無題




 パンッ! バンッ! 森の中に二種類の銃声が交互にこだまする。
 向坂環はコルトガバメントで牽制しながら少しづつ、相手に近づいていった。
 いざとなれば相手の命を奪う覚悟は既にできていたが、それはあくまでほかに手がないときの最終手段にしたかった。
 理想は近づいていって銃を奪い、相手を一発ぶん殴ること。次善は相手の銃を奪うこと。
 再びパァン! 風船が破裂するような音がして、目の前の木から樹皮が飛び散る。環は慌てて大きな岩の陰に身を隠した。
 環にとって都合がよかったのは、相手もこちらに近づいていることだった。さっきの「やっぱもう少し近づかなアカンな!」という一言は偽らざる本心らしい。
 ちらりと岩の陰から相手の様子を探ろうとしたが、少し顔を出しただけで、銃弾が襲ってくる。岩の端に銃弾が当たってガチンと音を立てる。眼前で火花が散って慌てて隠れた。
 今度は環は岩の横から相手をうかがう。今度は何もない。相手の姿を木の陰に認める。発射。近くの樹皮が削れただけだった。だは、相手はそれに怯えたか、完全に身を隠す。
(チャンス!)
 環はもう一発、相手がいると思われる方向にでたらめに打つと、そのまま岩の陰から飛び出し、斜面から張り出すように出ていた木の陰に隠れる。
 無事に成功した。今ここに隠れたことは相手に見えてないはず。このまま逃げ出すことも十分に可能だったが、
(魅力的な提案ではあるんだけどね……)
だが、あの女がこのみや雄二やタカ坊の前に姿を現して攻撃しないという保障は何もない。あいつの戦闘力をここで奪っておかなければ安心できない。
 そんなことを考えていると、先ほどまで自分がいたあたりの木に銃弾が当たったのが見えた。まだ、あの辺にいると思い込んでいるのか。だとしたら別方向から回り込めば奇襲をかけられる。
(でも今ので、銃弾を使い切っちゃったわよね)
マガジンを取り出し確認すると、そこに銃弾はなかった。
(やっぱり、か)
だが、予備弾丸はまだディパックの中にある。環は一旦マガジンをしまうと、すばやくディパックの中に手を入れて、弾丸を取り出す。そしてマガジンを引き出し、木の横からちらりと向こうの状況をうかがう。


 神尾晴子の顔が目の前にあった。
「!」
「!」
 銃弾があるとかないとか関係ない。環は夢中でコルトガバメントにマガジンを押し込むと、相手の眉間に突きつけた。だが、それと同時に相手の銃口が視界のど真ん中に鎮座しているのを知覚する。
 そういう状態になってからいつのまにここまで、という驚きが心に浮かんだ。
 さて、どうする? 引き金はひけない。ひけば、相手に銃弾がないのがわかってしまう。何も顔に出すな! 自分に強く命じた。 恐怖も! 迷いも! あせりも! 何もかも!
 動かない、いや動けない。どうする? はったりをかけてこの場を穏便に収めるか。いや、それはだめだ。それでいいのなら自分はとっくに逃げ出しているのだ。
 ならば、銃を捨てて接近戦に持ち込むか? 体格はほぼ同等。いや、相手はヒールをはいてるから、ややこちらのほうが大きい。ならば、いける?
 でも失敗したら自分はここで死んでしまう。それはタカ坊たちを守るためにもさけなければいけない。ならば、やはり見逃すか?
 待て、どうして相手は撃たない。ひょっとして自分と同じように弾切れか? その可能性は高い。弾があるならさっさと撃てばいいのだから。まさか、それを躊躇するような人物ではない。
 ならば、その可能性にかけて接近戦に持ち込む! まずは体を低くして銃を持っている右腕を取る!
 環の思考がそこまで及んだときだった。
「うおりゃあぁ!!」
相手のほうが一瞬早く同じ思考にいたったらしい。銃を投げ捨てこちらにとびかかってくる。こちらが銃をしまうと相手はにやりと獰猛な笑みを浮かべた。だが、環は相手の腕を取るとそのまま後方に跳ね飛ばす!
「なっ!」
相手は宙を待った後、したたかに腰を地面に打ち付けた。
「あぐぅっ!」
「チェックメイト、ね」
そう言って環は相手の胸の上に軽く足を乗せる。妙な動きを見せたら即刻踏みつけるつもりだった。

「冗談きついわ!」
だが、晴子は右手ですばやく石をつかむと、環の足を殴打する。
「っ!」
油断していた環は避けきれずに足をまともに攻撃され、バランスを崩した。
「これでどうやっ!」
その隙にすばやく晴子が立ち上がって、環のもう一方の足を引っ掛ける!
「ぐっ!」
今度は環がたたらを踏む。平地ならまだよかったが、そこは足場の悪い森の中。バランスをとりきれず倒れる。そこに猛然と晴子が飛び掛った。
「形勢逆転やな!」
そう言って馬乗りになると環の首を絞めにかかった。
「がっ! はっ!」
無理やり気道から空気を押し出される。ブラックアウトしかかる視界を無理やり広げると、環は晴子の両腕を逆につかみ、思いっきり力をこめる!
「!」
環の握力に耐えかねて、晴子の締めが弱くなる。そこをチャンスと見て、環は腹筋で足を振り上げると後ろから晴子の首を引っ掛け自分から一気に引き剥がしにかかった。
「げふっ!」
今度は晴子の気道がつぶされかかる。晴子は逆らわずに後ろへ逃げた。地面の上を転がると、銃に手を伸ばす。だが、環は自分の持っていた銃を晴子の銃に投げつけ、遠くへ跳ね飛ばした。
「くっ!」
「そっちこそ、なめんじゃないわよ」
静かにどすの利いた声で低くつぶやきながら環は立ち上がった。銃はもうどこへ行ったかわからない。自然とお互いの視線は相手にぶつかり合う。
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
お互いに首を押さえながら荒いい息をはく。はきつつも視線だけは鋭く、相手をにらみつける。
「そのへんにしときなさい、お二人さん」
言葉とともにガァン!という第三の銃声。同時に二人の中間地点で跳ね飛ばされた樹皮が踊った。新手だ。
「正直、ほっといてもいいんだけど……殺し合いなんて見ててあんまり気分のいいものじゃないからね。おせっかいかもしれないけどとめさせてもらうわよ」
そういってスミス&ウェッソンを構えて現れたのは第三の女。
「馬鹿な真似はやめなさい。さもないと撃つわよ」
エクストリームの全日本女子チャンピオン、来栖川綾香はそう勧告した。




向坂環
【時間:12時過ぎ】
【場所:F-03】
【持ち物:荷物一式。銃はその辺に飛んでいった(探せば回収可能)予備弾丸20発】
【状態:足と首に痛み。疲労】

神尾晴子
【時間:12時過ぎ】
【場所:F-03】
【持ち物:荷物一式。銃はその辺に飛んでいった(探せば回収可能)予備弾丸18発】
【状態:腰と首に痛み。疲労】

来栖川綾香
【時間:12時過ぎ】
【場所:F-03】
【持ち物:S&W M1076(現在装填弾数8)、予備弾丸30発】
【状態:異常なし】
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