎌石村消防署】
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式】
 【状態:呆然】

藤井冬弥
 【時間:1日目午後6時】
 【場所:C−05・鎌石村消防署】
 【持ち物:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、他基本セット一式】
 【状況:呆然】
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