「おいっ、どうすんだよ!?」 「ちっ! あの馬鹿……っ」 走り去った柏木梓(017)をそれぞれが唖然と見送る中、いち早く我に返った巳間晴香(105)はその背を追い掛ける。 その勢いに押されたのか、藤田浩之(089)も駆け出そうとするが――― 「待てうーひろ。るー達も早くこの場から離れるぞ」 「離れるって……追わないのかよ!?」 「当然だ。何の義理がある。うーはるが追ったから問題ない。だが、少し騒ぎすぎたぞ」 反論は許さないと、鋭い眼つきで皆を見渡して行動を制止させる。 るーこは不満そうに眉を顰める浩之を流し、ちらりと、川名みさき(029)へと目配せした。 勿論、視線など感じる事ができないみさきに代わり、その親友である深山雪見(109)がみさきの耳元に口を寄せた。 「……みさき。どう?」 「ダメっ……距離を縮めてるっ」 みさきが顔を青褪めさせて雪見へと告げる。すぐさま彼女はるーこへと首を横に振った。 その反応に、るーこは眉を顰めた。 「緊急事態だ。マーダーが動いたぞ」 「ま、マジでっ!?」 「おい春原っ。声がデカいって……!」 皆を見渡して一言。機嫌の悪そうな顔でるーこが唐突に口火を切る。 それに驚いた春原陽平(058)を浩之が宥めた。当然、言葉に出さずとも皆驚いていたが、その役目を担ってくれた春原のおかげで幾分か冷静さを取り戻す。 各々が緊張の眼差しで、自身の武器を手に取った。 その行為はマーダーに警戒を促す可能性があるが、即座に反撃できる態勢を取っておかなくては、あっという間に全滅などという事態になってしまう。 大半がこのことを理解していないが、最も命を保障をしてくれるのは武器だけなのである。 防衛手段を反射的に出してしまうのは仕方ないことだ。 その結果、マーダーに感付かせてしまうとしても。 (ん? 気付かれたか……いや、位置の特定がまだのようだな…… フン。感の良い奴もいるようだが、どっちにしろ丸見えだ) 彼等を先程から付け回していた巳間良祐(106)は、獲物が慌てふためく様を見て口許を吊り上げた。 自身の存在は把握できていても、そんなに目線を引っ切り無しに走らせては、居場所まで特定できていないと言わんばかりではないか。 当然、彼等から見える位置にいるほど、良祐だって馬鹿ではない。 木々が生い茂る中、その一つの茂みに隠れているが、よほどの視力と注意力がなければ見つけられはしないだろう。 彼は小さな視界から大きな風景をみればいいが、向こうからしたら大きな視界の中で一つの風景を探さなければならないのだ。 そんな悠長などないし、与えるつもりもない。 最低一人。確実に一人は奇襲で片付く。それを遂行すれば、即座にこの場から離脱すればいい。 彼等は驚き、恐怖するだろう。仲間の一人の無残な姿に。 その時が、第二の好機。 怯える兎を順々に狩っていけばいい。所詮は烏合の衆、直に全滅だ。 (さて……。まずは、誰でいくか) 良祐は複数の獲物へと目を走らせる。 男二人は後回しだ。女性の死に一番敏感なのはこの二人だろう。それが死ねば勝手に混乱して自滅してくれるかもしれない。 何よりも、後回しにしたところで脅威になるとは思っていない。ただの学生に何が出来るのかと。 ならば女ということになるが、良祐は三人の中では誰を初めに狙うかは、追跡していた時から実のところ決めていたのだ。 (―――あの黒髪の女……。現実を一番理解してなさそうなんでな。此処が何処だか解らせてやるよ) 良祐の目線は、明確にみさきの姿を捉えていた。 彼女が盲目であることは知らないが、彼等の話の節々は断片的に聞こえてきたのだ。 その中で最も陽気にしていた少女。まったくもって気に喰わなかった。 良祐はこのゲームに真剣に望んでいる。ルールに沿って懸命に努力をしている。 なのに何だ? 奴等の態度は。 反主催者を掲げ、弱者同士で徒党を組んで、一体何をするつもりなのかと。 (主催者を倒して脱出する? 馬鹿が……。現実性も皆無な話をして恥ずかしくないのか。 傍から見れば滑稽以外の何者でもない。阿呆な理想論を疑わない奴の気が知れん。理解に苦しむな……) 根拠もない希望を持つ参加者のことを考え出すと、虫唾が走るほど不愉快な気分になる。 良祐が殺した二人もそうだ。嬉しそうに妄想の中の未来を語る姿は不憫に感じるほど無様であった。 だから躊躇なく殺した。 ヤル気のない奴は死んで理解させる必要があるのだ。 此処が何処で、何をするために集まったのかをだ。 (―――殺し合いだ。それが至上目的のはずだろ。一方的な虐殺なんて、虚しいことを俺にさせるなよ) 良祐は葉を揺らしながら散弾銃を構えた。 草葉が少し邪魔であったが、弾道が逸れるほどでもないだろう。 遠すぎず近すぎずの距離であったが、彼等は迂闊なことに一塊に固まっていた。 奇襲に警戒して、その事実にまったく気付いていない。 彼は目を細めて小さく舌打ちする。 何故こうも危機管理がなってないのか。