喜びも束の間




「―――みま……みま……」
「…………うぅ」
「…………うっぷ」
「…………」
「…………ゴクリっ」

 牛丼制覇を目指した数時間前。
 途方もない量に眩暈を起こしたのもつい先程のことだ。
 始めは二人だった。 
 聳え立つ魔物の群れに、勇猛果敢にも挑むが見事に返り討ちだった。
 だが、彼女達は諦めなかったのだ。何の得も実益もない。
 膨れた腹の泣き言を黙殺して、愚考にも更なる苦行を重ねた。
 引くに引けない理由があったのだ。
 鮮度が落ちる前に、脂滴る肉汁が乾いてしまう前に。 
 ―――食べてしまう必要があったのだ。
 食して分かったことがある。 
 この白米は、この牛肉は、そんじゃそこらのチェーン店が構える輸入産とは訳が違う。
 即ち国産。即ち高級。
 無駄に金を掛けたこの牛丼、今食べずしていつ食べるか。
 決まっている。美味い内に食べるのは至極当然のこと。今貪るのだ。
 牛丼をこよなく愛する川澄舞(028)が、どうして引けようか。
 だから、必ず完食する。全丼特盛仕様だが、何が何でも完食する。

 そして願いは確かに届いた。新たなる勇者の到来と共に。
 一人増え、二人三人と同士を増やして。
 そして今、牛丼の牙城が陥落する。最後は、最大の戦歴を誇った舞の一刺しで締め括りとする。
 
「―――みま」

 皆が緊張で見守る中、舞は最後の一口を口に入れ、ゆっくりと租借した後、静かに箸を置いた。

「……はちみつくまさん」

 歓声が沸いた。

「と、とうとう……とうとうやったんスね……!」
「ああ、ああ……っ! 俺達はやったんだよ!」
「ただの牛丼だと舐めてたわ。脂が堪える……」
「……いや、しかし。マジで美味かったな」

 途中参戦の吉岡チエ(117)と住井護(059)はお互いを称え合う。
 その傍らでは、脂分を気にした長岡志保(071)と最大級の食材に感心した柏木耕一(019)が転がっていた。
 この島で、ここまでのご馳走を味わえたのは幸運ともいえる。
 各々が満足気に時を過ごしていると、はたと気付く。
 此処が何処で、何故か大所帯になっていることに。

「……そういえば、誰だアンタら……?」
「いやいや、アンタこそ誰っスか?」

 住井が突如現れた形となる志保と耕一に尋ねるが、チエ達からすると住井も同じことだ。 
 お互いがお互いで顔を見渡す中、舞は平然と楊枝で歯を突付きながら、ボソリと口を開いた。

「川澄舞。舞でいい……」
「あ、そっか。俺は住井護。適当に呼んでくれよ」
「吉岡チエっす。よっちって呼んでください!」 
「オッケイ! あたしが長岡志保。こっちが―――」
「柏木耕一だ。改めてよろしくな」

 舞の一言に、思い立った様にお互いで自己紹介をする。
 この中にゲームに乗った者がいるなど、彼等は決して思っていなかった。
 同じ志の元に協力したのだ。既に信頼関係が不思議と刻まれている。
 そしてここ数時間、牛丼関連以外で会話をしていなかった事実を思い返して愕然とし、ようやく本来すべき会話のために舌を走らせた。
 各々の行動方針はいずれも違いはない。主催者の対策に尽きる。
 一先ず自分が知りえる情報を交換していた。

「でも、あたしと舞先輩は牛丼食べてばっかだったから、ココにいる人以外は見てないっスよ」
「それは運がいいというか……。でもな、確実にゲームに乗っている奴はいるぞ。
 実際人が一人殺されたんだ……。確か、そうだ。長岡さんと同じ制服だったぞ」
「え、ええぇっ! また……。あたしと耕一さんも後輩に会ったんだけどね……」
「姫川琴音、だったかな。長岡の後輩は……」

