贖罪




「怖い・・・、怖いよ・・・。」
水瀬名雪は震えながらとぼとぼと歩いていた。
今も時折銃声が聞こえてくる。
その銃声が、ゲームが着々と進行している事を報せていた。
このゲームにおいては、無闇に動き回るよりも一箇所に留まった方が敵と出くわす可能性は下がるのだが、
今の彼女にはそんな判断力はある筈も無かった。

なんでこんな事になったの?どうして?
怖い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイ
祐一、お母さん、どこにいるの助けて助けて・・・・

名雪の精神は、少しずつ蝕まれていっていた。
極度の緊張感と恐怖の所為で、失われていく冷静さ。
疲労していく精神。
そして、名雪の精神に致命傷を与える出来事が起こった。


「いやっ・・・、いやぁぁぁぁぁ!!」
視界に入ったのは、無残にも眉間を打ち抜かれた少女――緒方理奈の死体だった。
これは夢だ。
こんなの現実である筈が無い、きっともう少ししたら目が醒めるんだ、
そしてお母さんが作ったパンを食べて、祐一と一緒にまた学校に行くんだ
これは嘘、ウソダウソダウソダ・・・・

その時
ガサリ・・・・
後ろの森の茂みの中から、微かに物音がした。
「誰っ!?」
慌てて振り返る名雪を待っていたのは、

「チッ!」
舌打ちとともに飛来する、スペツナズナイフの刃であった。



――伊吹公子は緒方理奈の死体の傍で、待ち伏せを続けていた。
そして彼女の目論見通り、愚かな獲物がまたやってきた。
死体を見た少女は立ち止まっている。
仕留めるのは容易いだろう。
彼女は茂みに隠れたまま銃で打ち抜くか、
それとも後ろから近付いてスペンツズナイフで直接斬りつけるか。

思考を巡らせた末、直接斬りつける事にした。
弾数には限りがある。
このような隙だらけの少女相手に限りある弾数を消費していては、
今後やっていけないだろう。

そうして背後から近付こうとした彼女であったが、それが大きな判断ミスであった。
実戦経験の無い彼女に、物音を立てずに忍び寄る事など出来る筈も無かったのだ。

物音に気付いた獲物がこちらに振り返った瞬間、直接斬りつけるのは諦め、
咄嗟にナイフを発射したが慌てていた為に彼女の狙い通りの軌道には飛んでくれなかった。


ザクッ!!
自分の肩に何か違和感を感じ、自分の肩を見やる名雪。

「あああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」
名雪の肩にナイフの刃が突き刺さっていた。激痛が走る。

顔を上げた名雪の視界に映ったのは、返り血を浴びた伊吹公子の姿だった。
「いやぁぁぁぁ!!!」
彼女の姿を視界に捉えた瞬間、名雪は一目散に逃げ出していた。

急いで二連式デリンジャーを取り出し、名雪の背中に向かって構える伊吹公子。
しかし何かの物音に気付き、咄嗟にそちらに構え直して銃を発射した。

「くっ!!」
何とか反応して横っ飛びし、すんでの所で弾丸を避けた男の名は、柳川祐也。
この騒ぎを聞きつけ、殺戮者を止める為に駆けつけてきたのである。

ダンッ!!
「な・・・、何で当たらないのよぉ!!!」
狼狽しながらも、再び弾を発射する公子。
その凶弾を、またしても柳川は人間離れした反応速度で回避していた。実戦経験の無い普通の女性である公子と、
制限されているとはいえ鬼の力を有し、職業柄銃の扱いにも慣れている柳川。
決着が着くのは一瞬だった。

ダンッ!!
柳川のコルト・ディテクティブスペシャルが一回だけ火を噴き、
彼の一撃は、正確に公子を捉えていた。

伊吹公子は、彼女の犯した唯一の殺人の被害者――緒方里奈と同じく眉間を撃ちぬかれていた。
まるでその罪を贖うかのように。
彼女は死の際に妹や祐介の今後を案じる暇も与えられず、ゲームから退場する事となった・・・。


「くそっ、こんな女性までこんなゲームに乗ってしまうとはな・・・」
柳川は公子の二連式デリンジャーを拾い、駆け出そうとし、立ち止まった。

「・・・・・・。」
振り返り、座り込み、伊吹公子の見開かれた目蓋をそっと閉じた。
例え相手が殺戮者であろうとも、殺人は殺人。
こんな事で贖罪になるとは思っていないが、何故かそうしたくなったのだ。
そうして再び立ち上がり、今度こそ振り返らずに駆け出した。




【時間:1日目午後5時50分頃】
 【場所:E−05】
 
柳川祐也
 【所持品@:出刃包丁/ハンガー/楓の武器であるコルト・ディテクティブスペシャル(弾数10内装弾3)】
 【所持品A二連式デリンジャー(残弾3発)、自分と楓の支給品一式】
 【状況:正常。ゲームを止めようとしている】

 伊吹公子
 【所持品:支給品一式】
 【状態:死亡】

 水瀬名雪
 【持ち物:GPSレーダー、MP3再生機能付携帯電話(時限爆弾入り)
  赤いルージュ型拳銃 弾1発入り、青酸カリ入り青いマニキュア】
 【状況:肩に刺し傷。発狂寸前。】
 【その他:制服姿、電話の機能に気が付いていない】
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