「芽衣ちゃん、入っちゃダメだ!」 扉を開けた瞬間英二が見たものは。もはや顔の原型がないほど殴られ死んでいる杏の死体だった。 生きていた頃の面影は微塵も無い。 他にも体中に刺されたような切り傷が点在し、腫れ上がった顔に流れた涙の跡が目に痛かった。 「ひどいなこれは……」 英二の言葉のとおり、芽衣は扉に身体を隠したまま不安にも様子を窺う。 「ぷひっぷひっ」 抱いていたボタンが急に暴れだす。 芽衣の身体から飛び降りると杏の周りを勢い良く回りだした。 不思議そうに英二がじっと見つめる中、何度も、何度も、止まっては鳴き、止まっては鳴きを繰り返す。 ――勿論返事は返ってこない。 物言わぬ主人の顔をボタンはそっと舐め続ける。 その背中をゆっくりと抱え、芽衣にそっと手渡す。 芽衣は震えるその小さな身体をただただなで続けた。 英二はそこで一台のノートパソコンに目を見やる。 画面に映っているのは真っ赤に染まった『ロワちゃんねる』の文字。 そして一つのスレッドが更新されていた。 【1】:自分の安否を報告するスレッド 1:藤林杏:一日目 12:34:08 ID:ajeogih23 自分が今、どういう状態にあるか、報告するスレッドです。 報告して知り合いを安心させてあげてください。 私は、今は無事です。さしあたっては当面の危機もありません。 それから、私は積極的に人を殺そうとは思っていません。攻撃された場合は別ですが。もし、あたしを見つけても撃たないでね。 みんな、希望を捨てちゃ駄目よ。生き延びて、みんなでまたもとの町へ帰りましょう! 2:柊勝平:一日目 16:03:16 ID:du5YiewBn 諒さんは今どこで何をしてる? 僕はさしあたっては元気かなぁ。 あ、そうそう、杏さん、死んじゃった。 ちょっと殴っただけなんだけどね、ははは。 詳しい話は会った時に話すね。 他にもいろんなお土産話もって行くから待ってて! 見た瞬間英二はこの惨劇を理解し、そして悔いた。 これは自分がここに来るほんの数分前。 もしほんのちょっとだけ早くここに来ていれば彼女は死なずにすんだのではないか。 やり場のない怒りが身体中を襲い、思わず机を殴りつけていた。 「え、英二さん?」 そのいきなりの行動に、芽衣はおそるおそる口を開いた。 「……いや、……なんでもないよ」 そしてノートパソコンを手に取ると、電源を抜きそっとバックにしまいこんだ。 ただの蛋白質と成り果てた杏。 目を閉じ、小さく祈ると芽衣の手を取り分署を出る。 (やっぱりゲームに乗ったやつが他にもいるのか……) ――仇を取るとまで偽善的なことは言えない。 だが、柊勝平と言う男、もしもこいつに会うことがあったなら容赦はしない……。 藤林杏(009) 死亡 緒方英二 【時間:一日目16:30頃】 【場所:鎌石消防分署を出て村の中心に向かう】 【持ち物:拳銃(種別未定)ノートパソコン 支給品一式、水と食料が残り半分】 【状況:再び尋ね人探しに】 春原芽衣 【時間:一日目16:30頃】 【場所:同上】 【持ち物:ボタン 支給品一式、水と食料が残り半分】 【状況:英二に同行】 柊勝平(081) 【時間:1日目16:05頃】 【場所:すでに鎌石消防分署から立ち去る、行き先不明】 【所持品:杏の包丁 手榴弾2つ。首輪。他支給品一式】 【状態:杏を殺した後移動】 - BACK