「さぁて、それでこいつをどうするかだけど……」 と、サディスティックな笑みを浮かべて詩子はセリオに押さえつけられた椋を眺めた。ひっとびくついた声を出して椋が震える。 「詩子さん、それよりも、こちらの方は……?」 セリオは詩子の言葉をさえぎるようにして雅史のほうに視線を移した。無論、椋を押さえつける力強さはかわらない。 「あ……んっとー……」 詩子はしばしそうして言葉を濁した後、 「ごめん、誰?」 あっさりと言い放った。 「佐藤。佐藤雅史」 嘆息してそう答える。そりゃ、初対面だし何の役にも立ってないわけだけど、『誰?』はないでしょ。もうちょっと聞き方ってもんが。……まぁいいか。 「佐藤雅史さんですね。データベースに画像情報と声紋を登録させていただきます」 「首輪をつけてるってことはあんたも参加者? お互い大変なことになっちゃったわねぇ。で?」 そんなことを言いながら詩子はディパックを拾い上げる。 「え? 『で?』って?」 話の展開がよくわからず、問い直す雅史。 「やる気はある? ってことよ」 そう言って詩子はニューナンブの銃口を雅史に向けた。 「ちょっと待ってよ、そんな突然……」 「聞きたい返事は『イエス』か『ノー』かのどちらかだけよ」 「……ノーだよ。殺しあうつもりなんか、ない」 「そ」 とそれだけ言うと詩子は再び銃をしまう。 「信用してくれるの?」 「うん。君、抜けてそうな顔してるしね。危険そうじゃないことはわかってたから。最終確認ってやつよ」 「そ、そうなの」 なにげにひどいことを言われた気もするがスルーしよう。ここはクールに物事を運ばねば。 「うん、でもまあとりあえずこっちの目の届く範囲にいてちょーだい。今からこいつのことで話し合うから」 そう言ってちょいちょいと手を振って呼びかける。 椋とセリオは詩子をはさんで雅史から反対側にいる。詩子が椋と話すには雅史に背を向けねばいけなかったので雅史を自分の横に立たせたのだ。 「それで詩子さん、何があったのですか?」 改めてそう問いかけるのはセリオ。雅史としても興味があることなので耳を傾ける。 「どうもこうも、私がここであなたのこと待ってたら、いきなり銃で撃たれたのよ」 「だ、だから、それは操作を間違えて……」 椋は必死にそう弁解するが、詩子は一切無視して話を続ける。 「そこでこの詩子ちゃんは果敢にもその性悪に飛び掛ってディパックで銃を叩き落し、馬乗りになったってわけだ。でもそこで抵抗されてもたもたしているうちに現れたのがこの佐藤くん」 すでに挨拶は済ませているがなんとなくそうしたほうがいい気がして、雅史はどうもと言う感じで頭を下げた。 「でもまぁ、こいつが被害者面するから佐藤君も混乱して大変だったんだけど。ま、結果的にはセリオが現れてくれて結果オーライってわけ。わかった?」 「概ね、理解できたかと」 「ひ、被害者面ってそんなつもりは……」 椋が弱弱しくそう講義するが詩子に聞き入れる気はさらさらないらしい。 「ねぇあの子にも言いたいことがあるみたいだけど?」 「聞く必要なし」 雅史はそう助け舟を出すが、腕組みをした上に憮然とした表情まで作って詩子はそう断じた。殺されかけたのだから態度が硬化するのも当然なのかもしれないが。 ところが援軍は意外なところからやってきた。 「私も彼女の話を聞くべきだと思います」 「セリオ!?」 「!」 椋の顔がパッと華やぐ。 「詩子さん。最初に申し上げたとおり、私は人を気付けることを善しとは教わっていません。もちろん他の方々に危害が及ぶ場合は別ですが。ですからこの方のこともできる なら傷つけたくないというのが私の答えです」 「そうだよ。ええと……詩子さん? 話ぐらいはとりあえず聞いてあげてもいいんじゃないかな」 「………………………わかったわよ」 一対二では不利と判断したのか詩子もしぶしぶそれに従った。 藤林椋が語ったのは要約すれば以下のような内容だった。 スタート地点を出発してから、彼女は自分の知り合いを探してさ迷い歩いていたが、誰もみつけられず森で一休みしていた。 そこで水を取り出そうとしたところでバックに入っていた銃とその説明書を見つけ、説明書をいろいろ読みながら試しているうちに誤って銃弾を発射してしまったのだと言う。 「いったいどう間違えたら、うっかり銃弾を発射するなんていう状況ができるのよ!!」 「あ、安全装置がかかってるかどうか確かめようとしたら……かかってなくって……」 再び詩子にどなられハムスターのように萎縮する椋。 「説明を聞いたって私の結論は変わらない。こいつは危険なやつ! さすがに殺すまではしないけど、荷物全部没収の上、簀巻きにしてここに転がしておく!!」 「……何もそこまでしなくてもいいんじゃない」 「じゃあ、どうしろっていうのよ! 