偽りの仮面




 「―――ごめんなさいね姫川さん。やっぱり一人で待つのは心細いんで」

 宮沢有紀寧 (108)は殺しを強制させた姫川琴音(084)を待つことなく、村の方向へ向かって歩き出していた。
 本来ならば、琴音が持ってくる筈の支給品を元いた場所で待っているつもりであったが、有紀寧は方針を変えた。 
 ゲームに乗ったかもしれない人間が襲撃をかけてきた場合、非力な彼女の力では抵抗できないからだ。
 確かに、有紀寧に支給された時限式の起爆リモコンは非常に有用だが、奇襲は勿論のこと、使用した参加者に逆上されて殺されかねないなどと使い勝手が悪い。
 使うならば、明らかに生への執着と死への恐怖がある者にしか効果は望めないだろう。
 つまり、解除をちらつかせて自分に隷属させる必要があるのだ。先程の琴音のように。
 それで集めた奴隷達で身を固めるのもいいが、解除の希望を抱いた奴隷共が結託し、リモコンを奪われでもしたら元も子もない。
 実際解除する機能などありはしないのだ。絶望の矛先は確実にこちらへと向く。
 リモコンという凶悪な武器を持っているが、自分は非力な少女。
 忘れてはいけないことだが、こんなリモコン一つで安心してはいけないのだ。
 だから、琴音に拳銃などの強力な支給品を求めたのだが。

(あの様子では、あまり期待しないほうがよさそうですね。―――まあ、彼女には適当にゲームを掻き回す役目でも担ってもらいますか)

 琴音の様子は恐怖に顔を歪め、思考も満足にできないほど錯乱していて見るに耐えなかった。
 あの調子では、彼女の元に支給品を献上することはおろか、満足に人も殺せないのではないか。
 そう思ったからこそ、早々と切り捨てた。
 元より生かすつもりもなかったし、何もしなくても二十四時間後には勝手に死んでくれる。


 彼女はある意味、ただの実験体だ。
 本当に爆発するのかどうかは分からないが、首輪が作動したことは確か。それを使って人間も操れることも確認した。
 リモコンの効果を望めるなら、本来使うべきは彼女のような非力な存在ではなく、有紀寧を守ってくれるような強力な存在だ。
 そういった存在を心理的に意のままに操れるのならば、有紀寧の生存率は格段に上昇することだろう。
 だが、そんな彼等も彼女からリモコンを取り上げようと躍起になることは分かっている。
 素直に従わせるようにするには、いくらか偽証の材料が必要だ。
 例えば、自分のリモコンは自身の首輪と連動していて、自身が死ねばそれに伴いリモコンに照射された首輪も爆発するといった風にだ。
 それを嘘だと、安易に否定することは決して出来ない筈だ。確証するには、自分の命を賭けなければならないのだから。
 
 そして、有紀寧はこの首輪が志望判定の役目を担っているということにも気が付いている。
 主催者はゲームだと言ったのだ。楽しむ要素があるということになる。
 ゲームの趣旨は殺し合い。つまり、それらが娯楽になるということだ。
 ならば、どこかで観察しているか、もしくは傍聴していないと楽しめないではないか。
 そういった予測的な話を聞かせてやれば、首輪とリモコンが連動しているという偽りの事実にも一層と現実味が増すであろう。

 そのためにはまず、利用できそうな人材を探すことから始めなくてはならない。
 彼女の支給品は、非常に貴重であるため、使用時は慎重になる必要がある。
 回数制限が限られているのだ。出遭った参加者に手当たり次第にリモコンを使うわけにもいかない。
 だから、他の武器も必要であるし、リモコンを使用する者の見極めも必要となってくる。
 何も真っ向から自分がマーダーになる必要はない。表面上は非力で気弱な参加者を装えばいいのだ。

 今の位置から比較的近いのが氷川村。そこならば、参加者も夜が更ける前に集まることだろう。
 そこで、今後に役立つ人材という名の哀れの犠牲者と合流することを方針とした。 
 ゲームに乗り気の人間に関しては、問答など必要なしに襲われる可能性もあるのだ。
 琴音など捨て置き、急いで村へと行って安全を確保せねばならない。
 当然身を隠すという意味ではない。身を守らせるためにだ。

 歩いて数時間。氷川村がもう間近といった場所で。
 内心、歪な考えをしていた有紀寧の視界に、とある参加者が映る。
 ―――一少年と小さな少女の姿だ。
 少年のほうは少女を気遣いながら歩いており、少女もはにかみながら頬を緩ませている。
 兄弟であろうか。いや、顔の造詣があまりにも違って見えるので、参加者同士が共に行動しているのだろう。
 しかし、好都合。
 少年が少女を保護したと見れば、明らかにゲームには乗っていない者達だ。
 それも格好の獲物、お人好しだ。
 拳銃までも所持しているのだから、ネギを背負ってきたカモに見える。

