「さぁ、早く武器を手渡してください」 「ど、どうしよ香里さん……」 「…………」 美坂香里(099)は内心で舌を打つ。 ゲームからの脱出を恐らく懸命に考えているであろう友人の元へ行く道中、幾分か好戦的な相手に遭遇したことは不運以外の何者でもない。 確かに、誰とも遭わずに知り合いの元へ辿り着けるなどという甘い考えなどはなかった。 それでも道順を彼女なりに模索した結果、安全且つ有効なルートを選出したつもりだったのだ。 馬鹿正直に道沿いなどは進まなかったし、見渡しの良い道を横切るときだって細心の注意を払いもした。 遮蔽物を計算に入れて、自身の視野と偶像された人間の視野までも確認しながら、決して目に届かぬ位置を進んできたはずだ。 だが、彼女と同じことを考える人物がいることに失念していた。 当然似たようなルートで進んできた相手が近くにいるのならば、相対するのが道理というものだ。 そして、実際遭遇した。 出会い頭に双方唖然としたが、いち早く正気に返った香里は拳銃を所有する同行者―――神岸あかり(026)に構えるように指示した。 しかし、篠塚弥生(054)が銃を構えるほうが遥かに早かった。 当のあかりといえば、震えるばかりでまるで役に立たない。 度重なる失策に、香里は顔を歪めた。 「どうしました? 命が惜しくないというのなら―――」 「待って。仮に渡したとしても、本当に命が保障できるのかしら?」 一先ずの懸念がそれだ。 一思いに撃てばいいものを、彼女は何故かこちらに妥協点を持ち上がる。 ゲームに乗らずに、ただ単に武器が欲しいのか。 もしくは、助けると言いつつ油断した隙に殺すのか。 あまり考えたくはないが、自分がゲームに乗ったのならば無用な問答に時間を費やさずに即座に撃ち殺して終了だろう。 なのに、殺さないというのは何故か。 香里の考えを他所に、弥生は一度だけ頷いた 「保障します。貴方達の命には興味はありませんし、ゲームにも今のところは乗るつもりもありません。 ですが、私の探している子を死なすわけにはいかないもので」 「要は、その子のために武器を集めて身を守らせるって訳ね? いや、むしろ貴女が重武装でその子を守るのかしら」 「どう取ってもらっても構いませんが、貴方達には他に選択肢があるのですか? 先の言動、貴女自身はこっちに対抗できる武器はないようで。 そこの子も……あまり約に立ちそうには見えませんし」 あかりに目を配りながら無表情に呟く弥生。 言外に、香里一人では何も出来ないことと、いざとなればあかりが足を引っ張ることを揶揄していた。 あの時、あかりの状態を分かっていれば、構えろなどという指示はしなかったものを。 そのせいで自身の弱味を出してしまったというのに。 香里は小さく息をつく。 「そうね。殺す気があるのなら、その銃で遠い所から狙撃されて終わりだものね」 「一介の女子高生に銃の区別などつくのですか?」 「それだけ長い銃身ならライフルしかないじゃない。でも、貴女も失念していたのよね? 自分と同じルートで進む参加者がいることに」 「…………」 「私がポカをやらかしたんだから、貴女も相当焦ったんじゃない? でも良かったわね。私達が何の力もない子供で。 乗った参加者なら手遅れだったものね……貴女の反応」 弥生が目をスッと細める。 明らかに煽っている様子の香里を、あかりはオロオロとしながら宥めようとするが、緊張で口が回らない。 香里も決して油断を見せず、冷静な顔で弥生と目を交差させる。 「……私がここで逆上するのを、まさか期待でもしているのですか? 勘違いしているようだから言いますが、確かにゲームには乗っていません。ですが、殺すことに躊躇はありません」 「へぇ……。殺すことがゲームに繋がると思うのだけれど?」 「私にとってゲームに乗るということは、全ての望みが潰えて自棄になることですので。