策略 対 一念




由依は目の前の惨状に震えていた。
(そんな…、こんなことって)
由依の記憶がフラッシュバックする、あまり思い出したくないあの施設での、出来事。
だがそんな考えはすぐに消えることになる。突然、がさっとした音とともに誰かが横から飛び出してきたからだ。
「え? わ、わああああああぁぁぁぁぁぁーっ!」
由依はパニックになりながらも、飛び出してきた何かを避けるために反射的に体をのけぞらせる。

すぱっ
何かが切られた音がした、と同時にバランスを崩した由依は尻餅をつく。
(な、なんなんですか?)
由依は突然飛び出してきた人に視線を移す。
(女の人?)
見ると年上っぽい女の人が前のめりになっていた。手にはナイフを持っている。
(まさか、あたし狙われてる!? と、とにかく逃げないと)
由依はすぐに立ち上がって女の人とは反対方向へ駆け出そうとする。

とにかくこの場を離れる――混乱していた由依はそれしか考えられなかった。



(仕留め損ねた!?)
公子は焦った。公子が踏み入る前は少女はがくがくと震え倒れそうであり、獲物を仕留めるには絶好の好期だった。
死体を見たあの子はショックで動けない。そこにこのスペツナズナイフを胸に突き刺せればそれでおしまい。
現場の状況。相手の心情。大丈夫、やれる。そう確信しての行動だった。
だけどわたしのナイフが切り裂いたのはあの子のセーラー服の胸下の部分だけ。
突き刺す対象を失ったわたしは出足の勢いで体勢が崩れてしまっている。そして何よりあの子にわたしの存在を知られてしまった。
絶対的優位が崩れた今、もし今相手が反撃してきたら、わたしは――

――いえ。

公子はデリンジャーへと手をかける。
向こうは武器がさっきのナイフだけだと思っている。その思いこみで襲ってきたところを振り向きざまにこれでおしまい。
もし相手がわたしに構わず、我一目散に逃げ出そうとしたら。
理奈を撃った時の感覚を思い出す――大丈夫、この距離なら少し離れても当てられる。後はこのナイフで…!

公子の思考がまとまるとあの子が動いた。後ろを振り向いたところをみると逃げ出すようだ。
想定したとおりの行動。それに自分に危害を被るケースではない。優位に立てた公子の精神に余裕が生まれる。
(それじゃ、今度こそさよなら)
あの子が駆け出そうとしたところで――当たりやすいよう標的の背中の辺りを狙って――引き金を引いた。



「あっ」

パァン!

ずざぁぁぁぁ


乾いた音と何かが滑り込んだ音が辺りに木霊した。

(いったあぁぁっ! う、撃たれた!?)
由依は駆け出そうとした際……足がもつれて派手にこけた。
(でも、弾は…当たってない! 早く、また撃たれないうちにここから逃げないと)
由依は体の痛みをこらえつつ一目散に逃げ出す。



公子が目の前の事実が信じられなかった。引き金を引く瞬間――あの子の姿が消え、銃弾は何もない空間へと消えていった。
展開通りの結末に至らなかったこと、そして目標が消えたことによる焦りで一瞬公子は混乱した。
その混乱から我に返ったときには、既に木々の奥へと駆けだしてしまっていた。
もう一発撃ってもよかったが、あの距離では確実に当てられるかがわからなかったためやめた。何よりこれ以上無駄玉を出したくはない。
それに焦る必要はない。わたしにはまだこの囮がある。
(…大丈夫、焦らなくても、祐くんと風ちゃんはまだ助けられる)



「どうしよう…」
あの場から逃げ出せた由依は息を整えながら、一人とぼとぼと歩いていた。
ここはTVゲームではなく現実である。そしてこのゲームに既に乗った人がいる。殺された人もいる。
この非日常な世界に放り込まれた自分は何をするべきか。姉は無事なのだろうか。

それよりも――
「これじゃ人前に出られませんよぉ…」
さっきの戦闘と滑り込みで――由依の制服の前部分の生地は上下とも何とか下着を隠せる程度にしか残っていなかった。




『伊吹公子(007)』
【時間:1日目午後1時50分頃】
【場所:E−05】
【所持品:二連式デリンジャー(残弾五発)、スペツナズナイフ】
【状態:健康、服に返り血、理奈の死体の側に止まる】

『名倉由依(075)』
【時間:1日目午後2時00分頃】
【場所:E−06】
【所持品:不明】
【状態:着衣(前部は上下とも下着が隠せる程度の生地のみ)、体中浅い切り傷と擦り傷、疲労困憊。
     自分の恰好を気にしている】
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