別れはこぼれ落ちた雫とともに




氷川村のとある民家。そこに今1組の男女がいた。
太田香奈子と氷上シュンである。

「氷上くん。そっちはどう?」
「ああ。役に立つかは微妙だけど100円ライターと折り畳み傘を見つけたよ。太田さんは?」
「私もこれくらいしか見つからなかったけど……」
そう言って香奈子はフライパンと懐中電灯、ロウソク数本、イボつき軍手をシュンの前に出す。

「まあ。何もないよりはマシだろうね。
――しかし、どうやら刃物とかの類はすでに別の人が持っていってしまったみたいだ」
「ええ」
そう。ここはシュンたちが来るほんの数分前まで那須宗一と霧島佳乃がいた家なのだ。
今シュンが言ったように、使えそうなものの大半は彼らがすでに持っていってしまっている。

「はあ。やっとの思いで鍵が開いてる家を見つけたのはよかったけど、結果はいまひとつだったわね」
そう言って香奈子は椅子に腰を降ろした。
「そりゃあ、窓ガラス割って他の家に侵入してもよかったけど、その音で敵に見つかりでもしたら大変だよ」
すでにシュンたちはこの村に来てから何人かの人の気配を感じていた。
万一のことを考え接触を回避し続けていたが、まだこの村では一度も銃声や悲鳴などの類は聞いていない。
(――今のところこの村にはマーダーはいないのかな?)
そう思いながらシュンも椅子に腰掛けポケットから自分の携帯電話を取り出した。
無論、圏外だ。


「………」
一方。香奈子はまだ悩んでいた。
本当にシュンとコンビを組んでよかったのかと。



――この殺し合いという名のゲームがスタートした当初、彼女はどちらかというとマーダーであった。
自分と瑞穂。そして月島拓也以外の参加者の命なんて別にどうでもよかった。
とりあえず自分を含むその3人が最後まで生き残ればいいと思っていた。
……しかし、今は違った。

―――氷上シュン。自身のためではなく、今はもう亡き者たちのために行動する少年。
彼との出会いが香奈子の心を大きく揺れ動かすことになったからだ。

なぜ、あの時自分はシュンを呼び止めたのか?
なぜ、彼に共に行動しようと呼び掛けたのか?
……その答えは未だに自分でもわからなかった。

(わたしは氷上くんとは真逆な存在なのに………)
今でも彼女の頭の中ではゲームに乗るか乗らないか、シュンと別れるか、別れないかという選択肢が延々と繰り返されていた。
しかし、それも香奈子は答えられなかった。

(――わたしは何をやっているんだろう………)


―――そんな時であった、例の放送が流れたのは……………


「みず………ほ…………」
「…………」
死者を告げる定期放送。それで香奈子が一番探したかった人物の名が一番最初に出たのだ。
シュンのほうはたた無言で参加者名簿を開き、今名前の上がった人の名に赤ペンでバツを付けていた。
―――藍原瑞穂の名前以外にであるが。



「瑞穂が死んだ……? はは……そんなわけないじゃない………
あの子は臆病だけど芯の強い子なんだから………そう簡単に死ぬわけないわ………
そうよ。きっとあの放送の人が間違えたんだわ。そうに決まって………」
「……………もういいだろう。太田さん」
「!」
無言だったシュンがやっと口を開いた。

「悲しいけど……これが現実なんだよ。受け入れなきゃ…………」
そして、ついにシュンは藍原瑞穂の名前にもバツを付けた。

次の瞬間。香奈子はシュンの胸ぐらを掴んでいた。
「なんで……なんでそんな平気な顔でいられるのよ!?
自分の探している人が死ななくてよかったと思っているから!?
自分の友達が死んでなかったから!?
所詮わたしの友達はあかの他人程度なわけ!?」
「―――そんなわけない…………」
「!?」
よく見るとシュンの瞳は僅かに潤んでいた。

「僕も……本当は心のどこかでは草壁さんたちの死を信じていなかったんだよ……
はは…おかしいよね? 2人の亡骸をすでにこの目で見てるのに……
でも……今のでやはり現実だったことに気が付いたよ……」
「………」
「もし。僕があの2人と太田さんに会わなかったら、今の放送もニュースとかでやるあかの他人の訃報程度にしか感じなかったと思う。
でもね……違うんだよ。気がついたんだ……
この島にいるみんなはどんな者たちであれ精一杯今を強く生きているんだ。
そんな人たちの死を悲しくないなんて言えるわけがない………」

シュンの右目から一滴の雫が落ちた。



「………もういいわ。ごめんなさい」
「太田さん……」
香奈子はやっとシュンを放した。
そして一言……
「……やはりあなたとわたしは別の存在だわ………」
そう言って香奈子は自分の荷物を持って部屋を出ようとした。
「どこに行くのさ!?」
あわててシュンが静止にかかる。
「もう外は暗いし危険だ。気持ちはわかるけど……」
「違うのよ!
わたしね……本当は瑞穂と月島さん以外は別にどうでもよかったのよ………殺しちゃってもいいと思ってたの」
「!」
「そんなわたしの前に現れたのがあなたよ氷上くん。
見ず知らず……それも死んじゃった人のために自分すら犠牲にしようとする…………
あなたのそんなところがわたしを悩ませていたのよ……出会った時から………」
「…………」
「……でも気づいたわ。やっぱりわたしは氷上くんとは違う……わたしは見知らぬ人の死に悲しむなんてできやしない………
だから……ここでさよなら。氷上くんのこと嫌いじゃなかったけど、もう二度と会いたくはないわ……」
そう言い残すと香奈子は家を飛び出していった。


「…………太田さん。だめだよそんなこと」
ひとり取り残されしばらく茫然としていたシュンはそう言って自分の荷物を持った。
あの人を……香奈子を止めよう。今の彼女は間違いなく出会った人を片っ端から殺そうとする。それだけはさせたくなかった。
悲劇はまた別の悲劇を生んでしまう。

「所詮永遠なんてないんだね……人との出会いにも………」
そう言うとシュンも家を飛び出した。



ぱららららら………

飛び出した瞬間、香奈子のものと思われるマシンガンが火を吹く音がした。

「あっちか………」
シュンはすぐに音がした方へ走りだした。




 【時間:1日目午後6時過ぎ】
 【場所:I−06(移動)】

 太田香奈子
 【所持品:H&K SMG U(残弾・不明/30・後続の書き手さんに)、予備カートリッジ(30発入り)×5、フライパン、懐中電灯、ロウソク(×4)、イボつき軍手、他支給品一式】
 【状態:健康。瑞穂の仇を討つ。瑠璃子を見つけて殺す。ややマーダー化】

 氷上シュン
 【所持品:ドラグノフ(残弾10/10)、100円ライター、折り畳み傘、他支給品一式】
 【状態:健康。香奈子を止める。祐一、貴明、秋子を探す】

 【備考】
・マシンガンの音が本当に香奈子によるものなのかはわからない
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