 ふと考え思い浮かべた名案に、彼女は表情を笑みへと形作った。
 おもむろにバックから筆記用具であるシャープペンを取り出し、躊躇なく自分の前腕に突き刺した。
 苦痛に顔を歪めるが、構わず刺したままのペンを縦へと移動させる。
 グチュリと、肉を抉ったところでペンを引き抜き、血液が湧き出てきた部分を摘み上げた。
 圧迫されることにより少しずつ洩れてきた自身の血を、そのまま手首まで滴らせる。

(ごめんなさい。あなた達はわたしに遭った不運を嘆いてくださいね)

 有紀寧は手に持つ先端が血濡れのシャープペンを草むらへ放り投げて、二人へ駆け寄った。


「祐介お兄ちゃん、もう村が見えてきたね」
「ああ。もう少しだから、初音ちゃんもがんばって」

 目指していた氷川村までは、もう目の届く範囲だ。
 お互いの探し人が、村にいることを願って二人は互いを労う。

「お姉さん達、いるといいね」
「うん。ここにいなくても、また探せばいいよ」
「そっか。そうだね……」

 長瀬祐介(073)は内心、柏木初音(021)のことを不憫に思っていた。
 名簿を見る限り、いくつかの苗字が重なる親類をいくつも見受けられたが、中でも柏木姓が一番多いというのも理由の一つだ。
 それでも健気に姉達を探す姿を見ていると、こんな島で殺し合いをする参加者達が血も通っていない化け物に思えてしまう。
 こんな小さな子が殺し合いという凄惨な環境に放り込まれながらも、決して自分を見失わない強さを持っている。
 それが寂しさから来る求めであっても、自我を失う殺人者より何倍もマシというもの。
 何の力もない彼女がそう在ろうとしているのだ。
 電波が使えない程度でうろたえた自分が恥ずかしくなる。
 初音を守るという責任感が、既に祐介の中で芽生えているため、確固たる決心が揺らがない限り彼女を守り続けるだろう。
 自身の知り合いとも合流したいが、それでも初音の姉達を優先させた。
 彼女に早く、本当の意味での笑顔が浮ばせたかったから。

「初音ちゃん。村に入ったからといって気を緩ませちゃダメだよ」
「うん。怖い人たちがいるかもしれないからだよね」

 コクリと祐介は頷いた。
 村に寄り付くというのは一種の賭けだ。
 ゲームに乗ったものも乗らないものも集まってしまうからだ。
 こんな状況だからこそ、人というのは無意識に人を求めてしまうものである。
 本来なら寄り付きたくはなかったが、知り合いを探すというのなら行かざるを得ない。

 二人は心を引き締めて、歩を進めようとしたその時、ザザッと何かが駆け寄る音を耳にした。
 ビクリと、肩を振るわせた二人だが、すぐさま祐介は必死に拳銃を取り出して、音の方へと銃口を向ける。

「―――さ、下がって初音ちゃん……!」
「え、え……?」

 初音を背後にやり、銃口を震わせながら警戒する。
 逃げようとも思ったが、そんな暇はなさそうだ。
 祐介の視界に、一人の少女が飛び込んできたからだ。

「た、助けてください……っ!」

 飛び込んできた少女―――宮沢有紀寧は瞼に涙を湛えて無遠慮に祐介に縋りついてきた。
 肌が触れ合う距離にまで接触してきた少女に対して、健全な男である祐介は、それはもう慌てる。

「あ、いや、その! だ、大丈夫……かな?」
「……何やってるの祐介お兄ちゃん。それよりも、この人怪我してる……」

 初音は慌てる祐介をジト目で見つつ、有紀寧の腕から滴る血を目敏く見つける。
 有紀寧は祐介の胸に顔を埋めながら、身体を振るわせた。

「わ、わたし……。人殺しなんて、い、嫌だったので……。誰かと合流しようと、したら……」
「や、やられたの……?」

 コクリと小さく有紀寧は頷いた。

(さて、接触は上手くいきましたね……)

 現在は祐介の胸に恐怖で縋りつく、一人の非力な少女。
 その背を初音がゆっくりと撫でていた。
 祐介も手に余りつつも、まったく警戒はしていない。
 やはり、お人好し。有紀寧は嘲笑した。