つまり、それまでもそれからも他者など重要ではありません」 「そ、道理ね。その考えに基づくと、貴女の邪魔さえしなければ助かりそうね私達」 「そう言ってますが。選択はご自由に」 香里は肩を竦めながら、あかりに目配せする。 一瞬戸惑いの視線を向けるが、香里が強く頷いたため、怖怖と拳銃を取り出した。 「あ、あの……これです」 「こちらに投げてください」 あかりは小さく拳銃を放った。 弥生の足元に落ちた拳銃を、彼女は目線を香里に移したまま拾う。 「一応貴女のも確認しますので……どうぞ」 「こんな物欲しかったの? くれてやるわよ」 香里はあかりとは違い、ぞんざいに自身の支給品を弥生へと転がす。 ころりと、弥生の靴へと衝突した。 それを拾わず眺めること一時、弥生は何処か同情したような目線を向ける。 「……何よ。なんか文句あるわけ?」 「いえ、別に。これは貴女のものでしょう? 返します」 足先にあった香里の支給品―――コンパスを軽く蹴り返した。 ちなみに全員に支給されている方位磁石ではなく、文房具の方だ。 自分がぞんざいに扱ったものが、同じようにぞんざいに返されては、こんなものを引き当てた不運を呪うしかない。 嘆息しながら、それを渋々と拾う。 「さ、このままズガンなんてのは無しよ」 「わかっています。自分で言うのもなんですが、貴女達は運がいいですよ。由綺の状況を知らぬ今、迂闊な行動をするつもりはありませんからね」 「由綺? あぁ、もしかしなくても森川由綺のことかしらね。もしやと思ったけど……まさか本物?」 「ええ。正真正銘のアイドルです」 「へぇ……。名簿見たときは驚いたけど、本物か。じゃあ貴女は追っかけ……でもないか。関係者よね?」 「そんなことは貴女には関係ないことです」 「それもそうね」 話は終わりだとばかりに弥生は充分に距離を取ってから、林の中に飛び込んで香里達の視界から消えた。 不安の荷が下りたように、香里は大きく深呼吸する。 これでも、内心緊張していたのだ。 先程まで銃口を向けられ続け、安穏としていられるわけがない。 「よ、よかったんですか?」 「仕方ないわよ。例えこの先敵に襲われたとしても、今ここで死ぬよりはマシでしょ?」 「それもそうだけど……それよりも森川由綺って本物だったんですね! なら緒方理奈っていうのも……」 「ま、本物と考えるのが妥当よね」 先程まで会話に参加できなかった鬱憤を晴らすかのように話し出すあかり。 あれこれとアイドルについて語る彼女へ適当に相槌を打ちながら、香里は考えていた。 弥生との邂逅は本当に運が良かったと。 遭ったこと事態は不運だが、今の弥生であったことは幸運であった。 今は様子見であり、下手に過剰な行動をしていない弥生だが、彼女の導火線に火がつけば? それを担うのは森川由綺。 ―――香里は断言できる。 由綺を失ったら、弥生は必ずゲームに乗ると。必ずだ。 生きることを諦めたり取り乱したりするなど、そんなぬるい状態になるわけがない。 (彼女が死なないように祈るしかないわね……) 由綺にとっても弥生にとっても、そう願わずにはいられなかった。 だが、お互いが非情な現実を知るのは―――もう間近である。 『美坂香里(099)』 【時間:1日目午後4時30分頃】 【場所:G−04】 【所持品:コンパス・支給品一式】 【状態:普通。祐一や北川の元にあかりを届ける。その際に栞の捜索】 『神岸あかり(026)』 【時間:1日目午後4時30分頃】 【場所:G−04】 【所持品:支給品一式】 【状態:普通。香里に同行。浩之達との合流】 『篠塚弥生(054)』 【時間:1日目午後4時30分頃】 【場所:G−04(既に移動)】 【所持品:レミントン(M700)装弾数(5/5)予備弾丸(15/15)・ワルサー(P5)装弾数(8/8)・支給品一式】 【状態:普通。由綺の捜索】 - BACK