日が沈む頃に、ようやくリサと栞は海の家まで辿りついた。リサは海の家、というものを初めて見るのだが、ざっくばらんとしていてあまり良い印象は持たなかった。 …と言うより、明らかに誰かがここを物色していった形跡がある。流石にまともな武器はないだろうが、食料は持っていかれた可能性がある。十分な量の食料を得るのは期待できそうに無い。 それより気になったのはこの制服だ。きれいに折り畳まれており、まるで何かの覚悟を示すかのようにさえ思われる。 服には血痕も破れた跡も無かったことから、戦闘があったことを隠すために着替えた可能性は低い。…だとすれば、このゲームを止めるための「覚悟」であった可能性がある。 「血気にはやって、無茶な事は起こさないで欲しいものね」 リサは知る由もないが、この制服の持ち主、松原葵は既に琴音の手にかかり、二度と戻らぬ人となっていた。 丁寧に制服を畳み直したとき、外にいる栞から声がかかった。 「リサさーん、ちょっと外に来て下さーい! 凄いですよ!」 何事かと外に出てみると、目の前にはまさに水平線に沈もうとする夕日の姿があった。 「Wow…見事なものね」 「ですよね? 何だか、ドラマみたいでロマンチックです」 それを聞くと、リサは意地悪く笑いながら栞を押し倒した。 「リ、リサさん?」 「ドラマだったら、主人公はこうしてるわね。そして、二人は愛の口付けを交わすものよ」 そう言いながら、唇を栞に近づけていく。 「わわわっ、じょ、冗談はやめてくださいっ」 栞が暴れ出すと、リサはパッ、と手を離して立ちあがった。 「ふふふ、もちろんジョークよ。可愛いんだから」 「も、もう…そんなことする人嫌いです」 「あら、さっきのお返しよ」 「…うー」 先程とは対照的に、今度は栞が拗ねた。 「さて、遊びはここまでにして早く家を調べましょう。まだ食料の有無を調べてなくってね」 「…うー、ひどいです」 ぶつぶつ言いながらも海の家に移動し始めた。その時、どこからか若い男の声が聞こえてきた。 「――みなさん聞こえているでしょうか。今から僕は一つの放送をします。これは今後朝の6時と夕方の6時に1日2回定期的に行われます。 出来るだけ聞き逃さないようにしてください。あなたがたの大切な人の命に関る問題です。これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です」 「!?」 二人の間に戦慄が走る。 (あの男の声じゃない…徹底的に自分の正体は隠したいってワケね――!) リサは内心で歯軋りしつつ、放送に耳をそばだてた。 「――それでは発表します」 ……… …… … 「――以上です」 その言葉を最後に、ぷつりと音声は途絶えた。リサが見ると、となりにいる栞が、唇を噛んで震えていた。 「栞…?」 栞の姉、つまり苗字が「美坂」の人物はいなかったはず。リサは栞の顔を覗き込みながら聞いた。 「…大切なお友達が、あの中に入っていたんです」 「………!」 「月宮…あゆちゃんって言うんです。私の、大切な友達…」 リサの心が、怒りに震える。こんな、こんなことがあっていいのか。リサは自分の無力さを痛感せずにはいられなかった。 (…何が、地獄の雌狐よ。肝心な時に、何も出来やしない――!) 血が滲むほど拳を握り締めた。しかし、ここで焦ってはならない。焦って動いても、今は無駄死にしかねない。今は、ただ耐えて、時を待つしかない。 (けど、時が来たら必ず奴らを潰す。それまで、椅子の上でふんぞり返ってなさい) 「…リサ、さん?」 栞が、心配そうに声をかけていた。リサは「なんでもないのよ」と言ってかぶりを振った。 「…ひょっとして、リサさんもあの中に友達の方が――」 そこまで言いかけて、栞が口をつぐむ。聞いてはいけない、と思ったのかもしれない。 「心配しないで。あの中に、知人はいなかったわ」 嘘だった。大切な仲間の一人、伏見ゆかりは既に命を落としている。だが、栞にこれ以上不安を与えてはならないと思い、リサはあえて言わなかった。 「さ、それより作業の続きよ。栞も手伝って。腹が減ってはナントカ、って日本の諺にもあるでしょ」 「あ…はいっ。待って下さい」 戻る途中で、やや冷静さを取り戻したリサはふとある事実に気付いた。篁の名前が、リストにあったのである。 (あの男が、殺られていた? 主催者ではなかった、ということなの?) 彼自身が参加していたのは戦いを楽しむ為だと思っていたが、まさか醍醐に続いて奴もとは。では、一体誰が主催だというのか。 (篁以上の権力を持ち、なおかつ篁を知り尽くしている組織…) …そんなものが、この地上に存在するのか? リサは得体の知れぬ主催者に、少しだけ慄いた。 『美坂栞(100)』 【時間:1日目午後6時半ごろ】 【場所:G−9、海の家に向かって移動】 【所持品:支給品一式、支給武器は不明】 【状態:健康】 【備考:香里の捜索が第一目的、海の家で食材を探す】 『リサ=ヴィクセン(119)』 【時間:1日目午後6時半ごろ】 【場所:G−9、栞と同上】 【所持品:支給品一式、鉄芯入りウッドトンファー】 【状態:健康】 【備考:宗一の捜索及び香里の捜索が第一目的、海の家で食料を探す】 【備考:葵の制服は海の家に放置されたまま】 - BACK