 実際に殺し合いが行われている現状を耳にして、彼等は一様に口を閉ざした。
 舞とチエに至っては、この島に来てから牛丼しか食べていないのだ。
 チエは彼等の情報を元にすると、今更ながらに親友の安否を気にかける。

「うぅ……このみ大丈夫かな。そういえばちゃるもいるし……」
「よっちが探してるのはその二人なの? このみってのは……この柚原ね」
「そっス。おばさんもいるみたいだし……。あとは山田ミチルっていう狐っ子っスね」
「ふむふむ。あたしは藤田浩之と神岸あかり、それと佐藤雅史の三人ね。幼馴染だから信用はできると思う。そっちは?」
「とりあえず折原と合流したいかな。比較的仲いいのがコイツぐらいだしな」
「俺は言わなくてもいいと思うけど、柏木姓の四人だ。従姉妹なんだよ」

 全員が名簿を取り出した。
 それぞれが自分に関連する参加者の名前をあげて、一応名簿にチェックを入れる。
 姫川琴音の欄と、探し人の欄に記入漏れがないように書き入れた。
 そして、一向に口を開かない舞に変わって住井が声を掛ける。
 
「ところで川澄さんはいないのか?」
「……佐祐理と祐一」
「えっと……相沢祐一と。……倉田佐祐理だな」

 名簿に目を落としながら住井は再びペンを走らせる。
 それに習い皆も手を動かすが、舞が唐突に空を見上げた。
 彼女の耳に、なにか雑音のような音が聞こえてきたのだ。電波のノイズのような音だ。
 その行為を訝しんだチエは舞へと口を開こうとするが、黙ってという彼女の一言のために口を噤んだ。
 皆が静まり返る仲、放送が流れる。

『――みなさん聞こえているでしょうか―――』

 突如島全体へ流れる放送。流暢に喋る男の声が聞こえてきた。
 皆は何が起こっているか分からずに困惑としている。舞を除いて。
 彼女は、その男の声に心当たりがあったため、小さく眉を顰めて呟いた。

「―――久瀬……?」
「え? くぜって……」

 その声を聞き取ったチエは舞へと訪ねようとするが、久瀬の決定的な一言に言葉を失った。

『―――これから発表するのは……今までに死んだ人の名前です』
「―――なっ!?」

 全員が驚愕に顔を歪めた。
 そんな彼等を他所に、放送は淡々と続いていく。 

『015緒方理奈―――018柏木楓―――』

 ビクリと、耕一が肩を震わせた。

「―――楓、ちゃん……」
「耕一さん……」

 耕一は唖然と空を見上げていた。
 志保は不安気味に耕一へ視線を寄せるが、次は彼女が唖然とする番である。

『097松原葵―――110森川由綺―――以上です』
「ウソ……。松原さんまで……」

 最後まで、何の感情も浮んでこない淡々とした放送は終わった。少なくとも、彼等にはそう聞こえていた。
 志保と耕一以外は幸いにも知り合いの名前が呼ばれなかったため、安堵したい気持ちもあるのだが―――

「はは……。なんだよこれ、楓ちゃんが死んだ? ……ふざけんなっ!!」
「こ、耕一さん……っ!」

 悲しみを塗り潰した怒りが頭に昇り、耕一は激情の赴くままに近くの巨木へ拳を叩き付けた。
 拳が擦り切れようが関係ない。殺した人間への憎しみと、自身の不甲斐無さに、彼は何度も何度も拳を叩き付ける。

「―――楓ちゃんはっ……楓ちゃんは死んでいい人間じゃないんだよ!! 無口でもっ! 優しい子だったのに!! クソっ、クソっ!」
「ちょ、血が出てるからやめてくださいってば!」
「おい耕一さん!! もうよせって!」