「その……ごめんなさい。もう大丈夫です」
「あ、うん。傷はどうかな? 痛む……?」
「いえ。大分楽になりました。ありがとうございます」
  
 祐介の胸から離れながら、軽く傷の手当てをしてくれた初音へと頭を下げた。
 少し居直った有紀寧は二人に事の説明をすることにする。 

「わたし、もう何が何だか分からなくて……」
「大丈夫。何があったか、ゆっくり離してみて」
「……はい。最初に、女の子と会ったんです。怖かったけど、勇気を振り絞って声を掛けました……
 そしたら、その子も答えてくれたんです。ゲームには乗らない……皆で一緒に脱出しようって……」
「……そっか。それで……?」

 優しく問い掛ける祐介の言葉を受けて、有紀寧は悲痛そうに顔を歪めた。
 その顔を見て、居た堪れなくなった初音は祐介を制止しようとするが、彼は軽く首を振る。
 誰に襲われたかという情報は、自分達が生きる上でも必要なのだ。
 そう祐介は自分に言い聞かせて、有紀寧へと同情の視線を送りながら続きを促した。
 彼女は弱弱しく頷いた。

「じ、自己紹介して、仲良くなった筈なんですっ。な、なのに! 彼女はわたしの首をペンで指そうと……っ。
 必死で抵抗して、腕で庇って……。こ、怖くなったから逃げてきたんです……」
「自己紹介したの? 名前は覚えてる……?」

 有紀寧は顔を伏せた。

「―――姫川琴音」

 そう小さく呟いた。
 有紀寧が身体を震わせる様子に、祐介も初音も彼女を労わった。  
 もう大丈夫、などといった言葉を二人は投げかけてくる。
 有紀寧は俯いた表情の下で、口許を吊り上げていた。

(あっさり信じちゃいましたね。まあ、二人が姫川さんの知人じゃなくて僥倖といったところでしょうか)

 琴音の知人であったならば、普段の人格により否定されたかもしれないが、知らない人間ならば仕方ない。
 仮にこの先会ったとしても正気じゃないのだから、まったく問題ないだろう。
 だが、自分は心優しい少女なのだ。これだけでは詰めが甘い。

「で、でも! 彼女も何か事情があったかも知れないんです……。もし見つけたりしたら……助けてあげてください……」
「そうだね……。こんな首輪まで填められて、ゲームを強制させられてるんだ。無理もないよね」

 自我を狂わせるゲームの存在に、祐介は歯噛みする。
 初音も、悲しそうに目を伏せた。
 ―――その反応だ。
 これで彼等は完全に甘い思考の人種だと判断する。
 彼等にリモコンを使えば、隷属できる自信もあった。
 だが、必要ない。
 こんな甘ったるい人間の価値など、一つしかないではないか。

「うん、わかった。彼女をもし見つけたら、頑張って説得してみるよ」
「あ、ありがとうございます……! わ、わたし、もうどうしていいか分からなくて……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちゃんと話せば分かってくれるよ!」
「はいっ、はい……っ!」

 ついでに感謝の涙を浮かべておく有紀寧。
 死の秒読みが始まっている琴音をどう説得するのか拝見したいものだ。
 自分も含めて、どいつもこいつも道化ばかりだと思えてしまう。
 真摯に言葉を吐く二人を嘲笑いながら、有紀寧は濡れた瞳を祐介へと向ける。
 
「あ、その。わたし、一人では怖くて……」
「うん、勿論分かってるよ。初音ちゃんも、それでいいよね?」
「お姉ちゃんもわたし達と一緒に行こっ」
「あ、ありがとうございます……!!」

 二人が笑顔で、精神的に弱っているであろう有紀寧へと笑いかける。
 あまりの滑稽さで失笑を噛み殺すのに苦労しながらも、嬉しさの笑みを湛えて言葉を吐いた。
 あくまで見せ掛け。あくまで偽証。
 
 ―――断言できる。自分にとって彼等の価値など一つしかないではないか。
 
(―――精々、わたしの盾となってくださいね。“お兄ちゃん”)

 仮面の表情の下で。彼女はほくそ笑む。




『宮沢有紀寧 (108)』
【時間:1日目午後2時頃】
【場所:H−7、】
【持ち物:リモコン(5/6)・支給品一式】
【状態:前腕に軽症(治療済み)。強い駒を隷属させる。】

『長瀬祐介 (073)』
【時間:1日目午後2時頃】
【場所:H−7、】
【持ち物:コルト・パイソン(6/6) 残弾数(19/25)・支給品一式】
【状態:普通。氷川村へ行き、初音の姉を探す】

『柏木初音 (021)』
【時間:1日目午後2時頃】
【場所:H−7、】
【持ち物:鋸・支給品一式】
【状態:普通。祐介に同行し、姉を探す】
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