強敵の出現!?




それまで警戒と疲労から険しい表情のままだった倉田 佐祐理は、
ようやくその表情を緩ませる。どうやら無事に高原池まで辿りついたようだ。
池を覗き込み、水の澄んだ状態を確認すると、一口だけ舐めてみる。
「はぇー、一応飲めなくはないけど、止めた方がよさそう」
やはり、まともな飲料水を補給しようとなると居住地まで降りる必要がありそうだ。
それでも、顔や手足の汚れを落とせるだけでも佐祐理には幸福だった。

 あははーっ。こんな些細な事で幸せを感じる事が出来るなんて・・・。
 当たり前のような生活を送っていたころからは考えられない。
 今、置かれている状況は決して良いものではないけれど、
 生きる事の大切さを学べた事は大きかったかもしれない。
 一弥を失った頃には考えられなかった、生きるという重み。
 舞や祐一さんと共に過ごす事で少しずつ育まれてきた気持ち。
 わたしは、ここに来て少しずつ変れてきているのかもしれない。

ひんやりとした水の心地よい感触を確かめながら、柄にも無くそう思ってみる。
「一弥、お姉さんはもう少しがんばって生きてみるね」
手首を切った事に後悔は無いけれど、もうあんな事はすまい、と改めて亡き弟に誓う。
このゲームを覆す事が出来なければ、きっとわたしは死ぬだろうけど、
その時を迎えた時に、自分が納得できる舞台を作り上げよう。



辺りの気配を伺いつつ、休憩をする事30分ほど。
周りの木々が、ざわめき始める。
耳を澄ますと、何か複数の走る足音が段々とこちらに近づいてくる。
近くの木陰に隠れ、様子を見る…と、足音の主の姿がはっきりと見えた。
どこかの制服を着ているところを見ると高校生らしい女性、特徴としては
髪型の上部、左右に二つお下げを垂らし、少しふっくらとした感じがする。
こんな場所には似つかわしくないような、物静かな印象を受ける。
何かから逃げてきたのか、息を切らし、足元もおぼついていない。
一心不乱に池の淵まで走りぬけ、そこで転倒してしまう。
「あぁ…」
彼女の表情に絶望の色が伺える。そこに見える、もう1つの足音の主。
ーーーあれは山犬だろうか…?
グルルルルル…と唸りを上げて、彼女に飛び掛るタイミングを伺っている。

出来るだけ人との接触を絶ちたかったが、この状況を見過ごせるほど
佐祐理は冷酷にはなれなかった。

「舞…力を貸して!」
背中に背負う刀を持ち、山犬が飛びかかろうとした、まさにその時、
佐祐理は飛び出し、宙を舞う山犬の胴を薙ぎ払う!
ギャインギャイン!
山犬は一旦飛びのき、標的を佐祐理に変更する。
「逃げて!・・・早く!」
佐祐理は、状況が飲み込めないのであろう少女に叫ぶように指示を出しつつ、
剣道でいう、正眼の構えの真似事を取る。
「あ、ありがとうなの」
少女は鈍い動きで立ち上がり、よろよろと避難する。





…運動神経は悪い方ではないが、格闘の経験なんてものは無い。
ましてや相手は佐祐理以上に動きの素早い山犬だ。
今更だが、舞はよくこんな相手を軽々とあしらえたと感心する。
ーーーふぇ?ちょっと待ってよ。山犬……まさか!?
佐祐理はデイパックの中から非常食を取り出し、山犬の目をそちらに移させる。
案の定、山犬はお腹を空かせているのだ。山犬の目は佐祐理の手にから離れない!

「犬さん、犬さん、遠くに飛ばすから、ちゃんと食べてね…!」
非常食を山犬の目の前でユラユラと揺らし、その後振りかぶって大きく遠方へと投げる!
山犬は佐祐理への興味を一旦無くし、一目散に飛んでいった非常食に向かって走る。
「さぁ、今の内に逃げよ!」
少女の手を取り、山犬とは反対方向へと走る。



……
「はぁ…はぁ…ここなら、もう大丈夫かな?」
「そうですね…。どうもありがとうなの」
「あ、あはははーっ」乾いた笑いと共に、佐祐理はその場にへたり込む。
そこで少女も、ハッと我に帰ったのか、それまでの彼女の動きからは考えられない素早い動きで
佐祐理から離れ、警戒をする。
 …?わたしが怖いのかな?ちゃんと警戒を解いてあげないと…
「あ、あの〜」
一声かけると、少女はビクっとして頭を抱え始め、涙目になって呟く。
「…ぶたない?ぶたない?」
「はぇー。ぶ、ぶちませんよ、あははーっ」
さすがの佐祐理にも、この反応は読めなかったのか、呆気に取られた顔で苦笑する。
すると少女も胸をなでおろし、
「ほっ…よかったの」
と、一呼吸おいて自己紹介を始める。
「3年A組、一ノ瀬ことみです。ひらがなみっつでこ・と・み。呼ぶ時はことみちゃん。
 趣味は読書です。どうかお友達になってください」
…その彼女特有の世界に、佐祐理は苦笑を解く事が出来ない。
「は、はぇ…同じく3年の倉田 佐祐理です。佐藤の佐に祐天寺の祐、理科の理で佐・祐・理。
 呼ぶ時は佐祐理でいいです。こちらこそお友達になってください」
「祐天寺…東京都目黒区中目黒にある浄土宗の寺。明顕山善久院と号する。1719年祐天の遺命により…」
「あ、あの〜、それはいいから…」
佐祐理でさえ持て余す強敵の登場だった…。




『倉田 佐祐理(036)』
【時間:午後6時すぎ】
【場所:高原池畔(D−04北西部)】
【持ち物:封印した菊一文字、その他支給品(水は残りわずか、食料も半分消費)】
【状態:苦笑。水浴びにより、少々疲労回復。この先ことみと行動を共にするかは、まだ未定】

『一ノ瀬ことみ(006)』
【時間:午後6時過ぎ】
【場所高原池畔(D−04北西部)】
【持ち物:飲み薬カプセル式の時限爆弾×5、その他支給品(水を少し消費)
 (カプセルが消化される事で起爆、トータル15分ほどで爆発。爆発力は2階建ての家一件を爆破可)】
【状態:安堵】
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