逃亡者




藤田浩之は川名みさきを後ろに乗せ、自転車で全力疾走していた。
後ろから何かがついて来る気配がする。
「どうやらあの野郎、俺達に狙いを絞ったようだぜ……!」
「……………!」
背中にはみさきが必死にしがみついている。
自転車は速度が思うように出ず、後ろの気配との距離を離せない。


――巳間良祐は、邪悪な笑みを浮かべながら走っていた。
確かに一度は襲撃に失敗した。
しかし、今度こそ逃さない。必ず二人まとめて仕留めてみせる。

良祐にはその自信と、それを裏付ける根拠があった。

奴らは愚かにも二人乗りなどという逃走方法をとった。
自転車といえど、二人分の重量と二人分の荷物を持ったままの全力走行では、長くは持つまい。
あれだけの時間を稼いだのなら、一目散に逃げだせば逃げ遅れた者以外は助かったはずだ。
危険を冒してまで弱者を庇うなど、心底気に入らない。

既に遠目に奴らの後姿を捉えている。
銃で狙えなくは無いが、まだそうすべきではない。
どうせ直に追いつく。その時にこそ、二人揃って現実というものを、教えてやる。


暫く逃亡劇が続いた後、
「ハァハァハァ……………」
案の定、浩之の体力は尽きようとしていた。
「くそっ!」
浩之はそう舌打ちすると、片手でバックを持ち上げ、そのまま投げ捨てた。
「!」
みさきもすぐに浩之の意図に気付き、同じようにバックを投げ捨てた。




間抜け共め、ようやく気付いたか……。
だが、もう手遅れだ。もはや体力はほとんど残っていないだろう。
走りながらでは先程の閃光弾も使えまい。


みるみるうちに二人の距離が縮まっていく。
もはや、お互いの距離は5メートル程度しかない。
「チェック・メイトだ。」
良祐はそう言うと、足を止め、ベネリM3を浩之達に向けて構えた。

その時である。

「川名っ!歯を食いしばれ!」
「なにぃ!?」
浩之は一言叫んだ後、みさきを抱きかかえ、
自転車を捨てて近くの茂みに向かって飛び込んでいた。
散弾は虚しく空を切る。

良祐は一瞬呆然とした後、すぐに浩之達の突っ込んだ茂みに向かって散弾銃を構えるが、
「川名、こっちだ!」
弾が放たれるより早く浩之は立ち上がり、みさきの腕を掴んで森の奥へと走り出した。
散弾は茂みを切り裂くだけに留まった。

「くそっ、逃がしてたまるかっ!!」
良祐はそう叫びながら、すぐに後を追った。
(奴め、なかなか考えてるな……)
距離はそう遠くないが、木が遮蔽物となっている為、かなり近距離で無いと銃は命中しないだろう。
それでも、もう奴らの体力は限界のはずだ。この足掻きが終わりを迎える時も近いだろう。




――浩之はみさきの手を取りながら森の中を走っていった。
目の見えないみさきを連れての逃避行は予想以上にスピードが出ず、
難航していた。

すぐ近くにまで足音が迫っている。
次に追いつかれれば今度こそ命は無いだろう。

極度の恐怖と緊張で気が狂いそうになってくる。

しかし、この手で掴んでいる少女の存在が、浩之の心を奮い立たせていた。
「浩之君、私はもういいから一人で逃げてっ!!」
「うるせぇ!いいから黙ってついてこいっ!」

その時、森が開け、前方に崖が見えた。
崖の高さは7メートル程あり崖の下には森が広がっている。
飛び降りれば、木がクッションになったとしても助かるかどうか分からない。
しかし、浩之は、迷わなかった。


「――――!!」
良祐が森を抜けた時、崖の前には誰もいなかった。
良祐は崖の下を見下ろした後、悔しそうな表情を浮かべ、すぐに踵を返した。




 藤田浩之
 【時間:1日目午後5時50分過ぎ】
 【場所:G−05】
 【所持品:無し。それまでの荷物は街道に放置】
 【状態:不明。次の書き手に任せ】

 川名みさき
 【時間:1日目午後5時50分過ぎ】
 【場所:G−05】
 【所持品:無し。それまでの荷物は街道に放置】
 【状態:不明。次の書き手に任せ】

 巳間良祐
 【時間:1日目午後5時50分過ぎ】
 【場所:G−05】
 【所持品:ベネリM3 残弾数(2/7)・89式小銃 弾数数(22/22)・支給品一式・草壁優季の支給品】
 【状態:軽い疲労。街道に向かっている】
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