『贖罪』アナザー




先の由依奇襲の失敗から、公子は今まで以上に慎重になろう、と思った。
あれほど驚愕していたのに、傷を与える事すら出来なかった。よほど自分は人殺しには向いていないらしい。…こんな事で、大丈夫なのだろうか。
一瞬気が萎えかけたが理奈の死体を見て、すぐにその弱気を追い払う。冗談ではない。ここで諦めたら、何のためにあの少女を殺したのか。
次こそは必ず仕留める。出来なければわたしは死ぬ。
自分を強く戒めて再び誰かが来るのを待つ。
時間感覚がマヒするほど理奈の死体を見つづけた。すると、がさがさという音と共に明らかに恐怖しきった感じの少女、水瀬名雪が姿を現した。
――来た!
スペツナズナイフを強く握り締め、名雪が理奈の死体の前に来るまで待つ。
「えっ? あ、あ…き、きゃあぁぁぁっ!」
木々をも揺るがすような絶叫が辺りに響き渡る。公子は内心舌打ちした。こんな声を出されては、人がやってくるではないか。こうなっては、巧遅より拙速をとるしかない!
名雪に息をつかせる暇もなく、公子が茂みから飛び出した。目の前の死体に完全に気を取られていた名雪は公子の接近に気がつかなかった。…いや、気がつき、『何者か』に振り向いた時には。
「さよならっ!」
「ぐがっ…あ゛、あ゛あ゛…っ」
喉を切り裂かれ、盛大に血が噴出していた。女のものとは思えない、くぐもった声が出ていた。
「お、おがあ…さん、ゆうい…」
公子が最後に聞き取ったのは、恐らく親族の者と思われる物の声だった。そして、名雪からはもう何も聞くことはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
公子の心臓は、激しく鼓動していた。疲れたからではない。人をまた殺めたという事態によるものだった。
「ぐっ! うぐ…っ」
今日二度目となる吐き気。公子は自分の弱さを呪わずにはいられなかった。しかし、じきにそれも収まる。息を落ち着けた後、名雪の武器を取りに行こうとした、が。


「…そこまでだ、殺人鬼」
公子の後頭部に、冷たいものが当てられる。この威圧感。公子はすぐにその物体を銃の類だと思った。実際に当てられたことはないが、感覚で分かる。公子の顔から、冷や汗が流れ落ちた。
「こんな女性までゲームに乗っているとは思わなかったな。…だが、すぐにそれも終わる」
拳銃を突きつけた男、柳川祐也が、冷徹に呟いた。
「おっと、ヘンな真似はするなよ。俺も一応刑事なんでね。その危なっかしいナイフ、投げ捨ててもらおうか」
言う事に従わなければ、即座に殺られる。公子は少しでも反撃の可能性を模索すべく柳川の言う事に従った。ヒュッ、という音がした後、茂みの中にナイフが落ちる。
「…フン、状況はわきまえているようだな。だが残念だったな、この俺が相手で」
カチリ、とハンマーピンを押し上げる音が聞こえる。
「ましてや、初めて人を殺したような奴が相手ではな」
…どうやら、この男は公子がたった今、初めて人を殺したと思いこんでいるらしい。…つまり、二連式デリンジャーの存在は知らないということだ。
(まだ、わたしは生き残れる)
「…こうなっては、仕方ありません。気休めかもしれませんが、この女の子達の埋葬をしてあげてもいいでしょうか。せめてもの、つぐないとして」
「…ふん、いいだろう。お前にもまだ人としての自覚はあるようだな。ただし、ヘンな真似をすれば、即座に撃つ」
柳川が少しだけ銃を離す。そのまま名雪の側まで移動し、その場にしゃがみこむ。――そして、柳川に気付かれないよう、ポケットに片手を入れた。
その時偶然、遠くからパン、パーンという音が聞こえた。
「ちっ、また誰かがやりあっているのか?」
柳川の目が、少しだけ音のほうへ向く。その一瞬。公子はポケットからデリンジャーを引き抜く!


「…ん? 貴様何を…っ!?」
パァン、という発砲音と共に、柳川の足から血が噴出した。柳川が思わずバランスを崩す。
「ぐ…おおおおっ! この、女っ!」
足を庇ったまま、必死で銃を構えようとしたが、公子に銃を蹴り飛ばされる。ならば奴の銃を奪って――と思ったところで、柳川のこめかみにデリンジャーを突きつけた。
「さよなら、刑事さん」
もう一発、乾いた音が森に響いた。


柳川がぴくりとも動かないのを確認したところで、ようやく公子は安堵のため息をついた。
「相手が素人だと見くびっていて良かったですね」
柳川が狩猟者として豊富に戦闘経験を積んでいた事こそが結果的に油断を招き、公子に勝利をもたらした。無論、無謀な賭けに成功した公子の運の良さもあったのだが。
「でも、幸運は二度も続かない…できれば、こんな相手とは二度と殺りあいたくないですね」
柳川の銃とスペツナズナイフを回収し、改めて名雪の支給品を確認する。
「GPSレーダー、時限爆弾入りMP3再生機能付携帯電話、赤いルージュ型拳銃、青酸カリ入りマニキュア…どれもこれもクセのあるものばかりね」
だが、ルージュ型拳銃は使える。奇襲にはもってこいだ。体力や腕力の劣る公子にとって、奇襲を成功させていくことこそが勝利への鍵だった。
ルージュ型拳銃とデリンジャーをポケットに仕舞い、残りはコルト・ディテクティブスペシャルとスペツナズナイフを除いてデイパックに仕舞った。包丁とハンガーは使えそうもないので放置しておいたが。
そして最後に、コルト・ディテクティブスペシャルを片手に持ちもう片手にスペツナズナイフを持って、移動することにした。
「…あ、そう言えば、やり残したことがありましたね」
荷物を一旦置き、三つの死体のところまで行く。そう、死者の埋葬。これが公子に残された最後の良心。
「みなさん、ごめんなさいね。でもわたしにだって命より大切なものがあるんです」
三人の死体を埋めながら、贖罪の言葉を、公子は呟いた。




【時間:1日目午後5時50分頃】
 【場所:E−05】
 
 伊吹公子
 【所持品:コルト・ディテクティブスペシャル(弾数10装弾4)、二連式デリンジャー(残弾4発)、スペツナズナイフ、
GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)、赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
 【状況:正常。死体を埋葬している】

 柳川祐也
  【状態:死亡、武器以外は放置】

 水瀬名雪
 【状態:死亡、武器以外は放置】

注:これは「贖罪」のアナザーストーリーであり、本編でリレーするものではありません。
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