狂気の片割れ




「瑠璃子……瑠璃子……」

 かれこれ歩き回って数時間か。
 月島拓也(066)は何の進展もないまま、ふらふらと島を彷徨い歩く。
 手には黒光りする拳銃。引き鉄には指が掛かっており、傍から見れば近寄りがたい雰囲気を醸しだしていた。
 瑠璃子瑠璃子と、同じ言動を繰り返し、目も空ろな危うい状態の彼に一体誰が好き好んで近寄るというのか。
 マーダーから見れば格好の獲物だし、盛んにゲーム脱出を考える者からすれば、輪を乱しかねない存在はお断りだ。
 こういった殺人ゲームでは、両者共になによりも冷静な思考と明確な目的意識が必要となってくる。
 だから、彼のように冷静ではいられなくなったもの、正常な思考を失ったものがゲームで生き残りには困難を極める。
 しかし、拓也には誰よりも強く深い明確な目的意識が存在した。

「待ってて瑠璃子、瑠璃子。もうすぐだ……もうすぐだよ。ここはすごくいいよ。
 本能のままで殺し合い憎しみ合い、裏切ってまた殺して。どろどろの人間像が全てある。ここなら僕たちは愛し合えるね。ずっと……ずっと愛し合える。
 ふ、ふふ。ふふふふ……。そうだ、そうだよ。障害もない。邪魔者は……簡単だね、消せば良い。無残に……後腐れなくね。
 嗚呼……、どうしよ瑠璃子……瑠璃子どうしよ。瑠璃子との綾瀬の日々を思い浮かべると止まらない。高鳴る鼓動が止まらないよ瑠璃子……」

 ゲームに乗るだとか、乗らないだとかは、まったくもって関係ない。
 最優先目標は瑠璃子の捜索で、最善の行動は瑠璃子を探し、最高の未来は瑠璃子と過ごすことだ。
 深く考えることはない。
 瑠璃子と合流し、愛を重ね、暇を見つけては邪魔者を排除し、愛を重ね、二人の新居をこの島で構え、愛を重ね、その手間に邪魔者を排除し、愛を重ねる。
 至極簡単なことだ。
 そうして邪魔者を消して準備も整えば、二人で死ぬまで誰もいないこの島で過ごせば良い。
 それはとても理想的な現実じゃないか。
 神など信じちゃいないが、今だけは感謝したい。自分に理想の未来と最高の結末を、この素晴らしいゲームで果たしてくれるのだから。

 瞳に危険な色を灯し、彼は勝手に考えて、勝手に納得し、勝手に行動することを決める。
 残忍な笑みを浮べ、そして恍惚に表情を歪めながら彼は延々と歩き出す。
 滲み出す笑みを隠すことなく、それでいて全範囲の物音を聞き逃さず。
 拓也は冷静でも正常でもなかったが、留まることを知らない恐ろしいほどの瑠璃子への執着が、彼の全神経を刺激していた。
 瑠璃子が今にも現れるのではないか、そう考えてしまうと顕著なほどに神経を昂ぶらせてしまう。
 
 ―――だからであった。
 極限まで抑えられた足音が、背後から忍び寄るようにして近づいていることを拓也の聴覚が正確に聞き取れたのは。
 拓也は破顔した。

(瑠璃子、瑠璃子瑠璃子! 瑠璃子だ! 僕に会いにきてくれたんだね! 
 ふふ、ふふふふふ。流石は瑠璃子、僕よりも先に見つけちゃうなんてね。それも後ろから忍び寄っちゃって……そういうところもお茶目で可愛いよ瑠璃子)

 既に背後から近寄ってくるのは瑠璃子と確定事項である。
 普段の彼女がどうであったかなど、自身の妄想で打ち消して都合よく解釈する身勝手さ。
 正しく狂人の思考だが、拓也はお構い無しに幸せそうだ。
 うずうずと待ち遠しそうにしながら瑠璃子の接近を待つ。
 そして、手が触れ合う距離にまで接近したら逆に振り返って驚かせてやろう。
 明日の遠足が楽しみで眠れないという子供の思考と同じように、拓也は無邪気にその時を待った。