眩暈を起こすほど呆れ果ててしまう。 無能な弱者はふるいに掛けられて当然だ。 死ねば弱者。生きれば強者。至極簡単な図式である。 殺してくださいと言わんばかりの彼等は、一体どちらなのか。 (言うまでもないだろ……。結果は推して知れだ) 良祐は冷徹に目を細めて―――引き金を引いた。 ―――浩之は思う。 それは、本当に偶然であった。 彼等が襲撃に目を光らせていたとき、横にいたみさきの肩が小さく震えていることに気付く。 当然だろう。姿の見えない襲撃者のことを想像すると自分だって怖い。 だが、みさきは文字通り見えないのだ。相手の姿どころか、周りの風景も何もかもが暗闇なのだ。 だから、彼は小さく声を掛けた。 「―――川名。心配すんなよ。こんなくだらねぇ所で死んでるようじゃ、カレーなんてもう二度と食えないぜ?」 「え、そうなのかな……」 「最後にカレー食べたのはいつだ?」 「えっと……一昨日かな。……あまり味わってなかったよ〜」 「あ〜あ、なるほどね。それが最後のカレーとなるわけだな」 「……ふふ。それはイヤだなぁ……」 恐怖は決して薄まることはないが、それでもみさきを口許を小さく綻ばせる。 日常の一時が、頭の片隅で駆け巡った。 それを思い出してしまうと、こんな理不尽な状況で死んで堪るか、という帰心も湧いてくる。 絶対に諦めないで絶対に皆で帰る。そう何度も何度も頷いて、浩之の言葉を噛み締めたとき、既に震えは止まっていた。 「ありがとね、浩之君……」 「ん、気にすんなって」 目が見えないというのに、それでも浩之を真っ直ぐ見詰めるみさき。 澄んだ笑顔の表情に、浩之は照れ臭くなりそっぽを向く。 ―――そこで見つけた。 茂みの中で小さく蠢く小枝の姿に。 浩之がその小さな光景を見つけたとき、そこから見え隠れする殺意の銃口を明確に感じ取る。 硬直しながら、何故か銃口の向きと弾道を想像していた。 その銃口の先―――みさきの姿を確認した時、彼は叫んでいた。 「―――川名っ!!」 叫んだと同時、浩之は手に持つ銃を投げ、代わりに肩に下げた由綺のバックをみさきの眼前へと放った。 そして鳴り響く銃声。 「きゃぁ―――っ!?」 「うわっ」 「―――くっ」 宙に浮くバックが勢いよく踊り、中の食料や水、様々な物品がズタズタとなって辺りに散らばる。 ―――これも運とタイミングが良かった。 首から下を狙われていたら、完全にアウトだったのだから。 みさきは前からの衝撃に押されて尻餅をつき、浩之もバックを放った不安定な姿勢によりたたらを踏んだ。 春原と雪見も余りの衝撃音に身を竦ませたが、ただ一人―――るーこだけは全てにおいて早かった。 みさきの荷物から転がり出た物を即座に掴むと手を振り上げる。 「うーひろよくやった! うーみさ借りるぞ! ―――散れっ!」 手に持つみさきの支給品―――スタン・グレネードを先の地面へと叩きつける。 途端―――広がる閃光と耳朶を強引に叩く不快な音が辺り全域に広がった。 「―――なんだとっ!?」 白い風景の中、確かに戸惑う男の声が聞こえてきた。 浩之達四人は、あらかじめ閃光弾を使おうとするるーこの姿だけは声と共に朧ろげながらも目にしており、視界を閉じて耳を塞いでいた。 だが、閃光弾を保持しているという前知識がなかった良祐は完全に虚をつかれ、目を一時的に焼かれて前後不全となる。 彼を倒すまたとないチャンスだが、実際良祐の位置を浩之以外は未だに把握していなかったし、この光の前では探すことも出来ないだろう。 ならば、やることは一つ 「るー! おいうーへい、何やってる! 今度こそ死ぬぞっ」 「ちょ、いきなり閃光弾を使われた身にもなってもらえますかねぇ!?」 「グダグダ言うな、いいから逃げるぞ!」 春原は散弾銃と閃光弾の二発の衝撃に驚いて引っくり返っていたが、るーこが強引に引き起こして、その手を取って走り出す。 他の三人も心配だが、襲撃者が銃を持ってるという事実が露呈した今、集団で逃走するのは得策ではない。 全員が安全に散らばれば最善だが、いざとなったらそれぞれに囮となってもらわなくてはならない。追われる側は運が悪かったと。 酷な考えだが、そうしなければ誰かが生き残る可能性を失くしてしまう。 るーこは全滅の事態だけは避けたかった。それ故の考えだ。 そして、雪見も回復した不鮮明な視界を頼りに駆け出そうとするが――― 「みさきっ? 何処にいるのみさき!?」 『私は大丈夫だよ! だから雪ちゃんも早く逃げてっ』 「駄目よ! あなたは私がいないと―――」 『いいから行って! 信じて雪ちゃん。絶対にまた会える……約束だよ!』 「―――っ。必ずよ!」 ハンデを背負う親友の安否が、一番に雪見の頭を掠める。 だが、それでも雪見は歯を食いしばりながら、全速力でその場から離れた。 身が裂けるほど心配だが、今さら戻ることも出来ない。 みさきの親友であると自負している自分が、彼女を信じてやらなくてどうする。 