「ぎゃあああああああ」 激痛と恐怖のうちに水瀬名雪は振り返りもせずに走っていた。 怖い怖い怖い怖い怖い。 痛い痛い痛い痛い痛い。 名雪は走りながらも肩に刺さったナイフを抜こうと手を伸ばすがうまくいかない。 左肩に刺さったナイフは深く刺さっていて簡単に抜けない上に、だんだん左腕がしびれてきていた。 声を立てて走っていたのに幸い他に狙われる事も無かった。 痛みが痺れと共に感覚が無くなって来て意識も朦朧としてくる。 「はぁ。はぁ。はぁ。」 しばらく走ってきたが、どうやら追っては来ないようだ。 名雪はやっと足を止めて茂みの方で座って、改めて左肩を見るとナイフが刺さったままになっていた。 そっと右手を伸ばす。 「痛。」 痛みで右手もうまく動かない。 「ああ。私も....私も死んじゃうんだ。お母さん。祐一・・・もう会えない。」 「私は独りぼっちだよ。怖い・・・怖い。怖いよ。怖いよ。」 泣きたい。けれど恐怖のためか顔が引きつって泣けない。 唇は乾いて、喉も乾いている。でも水も何も持っていない。 「・・・怖い。・・・喉が渇いた。」 日が暮れてきて風が出てくる。 ガサガサと近くの森が揺れるたびに名雪はひっと首を縮め、恐怖で目が閉じる。 「――――――。」 そんな事を何度も繰り返して、かなり暗くなった時、名雪は茂みから出て歩き始めた。 「かなり暗くなってきたから、どこかで休憩しましょうか。」 『はい、なの』 水瀬秋子は上月澪に声を掛ける。 休憩できる上に見通しが聞いて行動しやすい場所、できれば電気や水が使えると有難い。 でも水道は毒が入っていそうだから、小川か井戸があったほうがいい。 「あそこにしましょう。」 村はずれのちょっと小高い所にある民家に向かう。 ドアに鍵はかかっていない。入る前に一応先客が居ないか確かめる。 「大丈夫そうね。さ。入って。」 澪を入れると秋子は慎重にドアを閉め、代わりにベランダの窓を開ける。脱出経路を確保するためだ。 かなり暗くなってきていて、澪のスケッチブックも読めない。 電気は点きそうだが、電気をつけるとかえって危ない。 「そうだ。澪ちゃん。スケッチブック1枚くれる?」 澪が暗がりの中、スケッチブックを1枚剥いで秋子に渡す。 秋子は勘を頼りに台所に向かい、サラダ油と皿を探して持ってくる。 「こうやって・・・・」 秋子がサラダ油を皿に注ぎ、スケッチブックを細く剥いで油に浸すと、片方に火をつける。 ぼぅっと周りが明るくなる。澪が眩しさで目を細める。 「これでも明るすぎて危ないんだけど。我慢してね澪ちゃん。」 こくこくと澪がうなずく。 「さっ、食事にしてしまいましょう。」 秋子が支給品の食料を取り出すと澪もにこにこと食料を取り出した。 秋子はふふふと微笑む。が、ふとその手が止まる。 「澪ちゃん。灯りを消して!」 澪が慌てて火を吹き消すと、周りは闇に包まれた。 物音が聞こえた気がしたのだが、既に外は日が暮れていて姿かたちを判別するのは困難だ。 だが、今日は月が出ている。しっかり見れば見えるはずだと秋子は思った。 やがて、遠くから独りでとぼとぼ歩いている姿が見えて来た。足取りはふらついているが女性のようだ。 何やらぶつぶつ言っているようだが聞き取りにくい。 「澪ちゃんは動かないで。物音も立てちゃダメよ。」 秋子は澪にそう言い聞かせると、そっとベランダから外に出る。 「・・・か・・・・ん。」 やっとかすかな声が聞こえるようになった。幸いにこっちに気がついていないようだ。 ふらふらと歩いてくる姿が派別できるようになると秋子は目を見張った。 「名雪っ!」 秋子は慌てて走り寄って我が子に抱きつく。 だが、名雪は何があったのか判らなかった。 「名雪!名雪。よく・・・無事で。」 泣きながら秋子は我が子の顔を覗き込む。 「お母さん・・・怖いよ・・。痛いよ・・・。お母さん・・・。」 名雪は意識も朦朧なのか、視点の定まらない目のままで。繰り返し呟く。 「名雪!」 秋子は何度も名雪を揺するが、状況は変わらない。 気がふれたのか、少しよだれも出ている。 「お母さん・・・怖いよ・・。痛いよ・・・。お母さん・・・。」 秋子は改めて名雪を見る。 ぼろぼろになった制服。そして肩に刺さった大型のナイフ。 秋子は唇を強く噛んだ。 「ゆ・・・る・・・さ・・・な・・・い。」 きっと秋子は月を見上げて呟いた。 「許さない!こんなゲームをしかけたやつ!そして名雪をこんな目にあわせたやつを!」 秋子は自身が修羅に落ちても復讐すると誓った。 【時間:午後7時頃】 【場所:F−02】 水瀬秋子 【所持品:IMI ジェリコ941(残弾14/14)、包丁、殺虫剤、ほか支給品一式】 【状態・状況:健康。主催者を倒す。ゲームに参加させられている子供たちを1人でも多く助けて守る そして名雪に危害を与えた者を探して復讐する。】 上月澪 【所持品:フライパン、スケッチブック、ほか支給品一式】 【状態・状況:健康。浩平やみさきたちを探す】 水瀬名雪 【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り) 赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】 【状態:肩に刺し傷。すでに混乱もしくは発狂?】 【備考】 ・秋子は澪たちに自身の胸の内を明かしていない。(そのため少し誤解されている) - BACK