(さぁ瑠璃子。僕を驚かせてごらん。今も瑠璃子は僕を驚かそうと笑ってるんだろうね。でもだめだよ瑠璃子。
 笑顔の瑠璃子も魅力的だけど、驚き戸惑いの顔を見せる瑠璃子も大好きだからね。
 困ったよ……嬉しすぎて声を出しちゃいそうだよ瑠璃子……)

 拓也は肩を震わせながら笑みを我慢した。
 そんな拓也の精一杯の自制が幸を成したのか、背後にいる瑠璃子は手が届く位置で歩みを止める。
 今が好機とばかりに、拓也が輝かしい笑顔で振り返った。

「―――瑠璃子っ! 残念だったね瑠璃……え?」
「少年よ。ちと、聞きたいことがあるんじゃが……はて、るりとは?」
「…………」

 振り返った拓也は硬直した。
 愛しい瑠璃子の驚き顔があるはずが、そこにいたのは屈強で老齢な男。
 まじまじと見るが、似ても似つかなかった。
 ようやく頭で別人物と認識したとき、先程とは比べようもないほどの震えが拓也の身体を駆け巡る。 

「るり……。姫百合瑠璃殿のことかの? 生憎面識がなくて詳しくは知らぬが、知り合いかね……?」
「―――なっ、な……!」
「ん? おお、そうであった。由真という少女を知らぬか? これでも孫であるのだが―――」

 ガキンと、拓也の奥歯が砕けた。
 
「なんなんだああぁぁ!! おまえはあぁ―――!!!!」

 腕に持った拳銃を持ち上げて問答無用に発砲した。 
 ズドンドンッ、という二発の銃弾は正確に老人―――長瀬源蔵(72)の腹部に着弾した。
 小さく呻き声を上げて、源蔵は仰向けに地へと伏した。

「はぁ、はぁ、はぁっ……クソがっ! ふざけやがって! 人の純情を弄びやがって……!」

 荒い息を吐いて、転がる老人の死体を睨みつける。
 当然の報いだとばかりに、彼は憤慨した様子で歩き出した。
 その際に、源蔵を踏みつけておいた。  

「激しく無用な時間を食っちゃったよ瑠璃子。待ってて瑠璃子。今行くからね」
「―――待て小僧」

 歩き出した拓也の耳に、殺したはずの老人の声が何故か横方から聞こえてきた。
 ギョッとなり振り替えると、眼前には固められた拳の姿。

「―――なっ!?」
「出会い頭に攻撃とは―――教育がなっておらんようじゃの―――!!」

 電光石火の如く、源蔵の拳が拓也へと突き刺さり、身体が半回転して吹き飛んだ。
 そして、地へと倒れ伏した拓也は起き上がってこない。先程とは逆の構図だ。
 違いといえば、拓也は完全に沈黙していることだが。
 それを見届けることなく源蔵は襟を正しながら鼻を鳴らす。

「危なかったが、このチョッキが役に立ったようじゃな……」

 穿たれたスーツの間からは、銃弾を止めた防弾チョッキが姿を現していた。
 多少の衝撃はあったものの、行動に支障はない。
 源蔵は近くに転がった拓也の拳銃を回収する。 

「これは貴様には過ぎた物だ。没収じゃな」

 拳銃を自身のバックに詰め直し、気絶した拓也には目もくれずに歩き出した。
 食料が入った拓也のバックを残したことは、せめてもの情けだ。 
 こんな危険な奴でも改心する余地が有るのなら、望みは断つべきではない。
 少し甘いかもしれないが、源蔵は恐らくゲームでの年長者。
 未来ある若者を費やしてしまうのは忍びなかったのかもれない。 

「さて、由真も無事であるといいのだが……」




 『月島拓也(066)』
 【時間:1日目午後5時頃】
 【場所:G−07】
 【所持品:弾倉2セット(各八発)・支給品一式】
 【状態:気絶中。瑠璃子を探す】

 『長瀬源蔵(072)』
 【時間:1日目午後5時頃】
 【場所:G−07】
 【所持品:防弾チョッキ・トカレフ(TT30)銃弾数(6/8)・支給品一式】
 【状態:普通。由真を探す】
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