「さて、もうこの辺りでいいでしょうか」 宮沢有紀寧(108)はスタート地点近くの山中で腰を下ろした。 有紀寧は最初、このゲームに乗るかどうか迷っていた。生き残るには、どちらの方が確率が高いか。有紀寧は自分を支えてくれる人達のために、天国へ逝ってしまった兄のために、まだ死ぬわけにはいかなかった。 だからゲームに乗るかどうかは、自分に支給された武器で決めることにした。拳銃や爆弾のような、殺傷性の高い武器ならゲームに乗る。棒きれなどの殺傷性の低いものなら、ゲームに乗らない。 デイパックのジッパーを開ける段階で、有紀寧はあることを思い出して苦笑いした。このシチュエーション、本家バトルロワイアルの桐山にそっくりじゃないか、と。 「違うのは、決める材料が十円玉じゃないということなんですけどね」 どきどきしながら、ジッパーを開ける。果たして、どんな武器が出てくるのか。 「これは…リモコン、でしょうか」 有紀寧が手に入れたのは、ボタンが一つだけのリモコンだった。外れだったのだろうか。 これだけでは用途が分からないので、他に何かないだろうかと探してみると、案の定説明書が出てきた。それを見て、有紀寧は驚かずにはいられなかった。 「首輪を…爆発させるリモコン…」 もしそれが本当なら、恐らく当たりの武器ということになる。有紀寧は急いで続きを読んでみる。 有紀寧がざっと流し読みしてみたところ、このリモコンの使い方はこのようになっていた。 ・ 首輪に向かってボタンを一回押すと、首輪の時限装置が作動し、24時間後に爆発。 ・ 更に一回押した相手に対してもう一回押すと、その場で即座に爆発させることができる。 ・ ただし、その射程範囲は半径3m、しかも指向性であるためきちんと首輪に向けないと不発に終わる。 ・ 加えて、ボタンは成功するしないに関わらず6回までしか押せない。 ・ 一旦作動させると、このリモコンではもう解除することはできない。 以上が基本的な使い方だった。有紀寧はこれを使い勝手のいい武器だと思ったが、同時に弱点も多いと思った。 まず、最大のメリットは相手の死を自由に操れること。爆弾を作動させた後、「解除して欲しければ人を殺して来い」などといった要求を出せる。仮に従わず歯向かってきたとしてももう一回押せば即座に殺せる。 加えて、自分は直接手を下さないという点もある。 一方のデメリットは射程が短すぎることだ。どうしても相手に接近しなければならず、爆弾を作動させるまえに自分が殺されたのではたまったものではない。 しかも、6回までしか押せないのだから、手駒は最高6人ということだ。相手は選ぶ必要がある。 その上説明書によれば『この』リモコンでは解除はできない、すなわち首輪爆弾の解除用リモコンもあるかもしれないという懸念もあった。 とはいえ、こんなものを使わない手はない。上手くいけば、自分が手を汚さずに勝ち残る事だって可能だ。 非道極まりない武器であるが、自分はまだ死ぬわけにはいかない。 「…それに、わたしはもう『悪い子』ですから」 自分の家庭。兄との決別。見ぬふりをしていた自分。もはや有紀寧の取るべき道は一つ。 この武器を最大限に利用して、このゲームを勝ち残る。そう決めた。 リモコンを手に持ち、山を降りる。まずは一人で歩いている人間を見つけよう。 そう考えていた矢先、おどおどとした表情で歩いている人を見つけた。 制服を着た、長髪の女の子。 有紀寧は当然名前も知らないが、あの様子では格好の標的だ。有紀寧はいつものように柔らかい笑みを浮かべながら彼女に近づいていった。 「あのー…ちょっといいですか?」 「えっ!? あっ、はははは、はいっ」 声をかけられただけでこの調子だ。かなりうろたえている。大丈夫。きっと上手くいく。 「あっ…すみません。驚かせちゃいいましたね」 「い、いえ、急に声をかけられたもので、つい…こっちこそ、すみませんでした」 リモコンは後ろ手に隠している。