後悔の悲鳴と安堵の号泣




「……ついたな」
「うん、ついた……」
姫百合姉妹は氷川村の前まで来ていた。
ここまで来るのに普通に来るよりも結構な時間が掛かった。
レーダーが在ったので、ここまで誰とも合わずに来れたのだ。
しかしそれでも……遠くから狙えるものが在ったときに、道を行くだけでは身を守る術が無い。
その為、念を入れて森の中を突き進んできていた。
「さんちゃん、どないする?」
「そやなぁ……とにかく、やすまん?」
「……そやね。家ん中やったら遠くから撃たれることもないやろし。だれか来そうになってもレーダーあるからわかるしな」
瑠璃ちゃんは承諾して、近くの民家に入る。
そして、狙撃を警戒してまだ真新しいカーテンを全部閉める。
「ふぅ……」
「瑠璃ちゃん、だいじょぶなん?」
「だいじょぶ。さんちゃん守るためやもん。全然、なんでもないよ」
(ウソや……)
瑠璃ちゃんは珊瑚ちゃんが通りやすいように森で先に立ち、身体を張って道を作っていたのだ。
しかし、そういっても目の前の妹は認めないだろう。
だから、少しでも休んでいてほしかった。
「瑠璃ちゃん、ゆっくりやすもーな。レーダーあるからだれか来てもだいじょぶやで」
「うん……」
瑠璃ちゃんはほっと息をつく。
初めて銃を持つプレッシャーもかなり在ったのだろう。


当然だ。
武器を持っているのは自分だけ。
仮に自分が失敗したら守っている姉の見も危うい、所の話ではない。
しかし成功すると言うことは自分の銃で相手を撃つと言う事だ。
当たり所によっては死に至る。
そのための武器だ、そう考えてもその恐怖は容易く拭えるものではない。
この二重三重の板挟みに疲弊しない方がどうかしている。
そんな瑠璃ちゃんを心配そうに見ながら、珊瑚ちゃんはふと何か思い付いたようにレーダーの方を見た。
そしてしばし考える。
「……………………」
暫くしてそんな姉の様子に瑠璃ちゃんが気付く。
「ん……?さんちゃん、どないしたん?」
「……瑠璃ちゃん」
「なに?」
「ちゅー、してええ?」
「へっ? ちょ、ちょっ、さんちゃん、急にどないしたん?」
「ええ?」
「ええけど……」
赤くなった瑠璃ちゃんの元に珊瑚ちゃんが行く。
筆記具を持って。


「瑠璃ちゃん……」
「さんちゃ……んっ」
ちゅっ……と、微かな部屋に水音が響く。
そのまま珊瑚ちゃんは体を沈める。
瑠璃ちゃんの首筋まで頭を持ってきて、そのまま抱きしめる。
「さん……ちゃん……」
「瑠璃……ちゃん……」
空間が止まったまま、時間だけが流れる。
そして珊瑚ちゃんが瑠璃ちゃんの唇に人差し指を押し当てる。
「……?」
そして、
【瑠璃ちゃん、しゃべらんで、なるべく音も立てんで】
と、判別し難い字で紙に書く。
瑠璃ちゃんにも筆記具を渡して。
【どしたん?】
【あのレーダー、どうやって動いてると思う?】
【なにって……電池で?】
【ううん、そういうことやなくて。レーダーはなんに反応して光ってると思う?】
【えっと……ひと?】
【そうかもしれへんけど、もっと簡単にできるもんがあるんよ】
【なに?】
【首輪】
「あ……」
瑠璃ちゃんが声を漏らしてしまう。
珊瑚ちゃんはとっさに、瑠璃ちゃんの唇を吸う。
「ん……」
「んっ……さんちゃん……」
「瑠璃ちゃん……」


