無題




−−−−−−悲鳴を上げる自分のその裏で、何かがはじけた気がした。

今、七瀬留美の目の前には「敵」がいる。
男だ。澪や繭のような、か弱い女の子とは訳が違う。

ガクガクと、震えだす膝を堪えて留美は対峙していた。
・・・怖い。あふれ出す感情は止められない。
そんな時に思い出だすのは、いつもの「自分」であった。

強い自分。
いつも、浩平から「漢」とからかわれていた自分。
いじめにも屈しなかった、自分の信念を貫くことに誇りを持っていた。
・・・でも、こんな状況では、全てが、覆される・・・。

(私らしくないに決まってる、本当の私なら立ち向かえるはずっ・・・なのに・・・)

それは彼女に押し付けられた印象、誰もが「七瀬なら」と思う期待。
彼女はそれに答えなくてはいけない。
でも、七瀬留美はあくまで七瀬留美。・・・一人の、ごくごく普通の女の子だ。

それは、留美自身にとっての心労へと繋がる。
私がやらねば。
私がやらねば。
私が、殺ら・・・

「?!ひぃっ・・・・」

気がついたら、留美は。
自然に、肩にかけたP−90の照準を目の前の「敵」に合わせていた・・・。

一方、藤井冬弥はあせっていた。

(と、とんだ失敗だ!何で俺、こんなついてないんだ・・・)

ツインテールをリボンで結んだ、そんな女の子らしい外見の少女。
制服からしても明らかに年下、庇護を申し出れば喜ばれる立場になるだろうと予想していたから。

(俺、何か呪われてるんじゃないのか・・・っ?)

P−90は、こちらに向けられたままである。
そのまま、少女がキッと睨みながら叫んできた。

「う、動かないでよ!」

それが、目の前の少女の言葉としての声を聞いた、初めての瞬間だった。

「・・・はい」

大人しくバンザイ、まずは敵意がないことを伝えなければいけない。
ぜぇ、ぜぇ・・・留美の荒い呼吸は、こちらまで聞こえてくる。
どうしたものかと。冬弥は彼女の様子を窺うしかない。
・・・しかし、留美はそのまま動かなかった。
否、動けなかった。
トリガーに指はかけてある。・・・しかし、迷いが拭えた訳ではない。

「あの・・・」

もたない場に耐え切れず、おずおずと冬弥は話しかけた。

「な、何よ!」

それに返ってきた台詞。
いかにも、鼻っ面の強いものだった。

(・・・マナちゃんが大きくなったら、こういう感じか?いや、でも・・・)

うっかりそんな考え事をしてしまい、冬弥は二の句をつがなかった。
イライラと、今度は留美から声を荒げる。

「あ、あなたね!横からいきなり現れたら誰だって驚くでしょ!!」
「そうだね、ごめん・・・」
「?!」

あっさりと謝られたことに対し、狼狽する留美。
そして、思い出すは約30分前のできごと。
霧島聖との、接触。



ちょっと待って。これは、あの時と全く同じパターンではないのか・・・?




あの時も、いきなり声をかけられた留美はこうしてうろたえて。
でも、今ほど余裕が無いわけでもなく。
悲鳴?いや、そんなもの、前はあげなかったし。
・・・30分。状況が状況である、決してそれは短いと判断できるものではない。
30分。その間、ゲームに乗るか乗らないかを悩み続けていた留美の心は、それだけ病んでしまっていたのだ・・・。

視線を彼に定める。
今だ手を上げたままでいる名も知らぬ彼は、律儀に留美の出方を待っていた。
そんな彼に敵意を感じるか?
・・・騙すにしても、騙まし討ちができる立場にあった彼だったのに?

そう考えていると、思考の糸は至極自然に紡ぐことができ。
留美は、自分の浅はかな行動を、今になって恥じるのだった・・・。


ごめんなさい、という呟きは、冬弥の耳にもしっかり届いた。
ほっとしたような優しい笑みを浮かべる彼に対し、留美は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして、お互い遅い自己紹介。
情報交換も一応交わしたが、特別彼等に関わるものはなかった。
沈黙はすぐに訪れる。
あのようなことがあったばかりだったから、留美もしょぼくれていて。
だが、決して彼女は泣き言を吐かなかった。
・・・冬弥は、やっぱり似ていると微笑ましく感じながらも、彼女の頭に手を添えるのだった。

「!」


さすり、さすり。
一瞬肩を震わせた後、留美は驚いて冬弥を見据えた。
冬弥はにっこりと笑みを浮かべ、囁く。

「怖い時はさ、助けてって言っていいんだ」
「・・・はあ?」
「それでね、助けてって泣いていいんだよ」
「そ、そんなことできる訳ないでしょ?!わ、私・・・」

私、七瀬なのよ。そう続く、いつものパターン。
しかし、冬弥は微笑んでそれを制する。

「強気なのはいいけど疲れちゃうでしょ。」
「え・・・」
「意地はんなくていいから」
「そんな、私そんなんじゃっ」
「君にちょっと似た知人がいるんだ」

懐かしむように語る冬弥、留美はただ彼を見つめるだけ。
家庭教師をしているという女の子、生意気で、気が強くて。
でもどこかで、甘えたい部分を押し殺そうとする少女。

「あ!そういえば、マナちゃんも君と同じ髪型だ」

どき。嬉しそうに、今気づいたと指摘する彼はどこか子供らしくも見え。
そういう一面を、不覚にも留美は可愛いと思ってしまった・・・

「ありがとうございます…でも、私はやっぱり私らしくいたい」

照れ隠し含め、留美は冬弥の手から逃れると改めて彼に向き直った。
視線を上げた彼女の瞳は、固い決意で結ばれて。
それは、私らしくあいつ等に再会したいということ。
つまり。

「攻撃されっぱなしになるつもしはないけど…ゲームには乗らない、自分から乗りたくない。絶対乗らないわ!」
「うん、いいと思う。俺もそのつもり。…じゃあ、そろそろ行こうか」

さも当然と、冬弥は道を進もうとする。
留美が同行するのは、もう決まっているとでも言うが如く。
…今更野暮なことかと、留美もつっこんだりはしなかった。

「ちょっと寄りたい所があるんだけど、いいかな」
「どこです?」
「鎌石消防分署。この近くなんだ、何か物資があるかもしれないし…」

いつの間にか地図を片手に持った冬弥の誘導で、移動は開始される。
隣を歩く彼を見て、留美も足を動かし始めた。

(ありがと藤井さん。私を女の子扱いする人なんていなかったから、何だか照れちゃうわ)

…今まで自分の傍にいなかったタイプ、優しい大人のお兄さん。
自分を女の子扱いする彼が、くすぐったくて堪らない留美であった。




七瀬留美
 【時間:1日目午後4時15分程】
 【場所:C−06】
 【所持品:P−90(残弾50)、支給品一式】
 【状態:決意】

藤井冬弥
 【時間:1日目午後4時15分程】
 【場所:C−06】
 【持ち物:H&K PSG−1(残り4発。6倍スコープ付き)、他基本セット一式】
 【状況:普通】

目的地は鎌石消防分署
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