 チエと住井が必死になって耕一を大木から距離を置かそうと身体を引っ張るが、二人掛かりでもビクともしない。
 それも当然だ。制限されているとはいえ鬼の力は健在であり、少年少女の力でどうにかできるものでもないのだ。
 志保も顔を俯かせており、当てにはできない。
 懸命にチエと住井は引き剥がそうと躍起になっているところに、舞は焦ることなく近づいた。
 そして、常人なら怯むような轟音を響かせる耕一の拳を、こともなく鷲掴みにした。

「見苦しいからやめる」
「っ!? お前に何が分かるんだよ!! 死んだんだぞ!? 妹同然の子が! 何の前触れもなくだ!! 何が分かんだよお前に……っ!」

 舞は耕一の言動に取り合わず、動きの止まった拳を離して彼女は自分のバックへと歩み寄る。
 怒りの矛先を失った耕一は、自身の無力さに力なく項垂れた。
 ある意味一瞬で耕一を治めた舞を感謝の眼差しで見つめていたチエと住井だが、当の本人が荷物を纏めて歩き出したことに慌てて声を掛ける。

「ちょっとちょっと舞先輩、何処に行くんですか!?」
「……決まってる」

 振り返った舞はしれっと答えて、項垂れる耕一へと目を寄せた。

「耕一。そこで自分の無力を呪ってればいい。何もしてないのだから当然のこと。あなたも、志保」
「川澄さん……何もそんな言い方しなくても……」
  
 少し厳しすぎる物言いに住井は咎めようとするが、それさえも無視して舞は歩き出す。
 その背を茫然と見送り、皆が行動を決めかねていると、耕一が大きく息を吐く。

「待ってくれ川澄! お前はこれからどうするんだ……?」

 耕一の制止の声に、舞は振り返らずに足を止めた。

「……佐祐理と祐一を探す。ついでに皆の探している人も」
「そっか。そうだな……。何もしてなかった俺が悔やむのは可笑しな話か……。―――よし分かった! 俺も付いて行くぞ!!」

 パンっと頬を叩き、気弱な自分の心に渇を入れた耕一は、自身の荷物を担いで舞の背を追った。
 そして始めから同行する気でいたチエも、急いで荷物を抱えて駆け出す。
 小さく溜め息を吐く住井もバックを背負って、唖然と立ち尽くす志保へと歩み寄る。

「長岡さんも早く行こうぜ。こんなとこで立ち止まってちゃ、あいつ等に置いて行かれるぞ?」
「ふぅ……。ヒロはもっとショックを受けてるだろうしね。あたしがこんなんじゃ駄目よね……。さあ! あたし達も行くわよ住井君!」

 頭を振って駆け出す志保の姿に、住井は小さく苦笑しながらその背を追いかける。
 いずれにしろ、彼等は再び同じ志のもとに動き出した。 
 今度こそは、後悔しないように。




『川澄舞(028)』
【時間:1日目午後6時過ぎ】
【場所:G−04】
【所持品:支給品一式(水は空)】
【状態:普通。祐一と佐祐理を探す】

『吉岡チエ(117)』
【時間:1日目午後6時過ぎ】
【場所:G−04】
【所持品:日本刀・支給品一式(水は空)】
【状態:普通。このみとミチルを探す】

『住井護(059)』
【時間:1日目午後6時過ぎ】
【場所:G−04】
【所持品:投げナイフ(残:4本)・支給品一式(水は半分ほど)】
【状態:普通。浩平を探す】

『柏木耕一(019)』
【時間:1日目午後6時過ぎ】
【場所:G−04】
【所持品:日本刀・大きなハンマー・支給品一式(水は三分に二ほど)】
【状態:普通。柏木姉妹を探す】

『長岡志保(071)』
【時間:1日目午後6時過ぎ】
【場所:G−04】
【所持品:新聞紙・支給品一式(水は三分に二ほど)】
【状態:足に軽いかすり傷。浩之、あかり、雅史を探す】
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