鼻からちょっと飛びだしている。




「―――へぇ、じゃさっきのが憑依のときの感覚なんだ?」

妹の問いかけに頷く来栖川芹香。
ずるー、と湯飲みからお茶を啜る。
先程の感覚を思い出しながら、ぱりぱりとクラッカーをかじる綾香。
綾香が手に持っているカップに注がれているのは湯気を立てる紅茶であった。
もちろんこれらも支給品ではない。
また久瀬に連絡して、今度はティーテーブルごと持ってこさせたのである。
プログラムに参加していない部隊といえどもそれなりに大変なのだった。
特に坂神という名札をつけた強化兵などは帰り際、もうこんな国なんて
いっそ滅びてしまえばいいのにと心底から考えているような目つきで
綾香一行を見つめていたが、上流階級の人間である来栖川姉妹や
コミュニケーション不全気味の機械人形たちは労働階級の目線など
一向に気にしないのであった。

「あのー、私もお茶飲みたいなぁ、なんて」
「黙ってないとワタだけ抜いて『1PLAY ¥500 INSERT OK』って書いて放置するからね」
「私、残酷輪姦ショーの主役ですかー」
「わかったら黙ってなさいパーツ倉庫」
「モノ扱いですか……助けて瑠璃さまぁ」
「その瑠璃さまだったらそこら辺でまだ騒いでるらしいわよ、良かったわねー」
「え、ホントですかー? 元気そうで良かったでするりさまー」
「浮遊霊だけどね」
「がーん」
「あら、ロボにも霊なんて概念が理解できるのねえ」
「いえ、何となく空気を読んでみましたー」
「ところで私に出番がないのですが」
「黙れポンコツ一号」

彼女らが何故これほどにくつろいでいるのかを説明するには、少しばかり
時間を遡る必要がある。


姫百合珊瑚の霊の召喚に成功した芹香は、綾香の要望を受けて
早速イルファの解体に取り掛かろうとしていた。

……が。

「え? 完全に憑依させて身体の主導権を渡すのは危険? 
 ……まー、私らのこと恨んでそうだしね……。
 で? ……はぁ、使役しようとしても新鮮な霊はなかなか言うことを
 聞いてくれない、と。経験と知識だけを受け取って作業を開始する。
 ……んなことできるの?」

こくこく。

「じゃ、お願いします先生」

こうしてイルファの作業が開始されたのだったが、

もたくさ〜   もたくさ〜

来栖川綾香は苛立っていた。
素人目にもわかるほどに、その手つきはゆったりとしすぎていた。
有り体に言って、ひたすら遅い。
どうやら知識と経験があっても来栖川芹香という人間の基本スペックが飛躍的に
上昇するわけではないらしい。

(……いや、つうかやる気がないだけってことはないよね、姉さん……?)

時折響く、キーボードを叩く音だけが作業の進捗を告げている。


「……あと、どのくらいかかりそう?」

トゲのある声に、ゆっくりと振り向いて首をかしげる芹香。
その仕草に、綾香が頭を抱える。

「……もういいから、とりあえずティーセットを取り寄せてお茶の時間にしよう。
 続きはそれから、ね」


こうして現在に至る。
お茶請けの話題は、先程の奇妙な感覚の正体である。

「え? 昼間の蘇生で魂の一部が繋がった? 魂って、私と姉さんの?
 え何それそういうの大丈夫なの」

ちょっと慌てる綾香。
けほけほけほ。
焦った拍子にクラッカーのカケラが器官に入ったらしい。
ぽむぽむと妹の背中を叩きながら、全然おっけー、と呟く芹香。

「ぷはぁ。……ふぅん、奇跡がへっぽこだからちょっとミスが起きた。
 でもよくあることだから別に大丈夫、ねぇ……」

紅茶を一気に飲み干して息をつく綾香。
パワードスーツの背面装甲に銃弾が命中し、鈍い音を立てて弾き返されたのは
そんな瞬間だった。

来栖川綾香は、鼻からちょっと紅茶を垂らした。




【37 来栖川綾香】
【持ち物:パワードスーツKPS−U1改、各種重火器、こんなこともあろうかとバッグ】
【状態:恥ずかしい】

【38 来栖川芹香】
【持ち物:水晶玉、都合のいい支給品、うぐぅ、狐(首だけ)、珊瑚&瑠璃】
【状態:珊瑚召喚成功】

【60 セリオ】【持ち物:なし】【状態:やっぱり出番なし】

【9 イルファ】【持ち物:支給品一式】【状態:俎上の鯉】
-


BACK