理緒の戦い




「みゅ・・・みゅああああああ゛あ゛あ゛ぁぁ」
「すぐ楽にしてあげたいけど・・・それじゃ、つまらないよね」

月島瑠璃子の振りかぶった鋏は、その勢いのまま椎名繭の肩を抉った。
ガクガクと痙攣する繭を見つめながら、雛山理緒は震えるしかない。

(ど、どうしよう・・・私のせい?私が、私だけ助かることを願ったから?!)

グサッ、グサッ。鋏は連続して少女の体を引き裂いていく。
みるみるうちに血の海が形成されるが、どれも致命傷ではないのか繭の意識が途切れることはなかった。

「ふふ・・・かわいい」

瑠璃子の手は止まらない、微笑みながらの行為は狂気に支配されていた。
...その時理緒の中で、幼い繭の体が大切な兄弟に重なって。
それは、恐怖で散乱していた意識に理性が戻るきっかけ。

(・・・・・・だめ、あのままじゃあの子、本当に死んじゃうよ・・・)

恐怖が拭えた訳でも、震えが止った訳でもない。
しかし、気づいた時には固まっていた、理緒の足の俊敏さは戻っていた。

「止めて、もう止めてっ!死んじゃう、その子本当に死んじゃうー」

走りこむ、揉み合う2人のその中へ。
理緒は勢いでタックルを決め、瑠璃子を繭の上から押し出した。
が。全力でぶつかったので、その反動は理緒自身にも返ってくる。
二人転がり、倒れこむ。・・・体勢を立て直したのは、瑠璃子の方が早かった。

「・・・邪魔、しないで」



瑠璃子の殺気、しかし理緒はひるまなかった。

「だ、だめー!お願い、殺さないで・・・きゃっ!!」

ブンッと振りぬかれる鋏、相手は有無を言わさない。
間一髪で避けるものの、理緒はその時になって自分が丸腰なことに気がついた。

(ど、どうしようぅ!)

目につく物は自分のデイバック、咄嗟につかむが中身の武器には期待できない。

(・・・あれ?私のカバン、こんな重かったっけ・・・?)

違和感、しかしそれを確かめる余裕はない。
突くように繰り出される瑠璃子の鋏から逃げながら、理緒はデイバックを振り回した。

(うわぁ、やっぱりちょっと重い!)

カバンに弄ばれそうになる。
しかしその重みの生んだ遠心力は、瑠璃子にとってちょっとした脅威になった。

「・・・!」

半歩下がることで直撃を防ぐことはできた、しかし。
カシャン!
宙を舞う凶器、デイバックは瑠璃子の鋏の刃に当たり、それをはじき飛ばした。

「あ!やったっ」



鋏はそのまま、後方の茂みに潜り込む。探索に時間はかかるだろう。
瑠璃子は放射状にに舞う鋏を視線で追い、すぐの回収が不可能と分かると理緒に対峙したまま動きを止めた。
一方理緒は、カバンを振りかぶるジェスチャーをして瑠璃子を威嚇する。
・・・ただし、威嚇以上の行為はできない。

(こ、この後どうすればいいの・・・)
「ねえ」

その時、ふと瑠璃子に話しかけられた。
訝しげに睨むが、彼女の表情は変わらない。
瑠璃子は視線を外さず、ある一点に向かい指を差した。
そして、告げる。

「いいの?あの子、死んでるよ」

(・・・・・・・・・・・・・・・え?!!!)

はっとなる。
瑠璃子の指の先を急いで視線で追う・・・そこには。

「・・・う、嘘、そんな・・・」

だらんとした肢体、メッタ刺しにされた少女の動く気配は皆無。
駆けつける、傍らに膝をつき顔を覗き込むが苦痛に歪んだ表情が変化することはなかった。
・・・背後でガサガサと瑠璃子が逃走する物音が聞こえるが、理緒は動けないでいて。
血に濡れた幼い手のひらを握りこみ、理緒は泣いた。

「ごめんね・・・私がもう少し、早く動けていれば・・・うぅ・・・」

まだ生暖かい体温が、せつなかった。




雛山理緒
【時間:1日目午後1時】
【場所:H−9、森林帯】
【持ち物:アヒル隊長(24時間後に爆発)、支給品一式、繭の支給品一式(抱きかかえているだけ)】
【状態:号泣。アヒル隊長の爆弾については知らない】

月島瑠璃子
【時間:1日目午後1時】
【場所:H−9、森林帯】
【持ち物:支給品一式】
【状態:逃走中。鋏を持っていた右手が少し痺れている。殺意は消えない】

椎名繭  死亡

・理緒が振り回したバックは繭の物、少し重い。中身は開けていない。
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