約束したのだ。それまでは死ぬわけにはいかない。お互いにだ。 (―――約束破ったら承知しないわよ―――みさきっ!) だから、雪見は彼に託した。 光に染まる光景の中で、微かに浮んだ一つの影に。 (あ〜あ……。結構ピンチだよ……) 雪見を送り出した後も、みさきはその場を動けないでいた。 腰を抜かしていたのだ。 実際、浩之の対応が遅れていれば、完全に顔面へと銃弾が突き刺さっていたのだから。 眼前で穿たれまくるバックの音を聞いていた時点で、彼女は腰を落としていた。 諦めたくない。諦めたくはないが、どうしようもなかった。 再び震え上がる衝動を抑えていた時――― 「―――川名ぁ! 早く乗れ!!」 「ひ、浩之君……」 そこに颯爽と現れたのが、自転車に乗った浩之だった。 彼もるーこ同様、いち早く回復して自転車を急いで組み立てていたのだ。 逃げる上では、これほど心強いものはない。 だが、切羽詰っていたのか、浩之は投げた銃を回収できずにいた。 何が何だか分からぬ内に捨ててしまったのだ。今も持っている気で、まったく落とした事実に気付いていない。 そんな浩之でも、何時までたっても動かないみさきだけは忘れなかった。 流れ弾で何処か怪我をしているのではと、内心ひやっとしたが、それは杞憂である。 彼女はただ単に腰を抜かしていただけなのだから。 「おい! 荷物集めたか!? さっさと乗れ!」 「で、でも……それ荷台付いていないんじゃ……」 「立って乗れば問題ないって! ほらっ早くしろ」 「こ、腰が……」 「腕に力は入るだろ! 重心は全部預けていいから、急いで離れるぞ!」 みさきの二の句を告げさせぬ勢いで強引に後輪のステップに足を乗せさて、彼女の体温を感じながら浩之はペダルを思いっきり踏む。 徐々に速度を増しながら、彼等はその場から離脱した。 「―――やってくれる……」 良祐は目が正常に戻るまで、元いた場所から動くことはなかった。 スタン・グレネードの閃光を受けた時、彼はこの奇襲が失敗したことに気付いた。 だが、向こうは逃走を優先にし、こちらへ反撃する意思を見せなかったのだ。 ならば無闇に姿を晒す真似はするべきではない。 どの道、閃光で焼かれた目と、平衡感覚を失った聴覚ではどうしようもない。 だから、良祐は彼等の逃走を見逃す代わりに、自身の感覚の回復へと費やした。 そして、行動に支障がないほどにまで回復した今、やるべきことは一つだ。 「思い違いだったな。奴等も必死というわけか……。―――面白い」 物怖じせず茂みから出てきた良祐は、浩之が投げ捨てた小銃を拾う。 銃弾数を確認して、彼は不適に笑った。 「さぁ……狩りはまだ終わっていないぞ。無事に逃げ切れるなどと……甘いことは考えちゃいないよな?」 『藤田浩之(089)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02(F−03方面へ逃走)】 【所持品:折りたたみ式自転車・予備弾(30×2)・89式小銃用銃剣・クッキー・支給品一式】 【状態:普通。みさきと一緒に良祐から逃げる】 『春原陽平(058)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02(F−02方面へ逃走)】 【所持品:スタンガン・支給品一式】 【状態:普通。るーこと一緒に良祐から逃げる】 『ルーシー・マリア・ミソラ(120)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02(F−02方面へ逃走)】 【所持品:IMI マイクロUZI 残弾数(30/30)・予備カートリッジ(30発入×5)・支給品一式】 【状態:普通。春原と一緒に良祐から逃げる】 『川名みさき(029)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02(F−03方面へ逃走)】 【所持品:スタングレネード(2/3)・支給品一式】 【状態:普通。浩之と一緒に良祐から逃げる】 『深山雪見(109)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02(G−03方面へ逃走)】 【所持品:SIG(P232)残弾数(7/7)・支給品一式】 【状態:普通。良祐から逃げる】 『巳間良祐(106)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02】 【所持品:ベネリM3 残弾数(4/7)・89式小銃 弾数数(22/22)・支給品一式・草壁優季の支給品】 【状態:普通。一方を追撃(次の書き手さんにおまかせ)】 『巳間晴香(105)』 【時間:1日目午後5時30分過ぎ】 【場所:G−02】 【所持品:ボウガン・支給品一式】 【状態:普通。梓を追う】 - BACK