【しー、な。しゃべったらあかんよ】
【うん……でも、何で?】
【これってみんなつけられとるんやろ? やったら、人に発信機つけるより簡単やん】
【それもやけど、そうやなくてなんでしゃべったらあかんの?】
【順番に説明するから、待っててな】
【うん……】
【この首輪、たぶん生死判定に使ってる。最初、ウサギさんがいうとったやん。最後の一人まで……ころしあいさせるって】
殺し合い、の所でただでさえ読みにくい字が更に歪む。
【やったら、どうにかして生きてるか調べなあかんやん。心臓の音か体温かしらんけど、なんかでデータ、おくっとると思うよ】
【そうやって考えると、この首輪他にもなんかあるかもしれんやん】
【で、さっき瑠璃ちゃんに抱きついた時見てみたんやけど、たぶんその首輪盗聴器ついとる】
「!!」
瑠璃ちゃんが声を上げかけるが、今度は未然に防がれる。
【カメラかマイクかついてるかなーって思ったんやけど、レンズはついてなかった。やから、カメラはない】
【で、マイクあるかなーってみたんやけど、首輪にちっちゃい穴がいっぱいあいとった】
【たぶん、音拾うための穴やと思うねん】
【違うかもしれへんけど、気をつけるに越したことないから】
【……でも、気をつけるって何を気をつけたらええの?】
【そやね……とりあえず、気付かれたことに気付かれないのが一番ええと思う。自然にしとって】
【……うん】
【どうにかして、この首輪はずさないっしょにこの島でられへん】
【はずさなって……はずせるん? あのウサギ、バクハツするって……】
【うん……でも、】
そこまで書いたときに、扉が誰かに叩かれた。
瞬間的に振り向く二人。


まずい。
会話に夢中でレーダーを見てなかった。
慌ててレーダーを見る。
家の前に光点が……四つ。
珊瑚ちゃんは絶望的な気分になった。
扉は一つ。
その前には四人。
こちらは二人でしかも自分は足手纏い。
武器も銃一つだけ。
カーテンを閉めたのが仇になった。
他の家と様子が違うのが興を引いたのだろう。
(どうしよう……どうしよう……どうしよう……ウチのせいで瑠璃ちゃんが……)
瑠璃ちゃんも不安そうな顔で珊瑚ちゃんを見る。
「さんちゃん……どないしよ……」
「……うちがおとりになるから、瑠璃ちゃん逃げて」
「! あかん! 絶対あかんよ! それやったら、ウチがおとりになる!」
「でも!」
きぃ……
軋みを立ててドアが開く。
瑠璃ちゃんは銃を構えて、珊瑚ちゃんは瑠璃ちゃんの前に両手を広げて立つ。
「! さんちゃん! どいて!」
「どかへん! 瑠璃ちゃん、今のうちに逃げて!」
「そんなんいやや! さんちゃんがおらんとウチいかへんもん!」
「瑠璃ちゃん!」


「あーのー、ちょっといいかなー……」
「「?」」
「あたし達、戦う気は無いんで……逃げなくていいよ?」
「……ほんま?」
「さんちゃん! だまされたらあかん! ウソついてるかもしれへんよ!}
「でも……」
「んー……どうすれば信じてくれるかなー……」
「ねぇ新城さん、ちょっと変わってくれるかな」
「え?いいけど……男の子じゃ余計に怖がらせちゃわないかな?」
「大丈夫だと思う。ねぇ、珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんでしょ?」
「「! 貴明〜!!」」
二人は貴明の事を確認すると、弾かれたように駆け出した。
「珊瑚ちゃん、瑠璃ちゃん、二人だけ?」
「うん、うん……」
「貴明〜……」
貴明は堰を切ったように泣き出す二人の身体を抱きとめて、見やった。
二人の身体は森の中を通ってきて、傷ついていた。
得に瑠璃ちゃんの方が酷い。
珊瑚ちゃんを守ってこうなったのだろうと言うことは、容易に想像できた。
「……がんばったね。二人とも」
「ぅう〜〜……」
「うん……うん……」
沙織は気を利かせたのか、部屋から出て行った。
家の中では、いつまでも二人の泣き声がこだましていた。




姫百合珊瑚
【持ち物:水を消費、レーダー】
【状態:安堵、号泣、僅かな擦過傷、切り傷】
姫百合瑠璃
【持ち物:水を消費、シグ・サウエルP232(残弾8)】
【状態:安堵、号泣、擦過傷、切り傷。珊瑚ちゃんよりは多少深い。が、動くには支障は無い程度】
河野貴明
【持ち物:水を少々消費、工具セット、モップ型ライフル】
【状態:安堵、健康】
向坂雄二
【持ち物:水を少々消費、ガントレット】
【状態:待機、健康】
新城沙織
【持ち物:水を少々消費、フライパン(カーボノイド入り)】
【状態:待機、健康、実は少々気まずい】
マルチ
【状態:待機、健康】
共通
【持ち物:デイパック】
【時間:一日目午後四時半頃】
【場所:I-07の民家】
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