殺されかけたのよ、私は!!」 間髪いれず叫び返す詩子に雅史はうーんとうなったあと 「それじゃあね……」 「本当にこれでいいの?」 「かまわないよ。そうだ、ひとつお願いがあるんだ。藤田浩之、神岸あかり、長岡志保の三人のうち誰かに会ったら、僕が探してたって伝えてほしいんだ。信用できる人たちだからできることなら協力してやってほしい」 「浩之さんとお知り合いなのですか?」 そう声を発したのはセリオ。こころもち瞳が開かれたようにも見える。 「え? あ、うん。知ってるの? 浩之のこと」 「はい。親しくさせていただいております」 そういえば浩之が少し前からたまにメイドロボがどうのこうのといってた気がする。彼女がそれだろうか。それ以上の話を聞きたかったが詩子の声が会話を途切れさせる。 「じゃあ、あたしたちはこっちだから。そうそうあたしからもお願い。里村茜と折原浩平、それから上月澪。この三人に会ったらよろしく言っておいて。私は多分北のほうにいるから」 「うん、わかった。それじゃあ、僕らはこっちに行くよ」 「お気をつけて」 そう言ってセリオはぺこりと頭を下げた。二人の姿が木陰に消えてから雅史は隣の同行者に目を向けた。 「じゃあ、行こうか」 「あの……ごめんなさい。なんか巻き込んじゃって」 「気にしなくていいよ。僕が言い出したことだし」 頭をぺこぺこと下げる涼に雅史がそう応じる。 あの後、雅史の提案により椋は雅史が監視下に置く。つまり連れて行くということにし、詩子とセリオとは分かれることになったのだ。詩子はそうとうごねたが、雅史の仮にこの子が危険でも被害を受けるのは僕だけだからという論理に押されたのだ。 用心して向かう方向も真逆と言う形にして(もちろん椋の銃は詩子の手により没収された)。 「さて、あの子たちが北に向かったんだから、ぼくらは南だね」 「は、はい」 そう言って歩き出したとき、 「雅史さん」 「え?」 「あ……」 声をかけられた方角を見ると、セリオがそこにいた。少し離れた場所に詩子もいる。 「あれ、あっちにいったはずじゃあ……」 「申し訳ございません。渡すべきものがあったのに失念しておりました。これをお二人に」 そう言って彼女が差し出したのは何の変哲もない緑色のファイルだった。 「これは?」 「私の支給品、参加者のデータファイルです。どうぞお持ちください」 「え、いいの?」 「はい。すべて画像ファイルとしてメモリに保存しておきましたから」 「そ、そう。ありがとう」 「はい。それでは」 とだけ言ってまたセリオは少し後ろにいた詩子のもとに駆け寄ると再度頭を下げ、 「御武運を」 と言って今度こそ詩子とともに去っていった。 雅史は手渡されたファイルをパラパラとめくる。自分たちに配られた名前だけの名簿とは違い、参加者の情報が写真つきで細かく載っている。身長・体重・誕生日エトセトラエトセトラ。 「とりあえず、これはええと……」 「あ、ごめんなさい。藤林椋です」 「僕もまだきちんと言ってなかったね。僕の名前は佐藤雅史。よろしく藤林さん」 「はい、よろしくお願いします。」 「それじゃあ、これは藤林さんがもってて。ちょっとな避けないけど盾とかに使えるかもしれないし」 「あ、はい。わかりました」 すっと渡された緑色のファイルを椋はあわてて受け取る。 「とりあえず、藤林さんの知り合いも見つけなきゃいけないから、この南のほうの集落に行こうか」 地図を指差しながら雅史はそう提案した。 「す、すみません。何から何まで」 「ううん。気にしないで。僕も友達を探さなきゃいけないし」 彼女に負担をかけないようにそう答える。 「じゃ改めて、行こうか」 「あの!」 「?」 「あの……よろしくお願いいたします!」 椋は深々と頭を下げるとそういった。雅史は一瞬ぽかんとした顔になったが、 「ううん。こちらこそよろしくね」 なんだか彼女の仕草がおかしくて、雅史はこの島に来てから初めて笑った気がした。 佐藤雅史 【時間:午後三時半頃】 【場所:E-06】 【持ち物:金属バット、支給品一式】 【状態:異常なし。氷川村へ】 藤林椋 【時間:午後三時半頃】 【場所:E-06】 【持ち物:参加者の写真つきデータファイル(何が書かれているかは次の書き手さんまかせ)、支給品一式】 【状態:やや疲労。氷川村へ】 セリオ 【時間:午後三時半頃】 【場所:E-04】 【持ち物:グロック19(椋に支給された銃・全弾装填済み)。予備弾丸13発。支給品一式】 【状態:正常。専守防衛。鎌石村へ】 柚木詩子 【時間:午後三時半頃】 【場所:E-04】 【持ち物:ニューナンブM60(5発装填)&予備弾丸2セット(10発)・支給品一式】 【状態:やや疲労。鎌石村へ】 - BACK