惨劇の名残




「ここで一端休息ね……」

 道中問題なく鎌石村へと辿り着いた向坂環(039)は、ここで一時休息をすることに決める。
 貴明やこのみ、雄二を探すために人が集まりそうな集落だと近場ではこの村であった。
 本来ならば休息などせずに、すぐさま捜索に当たりたいところだが。

(もうすぐ日が暮れるし、焦って行動しても大したメリットはないわね……)

 現在は、日が落ち掛けている時刻。
 まだまだ夕日の光が辺り一面を照らし出している。
 ついでに、ここは集落でもあり、確実に参加者達が腰を据えている筈だ。
 遠目から様子を見る限り、村を平然と闊歩する馬鹿は流石にいないが、それぞれが様子を窺っていることは間違いない。
 実際、参加者の中で野宿に慣れ親しんでいるものなど少数であろう。
 大半の人間が、屋根を求めて村に集まるのは至極当然のことである。
 この付近からスタートをした参加者もいる筈なので、村に一人もいないということは無いだろう。
 つまり、闇に乗じて行動したほうが得策であるのだが、この思考はマーダーにも適用されるので最も用心するべきでもある。
 しかし、環にとっても分は同じ。拳銃を所持しているぶん、互角ということはあっても不利にはなり得ない。

(ま、拳銃以上の代物を持ってこられちゃ、お手上げだけどね)

 環は先の戦闘以外では、未だ誰とも遭遇していない。
 ゲームに乗っていない人間ならば、遭っても支障はないだろう。
 むしろ、情報交換を積極的にしたいとも思っていた。
 同行することはないが、お互いの探し人などの有益な情報を求めることに越したことはない。
 そのための集落でもある。
 冷静に思考できる者に伝言の輪を繋いでいってもらうことにより、いつかは自分が貴明達を探していたと伝わればよし。
 且つ、脱出方法などを模索している人物に行き当たれば一石二鳥ともいえる。
 貴明達のことは当然心配であるが、こういう時こそ焦らず冷静にしなければならない。

 逸る気持ちを押さえつけながら、環は集落の入り口に構える役場へと到着した。 
 役場だけあって多少の面積を備えているものの、逆に目に付きやすい。 

「……ここは目立つわね。役立ちそうな物ぐらいはさっさと回収しておこうかしら」

 一応役場と銘打っているのだから、何か活用できそうなものがないかと思い至った環は散策することに決める。
 勿論、危険性を充分に吟味した後にだが。
 一先ず役場へと警戒気味に近づいた環は、ふと視界の隅に何かかが掠めた。
 
「―――?」

 立ち止まって注目すると、茂みの近くに支給品のバックから転がっていることに気付いた。
 近くに参加者がいることを考慮して、環は拳銃を握る。 

(―――もしかして近くに……。罠かしらね)

 転がったバックを見て、環は一瞬マーダーが張った罠かと警戒する。
 だが、普通に役場を目指していれば気付くことが難しい場所に果たして設置するだろうか。
 それ以外の可能性では、参加者がただ単純に落としたか、もしくは―――

(……まさかね)

 環は恐る恐る茂みに近寄り、足で支給品を突付いた。
 突付いた感触で、ある程度の質量を感じたことから中身はいくらか入っているようだ。
 この瞬間でマーダーが出てこないことから、罠という確立はかなり薄まった。 
 それでも辺りへと目を配りながらバックを拾い上げようと視線を下げたら―――


「―――ひっ!?」

 知人が見たなら、彼女らしかぬ悲鳴に驚くことだろう。
 だが、眼前に広がる光景を見たならば、誰もが起こす真っ当な反応でもある。
 顔を青褪めた環は、身体を震わせながら後退った。
 
「な、なによ……これ……っ」

 環が見たもの、それは一つの死体だ。
 拳銃で撃たれた、刃物で刺されたなどと、そんな生優しいものではない。
 首のない胴体、これはまだいい。問題はその先だ。
 無造作に転がる人の頭らしきもの。言葉通りに判別が付かぬほどらしくない人の頭だ。
 強引に引き千切られた切断面に、額から鼻にかけて切り開かれた頭部。
 赤黒い液体をぶちまけ、無尽蔵に広がる嫌悪を催す柔らかそうなナニか。
 そして、転がる血濡れの鉈。
 環は場の状況で直感的に気付いた。
 ―――これは、人が成した人の成れの果てだと。
 それを自覚すると、身体の奥から黄色い胃液が込み上げてくる。
 生理的嫌悪すら催す死体をこれ以上直視できず、彼女は口許を抑えて全力でその場から離れた。

(何なのあれ!? あ、あそこまで……あそこまでする普通!?)

 内心で絶叫しながらも環は少しでもあの場から離れようと疾走した。
 先程、拳銃同士で発砲し合い、果ては殴りあいという命の遣り取りをしたばかりでもある。
 その殺し合いが、先程の光景に比べると稚拙なものに思えてしまう。
 いや、殺し合いでは断じてない。
 あれは、一方的な快楽的虐殺である。
 正常な人間が、冷静に人間を解体できるわけがない。楽しんだのだ、人の身体で。
 動転した視界の中で首輪が無かったことにも辛うじて気が付いていた。
 実際、それを目的とした犯行にも思えたが、それなら頭を潰す必要などない筈だ。
 つまり、それだと結局は―――


(楽しむために……!? さっきの女の方が何倍もマシじゃないの……)

 一思いに仕留めるとばかりに襲い掛かってきた晴子が、これでは可愛く見えてしまう。
 殺さなければ殺されるという思考はともかく、楽しんでゲームに乗るという人間をまったく理解できない。
 こんな狂った奴がいるならば、貴明達の安否が急に不安となって押寄せてくる。

(雄二、このみ……タカ坊。―――大丈夫……きっと大丈夫)

 環は足を止めて、荒い息を日が落ちる空へと吐きかける。
 心の中で幼馴染達の安否を願い、自分は冷静だと言い聞かせて。


『向坂環(039)』
【時間:1日目午後5時30分頃】
【場所:C−04】
【所持品:コルトガバメント(残弾数:残り20)・支給品一式】
【状態:普通。夜に行動開始】
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