まだ相手は気付く様子すらない。 「いえいえ、こんな状況では、仕方がないですもんね。いきなり、こんなことになってしまって…」 「そうですよね…私も、何がどうなっているのか…」 「それで、一人だと危険なのでわたしはお友達を探していたんですけど…岡崎朋也さんという人と、春原陽平さんという人を知りませんか?」 当然、探しているわけではない。むしろこの二人からは離れたい。出来れば、有紀寧は殺したくはなかった。 「いえ…実は、あなたが初めて出会った人なので…私も、友人を探しているのですが」 「あなたもですか?」 「はい…藤田浩之さんという人と、松原葵さんという人なんですが、そちらはご存じないですか」 「いえ、私もあなたと同じで…」 「そ、そうなんですか…」 相手が落胆の表情を見せる。有紀寧は今が好機だと思った。 「そうです。それなら、二人で一緒に探しませんか? 一人より、二人のほうが心強いですし」 「えっ? でも…いいんですか」 「はい。実を言いますと、わたしも一人だとものすごく心細くて…」 そう言うと、相手が幾分ほっとした表情を見せる。同種の人間だと分かって、親近感を覚えたのかもしれない。 「でしたら、その、ご一緒させてもらってもよろしいですか? あ、私は姫川琴音といいます」 琴音が握手を求めて手を差し出す。 「あ、ご丁寧にありがとうございます。わたしは宮沢有紀寧といいいます」 互いに握手をする。その時、有紀寧は空いた手でリモコンをさっ、と琴音に向け、ボタンを押した。琴音は、何をされたのか分かっていない表情だった。そして、首輪が赤く点滅を始める。 「え? えっ? み、宮沢さん?」 有紀寧はにっこりと笑って琴音に答える。 「今、このリモコンで姫川さんの首輪爆弾の時限装置を作動させてもらいました。24時間後に爆発するので、えーっと…そうですね。取り敢えず、五人殺してきてくれませんか?」 「み、宮沢…さん? じょ、冗談はやめてください」 「嘘じゃないですよ? でしたら、今この場で姫川さんの首を飛ばしてあげてもいいですよ」 すっ、とリモコンを向ける。琴音ががくがくと震えだし、涙をこぼし始める。 「あっ、心配しないでくださいね。ちゃんと五人殺してくれたら爆弾は解除させてあげますから。後、殺してきた証拠として、その人が持っていた武器を持ってきてください」 爆弾を解除する、というのは当然嘘だ。こうしないと、相手は殺しにいかない。 「ど…どうして、ここ、こんなことを…」 「さっき、説明はしましたよね? わたしにあれこれ尋ねる前に、早くいってきた方がいいですよ? もう、カウントダウンは始まってますから。あ、誰かにこのことを話したら、その場でドカン、ですよ?」 あくまでも笑みを浮かべたまま、有紀寧は話を続ける。対照的に、琴音の顔色は絶望に満ちていた。やがて、のろのろと動き出した琴音が、街道の方へ走って行く。 「いってらっしゃいませ。いい結果、期待してますよ」 琴音には、そんな声はまったく聞こえていなかった。 (ははは、早く早く殺す殺さなきゃ殺さなきゃ誰か殺さなきゃ藤田さん葵さん助けて助けて殺さなきゃ誰か早く藤田さん助けて殺さなきゃ葵さん殺して助けて) 「…さて、まずはここで姫川さんを待ちましょうか」 近くの枯れ木に腰掛けて、有紀寧は悠然と呟いた。 それは化け物を中に飼った、一人の女の姿だった。 『宮沢有紀寧 (108)』 【時間:1日目午後12時ごろ】 【場所:F−7、山中】 【持ち物:リモコン(残り5回)、支給品一式】 【状態:冷静。琴音を待つ】 『姫川琴音(084)』 【時間:1日目午後12時ごろ】 【場所:F−8、山中】 【持ち物:武器不明、支給品一式】 【状態:錯乱。街道へ向かう。24時間後に首輪爆発】 【備考:二人とも出発地点はS10、一応全ルート】 - BACK